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第30話

 フィールドに立てるとは思いもしなかったけれど……。


 グローブを奥まで嵌めて指の感触を確かめながら思いつつ、悠里と涼に目を遣った。


 相手のプレーに苛立って二人とも顔から剣呑さが抜けていない。めくら撃ちやその判定に憤るのは分かるけれど、熱くなりすぎて冷静な判断力が無くなるのは問題外だ。


 冷静さを引き戻すには相手の反則を封じて彼の溜飲を下げさせるしかないが、怒りというのはそう簡単に取り除けないだろう。


 ならば方法は一つ。悠里にフラッグの女を直接叩かせるしかない。


「先輩、フォーメーションを変えませんか?」

「今更か?」

「大きな変更はないんです。新井くんを前衛に上げるだけで」

「新井をアタッカーに?」


 それを聞いた涼は訝る。


「スナイパーですけど、彼なら私の動きについて来れます。それに私の目になってほしいんです」

「俺は片岡さんの意見に賛成です。涼先輩、どうでしょうか?」


 劣悪な取り回しにボルトアクションというアドバンテージを与えてしまうことになる。


 実弾でならば長射程の強みを活かせる狙撃銃。だが236の長物銃は殆どが同じ有効射程でその長所はないも同然。


「けど敵との正面戦闘は分が悪いんじゃ」

「新井くんだけならそうかもしれません。でも、私と彼なら」

「やらせてください。お願いします」


 懇願する悠里と自信満々な咲良の口ぶりに涼は暫く考え込む。


「後衛はどうする? あの卑怯な手を使う連中を抑え込めないかも」

「いいえ突破口はあります。だから先輩、意地見せてください」


 先輩としての意地。プライドを刺激した咲良の一言に涼はフッと微かな声で笑った。


「そこまで言われちゃやるしかないね。攻撃は一年二人を主体にして、私達はフラッグを全力で死守するよ」

「いいのか?! もしあいつらがやられたら」

「楽観的なんて思われるかもだが心配ないと思う」


 消え入りそうな希望の灯火でも、それに縋るしか方法が見当たらない。涼はこの二人に全てを託す。


「分かった。存分に暴れてこい」


 私の分まで。その言葉は心に留め、二人の背を押した。


 カウントが始まる直前、


「新井君、ちょっと良いですか?」


 咲良に呼び出されると、小声で耳打ちするように告げる。


「相手の要はドローンです。前線に出たら、私が指示する機体を撃ち抜いてください」

「……本気か?」

「はい。直接照準は無理ですけど、何か方法はあるはずです」


 こちらの位置を正確に捉えたブラインドショット。その種を彼女は見抜いていた。


 なんて奴だ。驚くのも束の間、第2ゲームの火蓋が切って落とされる。ギリーを脱いで軽装になった悠里と漆黒の装備を身に纏った咲良はフルスロットルで前線へと上がった。


「少し派手なクルージングになりますけど、私の目になれますか?」

「任せて欲しい。捕捉したら逐一報告する」

「頼もしいです。じゃ、行きますよ!」


 二手に分かれた瞬間、弾丸がその合間を素通りする。


 先を進む咲良が接敵。数丁の電動ガンのモーターが唸りを上げ、悠里はその外周からライフルのスコープで索敵する。


「そこから2時方向に二人!」

「了解です。左の敵を片付けたら」

「そっちはこちらから狙撃できる。そのまま進め!」

「わかりました! ぶっ倒してついてきてください!」


 咲良は3人に挟まれる形で敵の前線に飛び込んでいた。幸い悠里は戦力外と見なされて敵との接触はなく、咲良の左、敵の絶好のポジションへつける。


「二人、一気に抜きます!」


