咲良は部活に顔を出さなくなった。
だが学校では同じクラス。毎日、顔を見合わせることは変わらない。唯一変わったことと言えば、彼女にライフルバッグが付き添っていることぐらいで、会話をするレベルの距離感は保っていた。
あんな仕打ちに巻き込んで恨まれてもいいはずなのにそうしない。悠里は違和感を噛み締めつつも勉強にバイト、そして236部の練習に励んでいた。
二週間が経った昼休み。
悠里は涼から突然の呼び出しを食らった。弁当持参、場所は屋上。なるべく隠密にとのお達しから無許可であることはなんとなく想像がついていた。
一年の教室は学校でも最上層にあって屋上までは遠くない。薄暗く予備の学習机が端に置かれた踊り場に着くと、程なくして涼が一人で登ってきた。
「おまたせしたな悠里。つけられてないだろうな?」
「隠密にって言われたから人目は避けました。問題ないはずです」
「オーケー。じゃあ行こうか」
鍵を開くと大空の下へ誘われる。刺しで呼び出された理由はなんとなく察し、ありのままを話すことを心に決めていた。
静かなのは言うまでもない。開放的な屋上のど真ん中で弁当箱の蓋を開けて箸を取った。
しかし二人はおかずに手を付けることなく、何気なく口を開く。
「あの安土先輩」
「そう言えば少年……っと被ったな。お先にどうぞ」
「いえいえ先輩から、と言いつつ、片岡さんのことですよね?」
「本当に君は察しが早くて助かる。奏と酷く揉めたらしいが、何か変わったことはあったか?」
やはり咲良のことが気になるらしい。
「変わったことですか。俺との距離が少し縮まったこと?」
「どういう成り行きかは知らんが、お幸せにな」
「恋人とかそういうことじゃないですからね?」
勘違いして祝儀とばかりに卵焼きをこっち弁当に入れようとしてくる。
「違いますよ。俺あんまり恋愛とか、そういうのわかんないんです」
「冗談だよ。何でも良い、聞かせてくれ」
「んー他に変化という変化はないんですけどね。不気味なくらいに普通な距離感で接せてるので怖いくらいです。あんな目に遭わせて恨まれてもいいはずなのに」
人に対して怖いと感じたのは久しい。しかしそう抱かせるのは恐らく、不気味なくらい普通に接していることだ。
裏で何かを企んでいるのではないかと疑いたくもなるし、あるいはまだ236部を捨ててないとも取れる。
振り出しに戻された徒労感は否めないが、僅かな可能性を探ってみるしか方法はないだろう。
だからここは敢えて啖呵を切ることにした。
「あの部長。片岡さんの件は俺に一任して貰えないでしょうか?」
「君にか?」
「はい。元はと言えば俺が強引に部への入部を進めたのが発端です。あとは、ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「片岡さん、毎日ライフルバッグを持って登校してるんですよ。部活に顔を出さないのにおかしいと思いませんか?」
「少年」
「はい?」
涼は溜息をついて肩を優しく叩いた。
「それを早く言ってくれよ」
「あ……すいません」
ここ二週間の教室でのやり取りで言うのを忘れていた。苦笑いで誤魔化して話を戻す。
「部活には出ます。ただ今日から数日間だけ時間をくれませんか?」
「時間って、お前また尾行する気か?」
「ご名答。現代は情報戦ですよ」
部長には事の顛末を伝えてあるが故に、どこか血の気が引いたような反応をしていた。
だが突破口を開くにはそれしかない。直接問うても今返ってくるのは沈黙だろう。
暫く訝り、涼は決断を下す。
「ならお願いする。ただし得た情報は逐一こちらへ回す事。いいな?」
「ありがとうございます。全力を尽くします」
部活にバイト、学業に悩み解決。日常がさらに忙しくなってしまうと悠里は覚悟を決めた。