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第22話

 沈黙していたセーフティーに真理が帰ると、彼女達は早々に退散しようと歩き出した。


 その去り際、


「あの、結衣」


 結衣を咲良が呼び止めるが、振り向いたときにあった眼が泳ぎ出す。


「何? 早く言って」


 スイッチが抜けていて、明らかに動揺していたが言葉が見つかったようで唾を飲み込んでから継ぐ。


「私、貴方には負けません。絶対に勝ちます」


 定まらなかった視線が結衣に一点集中。応えるように彼女も目尻をきつくして


「ふん。見縊られたものね。いつまでも貴方が知ってる影の薄い私じゃない。本気でかかってきなさい。と言っても貴方は本気を出せないだろうけど」


 咲良は顔を一瞬軋ませる。


 かつて同じ敵と戦った二人。破局してもまるで繋がっているかのように同じ想いを抱き、心で決意する。


((勝って、証明してやる))

(貴方が捨てた私の強さを)

(才能よりも強くなった私を)


 背中が消えてもじっと見守る強い眼差しに悠里も安堵の息を吐いた。


 黄昏が二人の絆を引き立てるように輝いている。まだ練習は出来ると悠里は思い、ラプアを手に取った。


「続きをしよう」

「ですね」


 目標を定まった。あとは練習あるのみだ。


 フィールドに踏み込もうとしたとき、一台の乗用車が駐車場の前で止まる。


「やぁ少年」

「五十鈴さん?!」

「随分と根詰めていたようだから様子を見に来たんだ」


 助手席の窓から五十鈴が顔を出した。


「朝霧 五十鈴だ。君が少年と新しく組んだ」

「片岡 咲良です! えっと、どういうお知り合いで?」


 尋ねると五十鈴がフフッと不敵に笑い、


「この人はバイトのせんぱ」

「誤魔化すのは良くないな少年!」


 悪戯することを予測して先手を取った悠里を制す。


 からかう事に関しては頭の回転が恐ろしく早いんだよなこの人。多分、そんなややこいことにはならないから大丈夫、


「彼は僕の婚約者だ」

「こ、婚約者?!」

「もうややこしくなるので止めてくださいよ! ただの! バイトの! 先輩! だから!」


 真に迫る形相で咲良に詰め寄ると、控えめに頷いてくれた。


 信じてくれたようで何より。クスクスと後ろで笑う五十鈴を睨むが、居直ると黄昏に悲しげな顔をしていた。


「なんでちょっと悲しそうな顔をするんですか」

「昔は僕のお婿さんになるって言ってたのに……」

「記憶捏造されてるんですけど」

「ほんとに仲がいいんですねぇ」


 咲良が背後で仲睦まじさに笑みを溢していたが、何故か殺気を帯びていて目が笑ってない。


「五十鈴ちゃん。そろそろ帰らないと、閉店まで持たないわよ」

「そうだね。二人共送るよ。あ、少年はついでにバイトしてってほしいな」


 ウィンクして頼まれたらとても断れない。悠里と咲良は練習を切り上げて帰る支度を整えた。


「新井くんにあんな素敵な先輩が居たんですね」


 ボヤくように咲良が呟く。むくれているのを疑問に思いながらも


「中学からの付き合いだよ。間が抜けてるようで意外と切れ者。俺の銃も仕上げてもらってる」

「ガンスミスさんなんですね」


 それを聞くやホッとしたらしく、一足先に準備を終えて車に向かっていく。


 なるほど相棒的な立ち位置だと早とちりしてたのか。


 悠里が乗り込んでフィールドを発つ。


「大会まで残り何日でしたっけ?」

「残り一週間」

「早いものですね。しつこく誘ってきてから、もう一ヶ月ぐらい経つんですか」

「まだだよ」

「まだ?」

「俺たちはまだスタートラインにすら立っちゃいない」


 訝る横顔に咲良が焦点を当てた。


 言われてみればまだ試合にすら出てないのに、まるでもう勝ったような気分になっていた。


 はたと気づいて吐き出すように深呼吸する。


「前の相棒。少し当たりがキツイ」

「結衣ですか?」

「そう。どこで知り合ったの?」

「えーっと」

「田代タクティカルだろう」


 五十鈴の鋭い勘が助手席から割り込むように二人の会話を射抜いた。


 そんなチームは聞いたことがない。しかし咲良ほどの実力者が在籍しているのに妙だと悠里は思う。


「非公開のチームなのによくご存知ですね」

「非公開のチーム?」

「素質や才能がある人を元自衛官の監督達がスカウトして育成する、ジュニア専門の236チームなんです。そこの出身で」

「超実戦派サバゲー道場みたいなとこだよ。236が生まれる前からある。少年と戦ったときの映像を見てすぐに分かったよ。その中でも飛び抜けた逸材、『ブラックアーク』だってね」

「あはは……懐かしいですねその渾名。でも朝霧さんはどこでその名前を? チームメンバーでも固く口止めされてるのに」

「そこの監督とちょっとした知り合いだったんだ。今は疎遠だけどね」


 濁した五十鈴はウィンクして会話のバトンを渡し、咲良が馴れ初めを語り始めた。


「結衣は私と組むためだけに育てられた狙撃手です。知り合ったのは小学生の時なんですが、組み始めたのは中学一年の時から」

「すると、俺よりも片岡さんの動きを熟知してるわけか」


 咲良がコクリと頷く。


「遠距離狙撃とアンブッシュの扱いに長けていて、本気で籠城されたら今の私達では到底落とせません。でももっと厄介なのが、彼女のプロファイリングと行動予測です」

「プロファイリング? 予測?」

「情報から相手の実力を数値化して立ち回りを完璧に予測することです。待ち伏せや仕掛けるタイミングを絶対に外さない。戦場を支配する力です」


 考えるだけで末恐ろしいと悠里は身震いした。


「狙撃手としての練度も相当積んでる上、236の名門『茗荷谷』が相手となれば周りのレベルも高い」

「今のままじゃ勝てません。あの東って人も詳しくは分かりませんけど相当手強いと思います」

「ならもっと練習を増やさないとな」


 結衣が強いことは十二分に分かった。ならば尚更、練習の量も質も上げなければならない。


 彼女達がEOSに出場するかは不明だが、このまま咲良が部を離れた状態では本選には行けないだろう。


 悠里は決心して彼女に訊く。


「そろそろ、部活に戻って一緒に練習しないか?」


 重たい声色は咲良に沈黙を呼ぶ。


 もうあんたとは——。トラウマが未だに燻るあの場に引き戻すのは悠里としても気が引ける。


 だが236はチーム戦。チームの連携は積み込まれた練習の量が物を言う。咲良と息を合わせるのだってかなりの時間と労力を要したのだから、これが三人、四人と増えていけば当然ながら行き詰る。


 悠里自身、仕上げてきたこの状態で戻れることはベストだと考えていた。


 だが咲良から拒否の答えが出てくるのが怖い。


「それは、勝つために必要なことなんですよね?」


 フロントガラスを眺めながら、呟くように咲良は問い掛けた。


 そんなの、答え決まっている。


「そうだ。俺達が勝つためには必要だ」


 悠里は言い切る。


「不思議だったんです。あれだけ人を信じないって決めてた私が、今は新井君を信じて戦いたいって思える」

「そう。イエスかノーかを想定してたけど、何となく答えは分かったよ」


 咲良の真っ直ぐな眼に安堵した悠里。


 達成感を感じたらこの数週間の疲れが一気に来て、車内の薄暗さも相まって眠ってしまった。


 でも心地が良かった。嵐の前の静けさとは程遠い彼の寝息に咲良は微笑んだのだった。


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