欺瞞の目を失った灰原高校はその後は悲惨だった。
無防備に等しくなった彼女たちを城西の猛攻は容赦なく襲い、今大会最速の試合時間を記録。
城西高校『236部』のEOS初戦は華々しい逆転勝利で幕を閉じたのだった。
そして週明け。悠里が部へ顔を出すと灰原高校と城西高校の間であった一連の事件がネットニュースに取り上げられていた。
組織的で常習的なルール違反と不正の手口が事細かに記されていたことから恐らく内部告発だろう。あんな部でも善意を持った人間がまだいたか。
胸糞の悪い出来事はそれだけじゃなかった。咲良を試合に出すことで揉めていた奏が部も学校も辞めたのだ。
文字通り城西から姿を消した。涼は最初こそ落ち込んでいたが、しばらくするとケロッと元気を取り戻して、
「お前ら二人が記事になってるぞ! しかも写真付きで!」
鼻息を荒立ててラペリングで教室に乗り込んでくるとは思わなかった。しかも昼休みにだ。
窮地の城西高校を救ったダブルエース。安直な二つ名だったが悪くはない。
だがこの勝利の真の立役者はリコだろう。あのメッセージがなかったら咲良の背中も押せなかった。
帰路を進む中、悠里の横顔はリコに微笑んでいた。
「なんだ惚けた笑いを見せて」
「別になんでもない。この前の戦闘の余韻かな」
「気持ち悪いな」
「気持ち悪いとか言うな……けどありがとう」
突いて出た感謝にラプアは暫し沈黙した。
「罵倒されて喜ぶなんて意外だぞ」
「ごめんタイミングが悪かった。ほんとにごめん」
あらぬ勘違いをされ、早口気味に弁解した。
確かにサバゲーでもドⅯとか変態とかって言われてたけど!
「はぁ。すっかり気が抜けたよ」
「それで、なんで今さら感謝なんだ?」
「リコのおかげだからさ。最後の一押しをくれたお礼さ」
「もう受け取った。コーヒー1杯で」
「しっかりしてるなぁ。けど気分が良いから奢らせてくれ」
「いや、だからだな」
「こういう時は素直に奢られておけよリコ。その方が世渡りが上手くなれる」
高校生の分際で何を言っているのかと自分で自分にツッコみたくなった。
「……恩に着る」
ライフルバックから光が飛び出すと、人になったラプアが照れ笑みで返した。
「んじゃ早速スティールに」
「ゆ、ゆゆゆ悠里君! 」
背後からした声に二人揃って肩をビクリとさせて恐る恐る振り向く。
幽霊にでも鉢合わせたような表情で咲良は驚嘆した。
さてどう説明したものか。悠里はラプアをどう誤魔化そうか頭をフル回転させていた。
「あ、あのね咲良」
「よ、よよ横に、幽霊が……銃の幽霊が!」
そうなんだ彼女は銃なんだ驚いたろー。陽気に構えても多分信じて貰えないだろう。
ならばいっそ幽霊でも。いやいや駄目だ。リコはそんなスピリチュアルな存在じゃ断じてない。
けれど理屈で説明しようがないのもまた事実。
困り果てていたが、ラプアが沈黙を破った。
「私は幽霊などではない。銃だ」
「じゅ、銃?」
ますます混乱して口をアングリとさせる咲良に案の定と悠里は目線で指す。
「マズかったか?」
「リコよ、咲良がますます分からなくなってる」
「そうか……なんか口を出してすまない」
申し訳無さそうにシュンとしたラプアを優しく撫でる。時折見せる幼さを残した仕草も愛らしい。
ひとまず近くの喫茶店に入ってからラプアの正体を説明した。
ドゥーガルガンの正体やサヴァイブファイトのこと、数々の戦いを彼女のサポートで乗り越えてきたこと。その全てには触れられなかったが、ラプアを前にして聞いているとすんなり理解してくれたように小槌を打った。
「つまり意志や自我、魂を宿した銃ってことなんですね。あの話、本当だったんだ」
「なんて?」
「い、いえ別に!」
