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第37話

 どうか二人の魂が安らかに眠ることを祈って、悠里は瞑目して虚空を引き離した。


「悠里君、今って」

「……なんでもないよ」


 引き絞ったようなか細い声で答える。しかし咲良は食い下がり、


「なんでもなくないよ! どうして消えたの?! ドゥーガルガンって、一体なんなのよ!」

「なんなのって、今のは関係な」

「真理さんが言ってたように消えたの? ねぇ教えてよ!」


 涙ぐんだ咲良の問い掛けに目を見開いた。サヴァイブファイトの敗者がどんな末路を迎えるかなんて話していない。


「知ってたの?」

「大会の時、全部聞いた。真理さんは戦いを止めようとしてたの。さっき事故にあった人、灰原高校の人だよね? 今の消えた人がドゥーガルガンなら——ダメだよ! そんな戦いしちゃ」

「大丈夫。俺は負けない」

「そういうことじゃない!」

「じゃあなんなんだよ!」


 悠里の怒号が路地に轟く。咲良の言いたいことが分からない。


「俺は命を賭けて戦ってきた。リコを人間にするために必死で」

「だからって人の命を奪うのは違うじゃないですか……」


 大切な人が蘇るのなら赤の他人の命なんてどうなろうと構わない。悠里のやっていることはまさに身勝手な殺人だ。


「お前の妹『新井 リコ』は既に死んでいる。七年前、家族で行ったキャンプ地の山で熊に喰われてな」

「熊に食べられて……?」

「そうだ」


 見かねたラプアが淡々と口にした『新井 悠里』の過去。


「妹の死から女みたいな見た目のコンプレックスの捌け口から始めたサバゲーの目的が変わった。猟師になることを決めてより実践的な知識を付け始めた。この日本でも持てる銃を探し求め、その中で私と出会った。力を欲するあまり、サバゲーで強くなることに陶酔し、いつしか私を人間にすることを目標にしていった」

「あいつは死んじゃいない! 現に俺の前にリコはいる。お前はラプアなんかじゃない。俺の妹、リコだ。それに奪って何かを得られるのならこの命だって賭ける価値がある。なぁ頼むよ咲良。俺の気持ちを分かってほしい。リコを人間にするの、手伝ってくれ」


 縋るような瞳で差し伸べられた手に咲良は心を揺さぶられた。


 そんな危険なことに大切な人を巻き込みたくない。けれど私を助けてくれた人の幸せを願う想い。


 ほんの数時間前までは頼もしくて凛々しい姿からは哀愁が漂っている。


「ごめんなさい悠里君」


 哀し気に咲良は微笑んでその手を軽く弾く。


 そして背を向けて走り出した姿に、悠里は絶叫した。


 分からない。なんで彼女に拘るの? なんで人にしたいの? 


 なんで、人を平気で殺せるの?


 疑問を心の中で押し殺すたびに、大切な人を傷つけてしまった罪悪感が押し寄せてくる。


 きっと頬を撫でる涙は、それを形にしたのだろう。


「なんでだよ……」


 孤独になってしまった獣を憐れむようなラプアの瞳。頽れ突っ伏していた悠里は視八つ当たりするように長身の彼女へ迫った。


「なんであんなこと言った……」

「事実を並べただけだ」

「そうじゃない! なんでリコが死んだなんて言った?!」

「そのままだ! お前の妹はもう死んでる……死んでるんだよ! いい加減、現実を見ろ」


 ラプアは心底やつれた表情で言い放つ。


「なんなんだよ……」

「は?」

「なんなんだよ! どいつもこいつも! 俺がどんな想いで戦ってきたか分かりもしないくせに! 人間になること、それがドゥーガルガンの存在意義だろ?! なんでそれを、お前自身が否定すんだよ! 今までの努力は、なんだったんだよ!」


 積み重ねてきた物が崩れ去っていくような気がした。


「そうか……所詮、私はお前の妹になるための存在だったんだな」

「……所詮なんかじゃない。お前は俺の妹だ。家族なんだよ。ただの銃に収まるような奴じゃ」

「私がいつそんなことを望んだ」

「……は?」

「人間になりたいと、お前の妹になりたいと、いつ望んだ!」

「だってドゥーガルガンは」

「家族だ妹だと言っておきながら、私の望みを何一つ知らない。そんな言葉、現実逃避の薄っぺらい言葉にしか聞こえないんだよ! 私はお前にとって私は未練の捌け口でしかない!」


 少女と呼ぶには凛々しすぎる声色の絶叫がキンと響いた。


 悠里の思考はバグだらけになってもはや正常に機能していない。『ラプアはリコ』という定義が崩れ去って処理落ちしていたのだ。


 返す言葉がない。彼女からすれば俺の努力は全て独り善がりの自己満足だった。


 焦点も定まらず、説得する方便も見つからず、『ごめん』の言葉も頭から抜け落ちている。全身に光を纏ったラプアは銃へと変身して何も語らなくなった。


 消える寸前、頬を走った涙に悠里は己の愚行を呪ったのだった。


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