その夜は酷く雨が降った。
予報にはないゲリラ豪雨。けれどそんなのも気にならないほど心にはぽっかりと穴が空いていた。
濡れて重たくなった服にライフルバック。詰まったライフルはもはや自分の武器と呼んでいいのかも分からない。
虚ろな瞳で歩き付いたのは喫茶スティール。看板はクローズになっていたけれど、中の灯りはついていて入口の鍵も開いていた。
「おや、今日はもう閉店なん……悠里?」
「五十鈴さん……俺」
暖かい店内にコーヒーの香り。五十鈴の優しい声と嫋やかな笑み。
力なく膝から崩れて、ライフルバックを落とすように下ろす。その様子から五十鈴も何かを察してカウンターから飛び出してくると、
「何があったんだい?」
濡れていることを気にも留めずに抱きしめてそう耳元で囁き掛けてくれる。けれど話すに話せず、ただ身体を預けて泣いた。
情けないかもしれない。弱い所を見せる恥なんて考える余裕もなく、彼女の胸に沢山涙を溢した。
「そっか。哀しいことがあったんだね。でも僕が受け止めてあげる。僕はずっと、ずっと君の味方だよ。君のやることが全部正しいし、君が進む方を一緒に向いてあげる」
五十鈴は恍惚で邪悪に微笑みながら口にする。
全て知っているよ。君の努力が全部間違っていると拒まれたことも。どうしたらいいか分からないってことも。
そのまま彼を我が物にしてしまおうかと考えた。けれど五十鈴は視線を感じて邪念を捨てた。
そっか。まだ諦めてないんだ。置かれたライフルバッグに注がれた冷徹な視線にラプアは眼を伏せたのだった。
壊す……壊してやる。
呪いを断ち切らんと念じながら振う斧は気持ちがいい。
雑居ビルのあわい。『97PX』のロゴが入ったエプロンを貫いて、人肌に何度も何度も深く捻じ込まれる。
もっと壊れてしまえ。ドゥーガルガンはみんな、壊れてしまえばいい。
少女の頭の中を支配する破壊衝動。酷く雨が降る東京の夜、天気のように止むことを知らない腕は振り上げては下ろしを繰り返していく。
馬乗りの下敷きになっている人間は既に原型を留めていない。事切れてから既に数十分は立っている。
それでも彼女は斧を振り続ける。何度も、何度も。
首が飛んだ瞬間、血とは違う無色透明なスベリのある液体が顔を目掛けて飛んできた。光と共に人の形を完全に失ったそれは、銃に変化して彼女を地に落とす。
「私……」
水たまりに浮くガンオイルの黒は手も染めていた。感触は生暖かかった。パーツがバラバラに銃とオイルに浮いた『ジェーン』の名札を見て、我に返る。
「ちがっ……私じゃない……私じゃ!」
おぼつかない足取りで逃げ出す。
言葉とは裏腹に記憶はしっかりあった。ガンショップの店員を呼び出して、ドゥーガルガンだったから斧で殺した。
理性的ならばそんなこと決してしない。分かっているはずなのに、ドゥーガルガンであると意識した瞬間から働かなくなったのだ。
悲鳴を上げて走り去る。誰にも見られないように、誰にも気づかれないようにと願いながら、追ってくる現実を振り切らんと駆ける。
明るみになればきっと高校だって辞めさせられて236が出来なくなる。でも、私はドゥーガルガンを壊さないといけない。だってそうやって心が言うから。
東 真理は都会の街中で自らの行為に、なんでこんなことをしているのか分からない恐怖に慄いた。まるで使命のように耳元で囁かれる「壊せ」という言葉に。