今時は擬人化なんてコンテンツもあるので銃が人になること自体は不思議ではない。
それが現実世界の出来事で無ければの話だが、と咲良は表情をこわばらせた。
「でも人のことをラプアって呼ぶのはちょっと抵抗感あるし、何よりこいつは俺の妹だから」
「妹?」
「妄言だ。気にしないでくれ」
「も、妄言ってなんだよリコ。一緒に生活してるんだしお前の方が生まれたの遅いじゃんか!」
「い、いいい一緒に生活?! ど、どこまでしたんですか?!」
「食らいつきがいいな。だが気が早いぞ。私は微塵もそんな気はない」
「まぁ兄妹だし」
「だから私は」
共同生活という言葉だけで咲良の頭には平凡な物からかなりピンクなものまでいろいろな妄想が迸った。
「君が考えているようなやましいことはない」
「なんだ。先を越されたかと思いました」
「先? なんの順番だ?」
「あぁいえ。こっちの話です」
ラプアが越したことなんてあったかな、と悠里。その鈍感さにラプアは呆れていた。
ともあれ、これでラプアへの誤解は解け、一安心していた。
「でもそんな万能な妹さんとタッグ組んでたなんて、ちょっとズルいですね」
「そう言われたら反論はできない」
咲良が不服そうな訴えにぐうの音も出なかった。
「ふーん。じゃあその罰として買い物に付き合っていただきます」
「これからか?」
時計の針は六時過ぎ。日が伸びているおかげで外はまだ多少明るいが、
「大丈夫なのか? 門限とか」
「もう連絡は入れてるので」
手が早い。悠里とラプアは顔を見合わせた。
「それより行けるんですか? どうなんですか」
「まぁ、バイトもないしいいけど」
「らぷ、リコさんも来ます?」
「悠里が行くのなら仕方ない。行かざるを得ないだろう」
「決まりですね」
買い物の内容を聞いていないからか、あまり気乗りしない悠里だった。
昔、ラプアの私物の買い物に付き合ったことがあったのだが長々としていた。以来、女子の買い物に付き合うことにはちょっとばかり抵抗感がある。
悠里とは裏腹に咲良の足取りは軽やかで、鼻歌まで歌ってる。
上野で銀座線に乗り換えて進むこと二駅。徐に席を立った彼女についていくと駅名看板には末広町の文字があり、咲良が言う『買い物』の正体に勘づいた。
地下鉄の階段を昇れば、中層の雑居ビルに囲まれた都会の街並みが広がっている。
「買い物って……そういうことか」
「悠里君は察しが良くて助かります」
フッと笑みが溢れてしまう一方で、ラプアはまだ分からないようで困惑した顔をしている。
辺りは何の変哲もない雑居ビル群。なのに悠里はなぜ察せたのかが不可解だった。
「ハンドガンを一緒に選んでほしくて」
「……買い物というのは銃のことか」
「軍拡交差点に来てもわからなかったのか?」
「初めてだ。いつも悠里が買ってきたものを使う」
まるで『母が勝手に服を買ってくる』のような言い草だが、言われてみればラプアをガンショップに連れて行ったことがなかった。
軍拡交差点という言葉を聞くのも初めてだったらしく、裾を引っ張って解説を求めていた。
「この辺の雑居ビルには何故だかガンショップが多く入ってるんだ。いつしかここは巷で軍拡交差点って呼ばれるようになった。サバゲーマーにとったら愛銃の実家みたいなものさ」
「実家……私にもそんな場所がどこかにあるのかな」
暗い表情で意味深なことを呟くラプア。だがそれを吹き飛ばすように咲良がその手を取って、
「さぁさぁそんな暗い顔しないで行こ。リコちゃんもきっと面白いと思うよ」
「ちょっと手を引くな。そんなに引っ張ったら千切れて」
誘った当人がはしゃぎすぎている気もするけれど、それに呼応するラプア。
打ち解けられた安心感で悠里は胸を撫で下ろしたのだった。