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第13話

日記——4月12日。


新体制の236部に生きの良い一年達が入ってきた。


殆どが中学で全国レベルの実力を持った連中で自信過剰な奴らばかりだが、とんでもない一年が入ってきた。


紅白試合でまんまと彼女にしてやられた。結果は現役の私達が全滅して負け。


聞けば相手の動きを予想して味方を動かしただけらしい。その言い草と時折見せる見下すような態度はムカついたけど、褒めれば慣れてないように照れるし、何故か懐かれてしまった。 


全く可愛い奴め。


でも気づいているんだ。君がドゥーガルガンのマスターだってこと。


皮肉だよ。そんな銃を持っていなければ、ずっと楽しくサバゲーが出来たのに——




喫茶『スティール』の看板娘二人は今日も暇を持て余して無駄話に華を咲かせていた。


「へぇ。少年がギリギリで勝ったんだ」

「ほんとですよ。あと数センチ、ナイフが入ってたら俺の負けでした」


誇らしげに悠里が語り、五十鈴は休憩用のコーヒーを一口含んで相槌を打っていた。


「見てみたかったなぁ。少年が本気で戦ってるとこ」

「動画ありますよ?」

「マジ? 見たい見たい!」


決闘後の帰り際に涼から貰った動画をスマホの画面に表示させて再生する。


無数のカメラが捉えた戦闘風景を見直すが、改めて咲良が如何にデタラメな強さを備えたプレイヤーなのが分かる。


こんなのを正面から相手にして競り勝っちゃう俺とラプアも、もしや化け物なんじゃないかと疑うほどだ。


自惚れているのを他所に五十鈴は訝っていた。


「この戦闘スタイル……まさかとは思うが」

「どうかしました?」

「ううん何でもない。それにしてもAR−15なんてまた懐かしいものを使ってるんだね」

「懐かしいって、五十鈴さんまだ17歳ですよね」

「昔はよく組んでたからね。いろんな失敗したなぁ……」

「へぇ、リコ以外の銃も触ってたんですね」

「一応このお店も銃売れるんだよ? ライセンスの更新だってできるし。まぁ誰にも売らないんだけど」


得意げな顔の五十鈴がさり気なく言った。


「才能あるから勿体ないですよ。リコの手入れだって、銃の構造を透かしたように見抜いてアドバイスしてくれるじゃないですか」

「あはは……いろんな人に言われるよ。ガンスミス泣かせのナガラ製エアガンを整備できる人間はそういないって。でも僕は見知らぬ誰かの力になりたいんじゃないんだ。それから、こうして小さな喫茶店を切り盛りしている方が僕らしいと思うだろう?」

「ここのコーヒーは好きですけどね。でも俺、五十鈴さんこそエアソフト業界に革命を起こせるガンスミスの原石だと思うんですよ」

「ふぅん褒め上手め。ボーナスを出そう」


貴重な才能が埋まるのは見てて堪えられなくなって思わずお世辞みたいな褒め文句が出てしまったが、ご満悦のようだった。


五十鈴に出会う前は銃の手入れに随分と苦労させられた。


抗堪性や耐久性は彼女の右に出るものはないほど十二分にある。問題は経年劣化した比較的消耗が早いパーツの交換や修理だ。


ラプアだけなのかそれともドゥーガルガン全てがそうなのか、共通規格の社外パーツを取り付けると著しく性能が落ちてしまう。


ならば純正を——とも思うが、ラプアを作ったガン工房『ナガラ』は数年前に解散してしまった。故に純正パーツは流通が殆どない。


仮に入手できたとしても内部構造は複雑怪奇な上、銃本体には細かい加工や調整が必要で、その一切が記されていない。『もはやこの銃を整備できるのは工房主のナガラしかいない』とまで評されるほどの代物だ。


思えばラプアを修理してくれるガンショップを探して路頭に迷っていたときに立ち寄ったのがここだった。


まるで見透かしたようにラプアの状態を見抜いて助言をくれた。五十鈴の才能には羨む一方、再び彼女と戦場へ出れたことへ伝えきれないほどの感謝もある。


「動画ありがとう。久々に面白いものが見れた」

「お構いなく」


五十鈴はスマホを返すとエプロンを外し始めた。


「またリコ君を少し見せてくれない?」

「良いですよ。うちの妹が恋しくなっちゃいました? 嫁にはあげませんよ」

「下町の喫茶店を経営できる僕みたいな良物件、そうそう居ないと思うけど?」

「言えてますけど、うちの妹は誰にも渡しませんっ!」


シスコンも極まれば、もはや感情も湧かない五十鈴だった。


「五十鈴ちゃーん。五十鈴ちゃんたらー」


店番を抜け出して数分。裏手からお淑やかで聞き心地の良い呼び声。


近づいてくると最後は裏手に繋がる暖簾からおっとりとした美人ママが顔を覗かせた。


「あらぁまたサボりかしらぁ? ごめんなさいねいっつも仕事を悠里君に放り投げて」

「あはは……気にしないでくださいお母様」


困り果てた様子の五十鈴の母『朝霧 京子』を宥めるように悠里は告げた。


店番を投げ出してでも銃のメンテナンスに没頭するのは嬉しくもあるが感心しない。


「今度は止めますので」

「いいのいいの。私ったらまた五十鈴のやることにケチつけちゃって」

「どういうことですか?」

「昔ね、五十鈴ちゃんのやること成すことを強制してた時期があったの。銃を組むのも反対してたし、たくさん勉強して立派な職業につくことが幸せだって考えてた」


自由奔放な五十鈴からは想像できない。ふと訝しげな悠里だが京子は言葉を継ぐ。


「でも家出をきっかけに気づいたの。縛るんじゃなくて、自由にやらせてあげようってさ。だからあの子のやりたいことを否定したりしないし、全力でサポートしてあげようって決めた」


目に熱いものを感じた。なんと感動的な親子の物語だろう。


だから今の先輩があるのだとすると京子にも感謝の念が込み上げてくる。


「五十鈴さん、凄く生き生きしてます」

「ほんと? 嬉しい」


我が事のように肩を弾ませて喜んでいた。


と何かを思い出し手槌をつく。


「そういえばこの前雑誌の取材が来たんだけど、原稿を確認してくれって言われたの。手伝って貰えないかしら?」


いつの間に来てたのか。疑問に思いながらも誌面が印刷された紙を受け取って快く応じる。


外観の写真と店主の一言。記者もここのコーヒーを気に入ったなどの内容が綴られていた。


その中の一句に目が留まる。


「あの、京子さん。ここなんですけど」

「どこかしら?」

「いつ俺がここの看板娘になったんですか? ていうか男ですよ俺」

「あら、あらあらあらぁ。私ったら人ん家の子を勝手に娘に……でも悠里君なら大歓迎ですよ。娘でも息子でも」

「あの、せめて娘という選択肢は抜いていただけません?」


天然っぽさもあるから恐らく記者か五十鈴に唆されてのことだろうと悠里は勝手に得心していた。


しかしそんな惚けた表情を見せた後に一瞬覗かせる含み笑いは時々不気味に感じる。


その後訂正を申し出たが大人の事情で叶わず、悠里は見事スティールの看板娘として定着していくのであった。


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