セーフティーにも流れる無線音声と試合を映すドローンの中継映像を前に、咲良は只ならぬ違和感を抱いていた。
フラッグ前まで前進した安土先輩や片岡君。けどフラッグの敵は甲羅に隠れる亀のようにじっとしていて動かない。
「フラッグへ撃ち込む! 射線に被るなよ!」
最初はよほど度胸のある相手プレイヤーだとも思っていたし、弾丸を肉眼で捉えられないなはカメラの解像度のせいかもと考えていた。
しかしやられていく先輩達と無数の弾丸が映らないフラッグ周辺の映像でそよ不可解さは確かになる。
「やけに静かだ」
咲良の声は細やかで雑踏に掻き消されてしまう。
映像と無線の不一致。咲良はセーフティーから飛び出した。
違和感の正体——あの映像はずっと同じ映像をループ再生しているだけで、実際の試合映像ではない欺瞞だ。
すぐに知らせなければ。咲良は自分の違和感共々報告したのだが、
「違反はありません。映像を確認しましたが、判定AIも正常だと認識しています」
突っぱねたのは遠隔で確認する審判団の面々。
レギュレーション違反の判断を担うのはAIで、人間はそれに従ってプレイヤー達に対応するだけだ。人間の判定では曖昧になってしまう部分もAIが完璧にこなしてくれる。
極めて合理的だが恐ろしく脆い。
結局取り合って貰えず、咲良は審判団のテントを出て嘆息した。
「片岡 咲良君……だね?」
戻ろうと城西のセーフティーに足を進めたとき、視野の外から呼び声がした。
「貴方は——この前いた」
「そう。茗荷谷の部長やってる東 真理だ」
「部長さんが何の用ですか? 私、ちょっと立て込んでるので」
「二人っきりで話がしたい」
「スカウトならお断りですよ」
「凄い自信。けど安心して。新井 悠里君のことだから」
訝しむと「ほんとだって」と露骨にアピールしてくる。
怪しい。けれど彼女が悠里の何を知っているのかは気になった。
「少しだけですよ」
「五分も掛からない」
その言葉を信じてついていくと、ついたのは人気のないフィールド裏手の木陰。
「ふぅ、余計な時間を食ったよ」
「皮肉を言う為に呼んだんですか?」
「言いたくなるものなの。まぁいいや。じゃ、本題。新井君の銃の秘密」
咲良は身構えた。彼女は何れ当たる敵だ。今のうちに精神攻撃で潰そうたって。
「彼の銃には意思が宿ってる。ドゥーガルガン、それが彼や私の銃の名前だ」
「貴方達だって試合前でしょう? そんな御伽噺をするために」
「百聞は一見にしかず。おいでカルメ」
「マスター」
背後から現れた真理と同じ背丈の、見覚えのある女子生徒。
二人きりの練習で結衣たちと一緒に居た人だ。その彼女が瞼をゆっくりと閉じて眩い光を発すると、三人は二人と一丁になる。
「あ、あの人は……」
「スカーL。この銃がさっきまでいた彼女だよ。これで信じて貰えるかな」
「し、信じません。どんな手品か分かりませんけど、一瞬の光で視界を奪えば幾らだって」
「これでもですか? 片岡 咲良」
真っ直ぐ見つめる真理の瞳。でもこの声は彼女からではなく銃から聴こえる。
信じないと固く決めていた心が揺らぐ。カルメが人の姿に戻った折、真理は本題に入った。
「単刀直入に言う。新井 悠里を止めて欲しい」
とても焚きつけてきたときとは打って変わった声色に咲良は驚いた。
「悠里君を止める? 誰にも負けたくない、勝ちたいって願う彼をですか?」
「そうだよ」
「冗談じゃありません。後ろから彼を撃つなんて私には」
「違う。あの銃でサバゲーすることを止めさせてほしんだ。言葉が足りなかったね」
「待ってください。ますます分かりません。あの銃を取り上げろってことですか? なんで」
「あのライフルはカルメと同じドゥーガルガンだからさ」
そして真理は静かに語り始める。最初は拒否しようと思っていた咲良もいつの間にか聞き入ってしまっていた。
「あれがそんな銃だなんて……」
にわかには信じがたい。命を賭けるサバゲーなんて、そんなのはただの戦争だ。
「あの銃は相当良い動き方をしてるね。誰が整備してるとかわかる?」
「いえ……でも心当たりなら」
しかし起こった出来事を整理してみれば信じる他ない。これは全て誰かが仕組んだ演出で、目の前の少女が言う出来事は全部が嘘だったら。
けれど筋が通らない。咲良は嘘だと願いながら悠里の恩人について話した。