状況を整理するのに数十秒を要した。
刹那に通り過ぎたトラックがナイフを振り上げた留美子を轢いて、ノーブレーキで曲がり角の歩道に突っ込んだ。頭が認識したとき、ボンネットから白煙を棚引かせるそれのテールランプが眼に入った。
「怪我はないですか?! 悠里君!」
「えっと、あぁ。ない。五体満足だ……」
特段怪我はしていない。強いて言えば首に手跡が残ったくらいで、怪我の内には入らないだろう。
茫然とする悠里の背を咲良は優しく擦っていた。少しでも怖い思いの慰めになるならと。
だが、茫然とした意識が通行人の悲鳴で引き戻される。
「あいつは?! 灰原高校の奴は?!」
「多分あそこだと……」
咲良に訊くと指を差された先はトラック。轢かれたとしたらあそこに挟まって——
「すぐに出さないと! 手伝ってくれリコ!」
「え? お、おう。でもなんで」
「理由なんているかよ。良いから早く!」
悠里はトラックに向かい走り始める。
何故自分を殺そうとした奴を助けるのか。咲良とラプアには理解できない。
すぐそばまで近寄ると鼻を刺す臭いが充満している。車体下を覗くとたらたらと音を立ててガソリンが漏れ出していた。
「全員、ここから離れて! ガソリンが漏れてる!」
野次馬が一斉に四方へ散って行く。三人も遅れて距離を取ろうとするが、直後に背中で爆ぜた。
「じっとしてろ!」
「リコ!?」
一気に火が回ったトラックは即席爆弾の如く破裂する。寸前でラプアが二人を庇って間一髪破片や爆風からは逃れたが、
「あれじゃ、もう」
留美子の生存は絶望的。目の前で人が死ぬのを目の当たりにして、何故だか悔しさがこみ上げてきた。
すると燃え盛る残骸から人影が出てくる。アレは誰だ?
「リコどいてくれ!」
「ここでじっとして」
「人が出てきた。俺が追う! 咲良を頼んだぞ!」
悠里が強引に退かすと、火の手の裏側へと消えていく。
「私も追います!」
「ちょっと待てっておい!」
咲良も持ち前の走力で悠里の背中を追い、やむを得ずにラプアも続く。
幾棟も屹立する雑居ビルの路地裏。運転席から飛び出した影は、光を浴びて少女の形になって寂しく泣いていた。
彼女が何者なのか、見当がついていた。彼女からはリコと同じ匂いがする。
「君、ドゥーガルガンだよね?」
優しく声を掛けると、振り返る。
「私のこと、わかるの?」
「君と同じ銃を持ってる。トラックを暴走させたのは、君だね?」
諭すように尋ねると虚ろな表情で頷いて、
「あの人が許せなかったん。私が何か失敗するとすぐに癇癪を起しては痛めつけてきたんです。私、あの人から逃げたくて。殺せば人間になれるって」
力ない足取りで悠里に近づくと、彼女は縋るように服を掴む。
その手から重みが無くなっていく。悠里は鳥肌を立てるが、何を今更恐れてる。
「なんで消えてるの……? ねぇ、違う! こうすれば全部変わるって!」
サヴァイブファイトの末路は悲惨だ。生きることを代償にして戦うのだから、灰原高校の奴が死ぬことになんら不思議はなかった。
しかしそれをマスターだけが支払えば良いのかと言えばそうではない。共に戦っていたドゥーガルガンも存在を抹消される。
「ねぇ! 助けて! そうだ、私と契約しましょうよ! まだ、消えたくないの! 留美子といるのは辛かったけど、甘い物も一杯食べれたし、まだ食べたいの。友達だって! ねぇ!」
血眼で縋る少女の姿は憐憫だった。悠里は眼を逸らし、
「今度はあなたがマスターになってよ! 私と契約して……お願い!」
「ごめん……」
少女が消えていく。生きたい、消えたくないと口にする度に増していくように悠里は感じ、救えない無力感が押し寄せてくる。
そんな感情を抱く必要なんてないのに。悠里は噛み殺すように抱きしめる力を強くした。
やがて泣いていた少女はその姿を完全に無くす。世界から一丁のドゥーガルガンが消滅したのだった。