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第18話

尾行はその日の放課後から始まった。


終業のチャイムと共にクラス中の人間が帰宅や部活に動き出す中、人混みで見失わないようにしっかりと咲良を捉える。


人の後をつけるのは正直向いてないと思っている。サバゲーで行動予測は必要でも尾行のスキルはあまり役に立たない。


前回は待ち伏せだったし、今日だけでは恐らく彼女がどこに向かうかなんてわからないだろう。


だが適切な距離を保っているからか、咲良がこちらに気づく様子はない。学校から駅までの道程も電車の中でも特に周囲を警戒する素振りもなく、惚けた顔で流れる景色に夢中になっている。


これは思いのほか成功してしまうかも、と脳内で隠れた才能に惚れ惚れしていると、背中で控えていたラプアが声を掛けてくる。


「意外とバレないものだな」

「尾行の才能でもあったのかな俺」

「油断するなよ。いつ気付いて逃げられるか」

「分かってるよ。多分、二度と追いつけない」


咲良の本気を知るからこその共通認識で、悠里も気を引き締め直す。


だが乗り換えで乗客が少なくなっても尾行に気づく素振りはない。一両挟んでさりげなく見守っていると、いつしか車窓には田園風景が広がっていた。


次で終点。うたた寝する余裕すらあった咲良も到着の放送で慌てて支度をして電車を降り、悠里も数十メートル離れてそれに続いた。


約二時間の追跡のゴールはすぐに現れた。建設資材の鉄骨と目の細かい青いネットが視界に入った時、悠里も彼女がどこへ向かっていたのかを知る。


「フィールドか」

「みたいだね。でも来た事がないな」


鋼色の工事用フェンスに囲まれたフィールド全域は学校地下のと比べると手狭に感じる。セーフティーも五十人が入れるかぐらいの規模で、定例会のない平日は殆どが空席だ。


正門は開いていて咲良が誘われるように入っていく。躊躇のない足取りにきっと無許可ではないはずだと思いながらも、入るのに勇気がいる。


「入らないのか?」

「いや入るけど、ちょっと勇気がいるよ」


ラプアの言葉は案ずるというよりも急かすような声色だった。


呼吸を整えていざ中へ、と踏み込もうとしたとき、


「いつになったら声を掛けてくれるんですか? 新井君」

「うげっ、マジかぁ……」


門の角に隠れていた咲良が出てきて不服そうに告げる。その口ぶりからして尾行は気付かれていたみたいだ。


「学校からずっとですよね?」

「最初からバレてたのか……そうだよ。ずっとつけてた。ストーカーとでも罵ってくれ」

「連れ戻そうとしてるんですか?」

「いーや。涼先輩にどこへ行ってるのか見てこいって頼まれたから」

「先輩に頼まれただけなんですね」

「けど、フィールドに行くなんて想像もしてなかった。あれからずっと通ってるの?」

「そうですけど何か」


返答が冷淡ですんごくやり辛い。


咲良は不貞腐れるように顔を背けると、何も言わずにフィールドの奥へと進んで行ってしまう。


やっぱり学校では態度に出さないだけで、二人きりになると恨みが出ているのかも知れない。


その恐怖が悠里の身体を硬直させてじっと立ち止まらせた。


「何をしてるんですか? 練習しますよ」

「え? 練習?」

「はい。一緒に練習するために来たんですよね? おかしいとこでもありました?」


横目で掛けた言葉は今までの冷たい態度からは想像もつかない。


その自然体が不気味なんだ。はたと気づかされた悠里はセーフティに向かう背中に語った。


「無理矢理誘ってごめん。こんなことになったのも、全部」

「俺のせいでって言うのは無しですよ」

「だって実際そうだろう。あんな賭けで強引に部へ入れて、あの仕打ちだ。恨んでないのかい?」

「恨んだところで何も解決しませんし、第一貴方が原因ではありませんから。恨むのは筋違いでしょう」


諭すような優しい口調。ライフルの支度をしながら淡々と語った咲良だが、最初の冷徹さは消え失せて、悠里の心を解き始めた。


「三城先輩の言葉で元相棒の人に裏切られたことを思い起こしたんです。お前とはもう組めないって」


弾倉にBB弾を込める手が止まり、あの時の沈黙が何を意味していたのかがようやく解った。


我慢していたのではなく、思考が停止して出なかったのだ。フラッシュバックは意識とは無関係のうちに植わり、それがふとしたキッカケで現れるから無理もない。


「高校に入る直前、エレメントを組んでた人に同じことを言われたんです。もう二度と私の前には現れないでって。自分中心で回るゲームはさぞ楽しいでしょうって」


自嘲気味に笑って、けれど震える肩も笑いとは真逆の感情を隠しきれずに継ぐ。


「気づかないうちに誰かを傷つけて裏切られる。信じてた人が目の前から消えていく。何を間違えてしまったんでしょうね私は」


裏切られると分かっているのなら最初から信じなければ良かった。咲良の独白は己との戦いの過酷さを悠里に告げていた。


「大体分かったよ」

「え?」


悠里はそれだけ呟いてライフルバックのファスナーを開いた。


「俺もどう言葉にしていいのかまだ分からない」

「……そうですか」

「けど今の俺は片岡さんと勝ちたい。君と組めばどんな敵とだって互角に渡り合える」


言葉でなく行動。だからこそ今怖気づいたら、前に進めない。


「だから君の動きに合わせる。俺を信じてくれる?」


咲良はコクリと頷いてゴーグルをつけた。


それは練習を始める合図。ラプアを優しく撫でると、悠里の真剣な眼差しはフィールドへと向いていた。


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