 無線の報告の直後、咲良が空へ飛び上がったのが見える。それを契機に、三人目が視覚から銃口を覗かせた。


「奴が出る」

「風は?!」

「なし。派手にいけよ悠里!」


 ラプアの景気が良い声音に悠里はすかさずトリガ。弾丸が発射されると、そのまま体を晒す形になった敵の一人に着弾する。


「ダウン」

「こっちもです。間隔はそのまま。ついてきてください」


 早くも2ダウンをもぎ取り先へ歩を進める。


 その間は一秒もなかった。あそこだけ、同じ物理法則が働いてるとは思えないような動きだ。


 敵側で見る咲良の恐怖に残ってる。もう二度と彼女とやり合いたくはないな。


「このままフラッグを!」

「そっちには例のブラインドファイア野郎がいる。注意しろよ!」

「わかりました。左右の警戒任せます!」


 フラッグまでは残り50メートルの位置。先輩たちが一試合目でやられた場所だ。


 怖気づくことなく咲良は突撃していく。それを阻むように、やはりバリケードの影から銃口だけが覗いて弾幕を張られる。


「咲良!」

「大丈夫です。それより」

「わかってる。左右から前線に居た連中が戻ってきてる」

「ひとまず先輩達の露払いはできましたね。お任せしても良いですか?」

「頼まれるまでもない!」


 ボルトを引き素早く次弾を装填。咲良を挟撃する敵の一人に照準を合わせてファイア。


 圧搾空気の排出音が心地よく耳に残る。弾丸は吸い込まれるような弾道で容易く一人を片付ける。


「背後は引き受けるから気にするな。もしそっちを狙うようだったら警告する」

「はい! フラッグに突撃します!」


 咲良は悠里を置いて一気にフラッグへと進撃する。


 瞬く間に三人を持っていかれた灰原高校の無線では突然現れた咲良と悠里に怒号や恐怖の声色が混線する。


「たった三十秒で三人持ってかれた……なんなのよあいつら! こっちにはドローンの映像もあるのに!」

「誰か援護して! 一人でこんな相手……留美子助けて! きゃぁぁぁ!」


 次々とやられていくチームメンバー。だが留美子にとって戦いの駒がやられた程度で毛ほどの焦りも悲しみもない。


 むしろ使えない奴らと内心では一蹴した。


「左右の二人は先頭の奴を全力で止めろ。フラッグから二十メートル以内なら眼は誤魔化せる。いつも通り、刈り取れ」


 防衛線に残った二人に指示を出し、咲良を迎え撃つ。


 飛び込んだ咲良の視界には敵の影はなく、このまま進めると確信する。


 その空間に割り込んできた弾丸の雨。フラッグの小屋からモーターの駆動音を聞きつけて咄嗟に近くのバリケードへ身を翻して避ける。


 一瞬の出来事で頭が追い付かなかったが、悠里の言葉で思い出す。


「ブラインドショット……っ!」


 小声で呟きながら下唇を軽く噛んだ。


 身体を晒さずに射撃することはレギュレーション違反なのは言わずもがな。これに反則判定を出さない審判団は一体どんな目をしているのかと問い詰めたくなった。


——判定? 確かあのフラッグを映すドローンが三機くらい周回飛行で稼働していたはず。それなのにレギュレーション違反の判定を出さないのはおかしい……もしかしたらこのドローン。


 思考の渦に巻き込まれそうになったのを静かに沈めて、目の前の敵に集中を戻す。


「裏、取れますか」

「二人目を潰したとこ。行けるよ」


 けど今は、相棒がこの戦場には居る。咲良は迷わず留美子の正面へと躍り出た。


「蜂の巣にしてやんよ!」


 迷わず引かれたトリガー。銃口だけが咲良を据えて弾幕が張られる。


 狙いが定まってない銃ほど怖いものはない。判定を誤魔化せればブラインドショットが最強と思い込んでいる時点で彼女の力量は知れていると、弾幕を掻い潜りながら咲良は嘲る。


