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第8話

決闘を申し込んでくることは予想外だったが嬉しい誤算でもあった。


押しても駄目なら引いて様子を伺う。『敵を誘引して包囲殲滅する』というサバゲーでも236でもある戦術が功を奏した。


周囲の視線なんてお構いなしに悠里は不敵な笑みをしばらく浮かべていた。


それが戦いへの緊張に変わり出したのは決闘の前日であった。


朝起きるやカレンダーの日付が間近に迫っていることを知覚すると、頭はすぐに戦闘モードへと切り替わっていた。


授業の内容は当然、ホームルームの時間も話し掛けてくるクラスメイトの声も頭には届かない。


当日はなんの装備で行くか、ラプアに装備するのはライフルスコープかそれともドットサイトにマグニファイアのコンボか、バレルは何を選ぶか。


考え込む姿にクラスメイト達は小首を傾げ、咲良は警戒した。 


思考はスティールのカウンターでコーヒーミルを回しながらも渦巻いていた。


「おーい少年。七番卓のブレンドはどうなってる?」


五十鈴の呼び掛けにも反応せず、無言でジャリジャリと音を立てながらコーヒー豆を粉砕している。


「おい少年ってば、少年っ! えいっ」


プスッと人差し指で頬を刺されてようやく現実に戻ってきた。


「あ、はい! ただいま!」

「挽きすぎだ。さっきからこの超絶美少女の僕が呼んでるというのにボーっとして」

「あはは……すいません」


笑って誤魔化そうとするが、五十鈴の眇めた瞳がじっとこちらを据えている。


「何かあったね」

「わかります?」

「わかるよ。君が惚けるときは決まって行き詰っているか作戦を練ってるかのどちらかだらね」


見透かされていることにはもはや驚かない。


だからこそ悠里は正直に話す。


「この前、拒絶された子と戦うことになったんですよ。どんな装備で挑もうか迷ってまして」

「へぇ。随分と急な展開だね。想定は?」

「コンテナと二階建てのやぐらが密集する市街地風フィールド。敵はアタッカーの基本装備、アサルトライフルにハンドガンです。圧倒的に片岡さん、敵の装備情報が不足してまして……」

「その曖昧な言い回し的に銃の種類、内部カスタムは不明ってわけか」

「考えても仕方ないとは思うんですけど」


咲良と戦ったあの一度を思い出しながら、久々の熱戦に浮かれてたことを悔やんだ。


しかしそれを察してか、五十鈴の手に頭を撫でられる。


「ごめんよ少年。僕にできることは銃を整備することと、こうして君の勝利を祈ることくらいなんだ。本当、戦闘経験がないことを呪いたくなってくるよ。現場も知らないなんて不甲斐ない」

「何を言ってるんですか。五十鈴さんが俺の銃を診てくれたりアドバイスしてくれたからリコはまだ元気に戦えてるんです」


だから俺はここに通ったんです。貴方がリコを救ってくれたから――照れくさくてそんな感謝の言葉が喉元で止まる。


「そう言ってくれると救われるな。やっぱり少年は僕の……」


言い掛けて五十鈴は言葉に詰まる。


「僕の?」

「すまない。気の迷いだ。それより新しい豆を挽きたまえ。七卓のお客様には僕から話そう」

「ありがとうございます」

「ふふん。ここは先輩に任せなさい」


得意げに言うとテコテコとそのお客様の元へと走っていく。


誰かが勝利を願ってくれている。そのことだけでも、自分の戦う理由を認めてくれるようで悠里は嬉しかった。


支えられていることの喜びを噛み締めながら新しいコーヒー豆を出そうとしたとき、遠くから彼女の声がした。


「おーい少年! やっぱりさっきの豆でいいそうだよ!」

「えっ?! でも雑味とかエグみが凄いんじゃ」

「いいのだ。お客様はむしろそっちの方が良いって仰ってるから」


五十鈴の言った意味が分からなかったが、促すようなウィンクに考えることをやめた。


後日、そのお客さんから挽き過ぎたコーヒーを『初恋の味』と賛美する手紙が届くのだが、それはまた別のお話。



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