咲良との個人練習に付き合うようになり、悠里の日常はますます忙しい。
最初の一週間は拡張現実を使ったターゲットシューティングを中心とした基礎練習が主で、目的は互いの癖や立ち回りを観察すること。
ここで咲良の力量を掴んで二週目からは定例会などでより実践的な練習に移ることを考えていた。
彼女の全力を侮っていた。数日が経ち、初めての実戦練習。スタートダッシュから消え入るような加速でフラッグまでの最短ルートを行き、道中で敵を瞬殺していく。
ついていくのがやっとだった。援護射撃の隙もない俊敏性は相棒なんて不要と言ってるような気がして、不甲斐なさを覚える。
立つ瀬がないと嘆きたくなったが、嘆いても差が開く一方でなんの解決策にもならないし、あんな大口を叩いてはまた彼女を裏切ってしまうことになる。
目の前の壁に負けたくなかった。執念を原動力に基礎体力と瞬発力を上げるべく、休み時間は学校のトレーニングルームに通い、部活では筋トレと走り込みで徹底的に身体を鍛えた。
負けないこと。それが悠里の至上命題。
ある日。
「そんなに根詰めすぎると身体壊しますよ?」
「身体ぶっ壊すより負ける方のが嫌だからね」
入学式のようなキツイ当たり方はない。咲良の心配そうな顔にも何事もなかったように気さくな笑みで返す。
すると徐ろにプロテインのボトルを出し、
「普段の食事じゃ絶対に足りないから、飲んでください」
「え? あぁ、ありがと」
なんとなく受け取って一気に流し込む。少々粉っぽさがあるものの、仄かに甘いココアの味が口いっぱいに広がる。
「あとハードめのトレーニングを毎日続けるのは毒です。疲労困憊の筋肉に鞭打つと、下手したら怪我しちゃうので」
「一日でも早く君のスピードに追いつきたいから。プロテイン、もっとくれる?」
「……わたしの分無くなるので、自分で買ってください」
悠里は素直にボトルを返す。
「全くもう」と呆れながら持っていたものをダンベルに変えたとき、ふとした瞬間に咲良は顔を真っ赤にした。
これって間接キス。気づいたときにはもう遅かったのであった。