 ライフルの射程圏内にはとっくに入っている。けれどあの小さな的に照準を絞るのならもっと近づかなければならない。


 疾駆する咲良。その裏を取ろうと動く悠里。


「私達の邪魔、しないでください!」


 躊躇いなんてしない。咲良は迷わずトリガーを引く。


 しかし視線に入った真白の弾丸は地面へ急降下して伏した。


 そしてライフルから連続したビープ音。故障を報せる最悪の音だ。


「ジャム!」


 裏を取りに行った悠里に聞こえるよう叫んだ。だがその声を留美子は逃さず、猛烈な射撃を咲良に浴びせた。


「ひゃははは! 運がなかったなクソアマ! 邪魔をするなだと? こっちの台詞だボケ!」


 下卑た声を挙げながら留美子は引き金を引く悦に浸る。


 サイドアームは入学直前に売り払った。手繰る様に腰へ手を伸ばすが、そこにあったはずのものがないことに気づき、後悔した。


 残る武器は——ナイフだけ。


「新井君。メインアームが死にました。ナイフのみ。でも……行きます!」

「自殺行為だ。せめて俺のサイドアームだけでも、ここで片岡さんを失ったら」

「時間がありません。このゲームを落としたらどの道負けますよ」

「そんなことは分かってる。だが無謀すぎる。相手はブランドショットを使ってくるんだぞ。ナイフなんて」

「だから相手の動きを封じるために一つ、やってほしいことがあるんです」

「やってほしいこと?」

「上を周回するドローン。アレを三機、全て破壊してほしいんです」

「だが意図的に攻撃することはできない。照準に入った瞬間、プロセッサーのオートロックが掛かる」

「直接攻撃はできない。でも一騎打ちで見せてくれたあの業なら」


 銃自体に掛けられたプロテクトで引き金が引けなくなる。236の審判用ドローンを狙うと必ず作動する。


 咲良の言葉で悠里の戸惑いは消える。今度は自分が気づかされてしまった番か、と笑みが零れる。


「分かった。だが一か八か、賭けかも知れない」

「賭けなんかじゃないです。悠里君」


 彼ならばこの頼みも成功させてしまう。心からそう思えてしまうのは、きっと彼が私を信じてくれたからなのだと咲良は想う。


 だから、と咲良はバリケードから身を晒した。


「やってやる」


 その雑踏を合図に吐息のような微かな声で悠里は言い、スコープを屹立する大木に向ける。


「リコ、俺の目になってくれ」

「言われなくてもな。上に一センチ、左に三センチ——そこだ」


 ラプアの誘導によって放たれた一発目の銃声。圧搾空気で弾け飛んだ弾丸が木の皮を叩いて反射し、ドローンのローターを吹き飛ばす。


「次、11時方向の三本目。下に五センチ——そこ」


 二撃。跳弾はドローンに吸い込まれてローターを破壊し墜落する。


「最後。2時方向、上に4センチ——行け!」


 トリガー。完璧なコースに乗った弾丸。しかし旋回を始めたドローンのボディーに命中し弾かれてしまう。


 ボルトを引き、再び照準を取り直す。正面で咲良が戦い、試合時間も残りわずかだと言うのに、焦燥感は薄い。自分の呼吸が聴こえるほど落ち着いている。


「右に11センチ、三秒後に引け」

「さん、に、いち」


 ファイア。木の隙間を縫った弾丸は、先に待ち構えていた大樹の幹で屈折してドローンの羽を折る。


 全機撃墜。悠里は彼女へ叫ぶ。


「咲良!」


 呼び掛けに気づき、咲良はさらに加速。しかし留美子の弾幕は緩む事なく、襲い続ける。


 やっぱりライフル無しじゃ厳しい。


「何度もごめんなさい師匠」


 重しになっていたそれを捨て身体を軽くする。


 ナイフのレンジまで残りは20メートル。弾幕の中ではその距離が永遠に埋まらないほど遠い。


 けど後ろには私を信じてくれた悠里君がいる。彼が作ってくれたこの状況を無駄にしたくない。


「私を信じてくれた人の為に、絶対勝つ!」


 咲良は前へ踏み出した。15メートル、10メートルと距離は縮まっていく。


「何者なんだよお前! こっちにくんな!」

「咲良避けろ!」


 留美子の恐慌に重なった悠里の言葉。その声を待っていた。反射的に体を横に反らした瞬間、靡いた髪の隙間を通った一発の弾丸。


 背後からの射撃。重なった射線を上手く利用した射撃は留美子の額を直撃し、彼女の視界を仄赤く染めた。


「弾道が……見え」


 その瞬間、彼女の手にあったドゥーガルガンは言葉を発しなくなった。


「フラッグだ! 咲良!」


 フラッグの防衛が消えた。行っけぇえぇ!


 フラッグダウンのブザーが轟いたのは断末魔の数秒後だった。戦闘の末にそのボタンを押した咲良の手は、勝利の興奮で震えていた。


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