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第7話

翌朝、プロテインを片手に咲良は家を出る。


しかしその瞬間から身体は警戒モードに突入する。またどこからあの変態が現れるか分からない。


校門を潜り、まずは茂みに注意を向ける。しかし彼が飛び出してくる様子はない。


安堵の吐息が零れた。けれど油断はできないと気を引き締めて校内を進む。


昇降口を上がって自分の下駄箱に急ぐが、かたんと締まる音に身体が自然と反応する。


誰かいる――そう思っていた矢先、あの忌まわしい顔が視界に入った。


「あ、ああああああ」


ボトルが落ちてココア味のプロテインが床に撒き散らされる。


新井 悠里——脈が乱れて情けない声が出てしまう。また勧誘される。


逃げようと足を踏み出したとき、その顔はこちらを向いて淡々と言った。


「片岡さんおはよ」

「あ、いええっと。おはよう、ございます。新井君」


……あれ、勧誘されない?


不思議に思い、不自然な挨拶をしてしまったことに赤面しながらも遠くなっていく背中に目が行った。


「あ、あの!」


何故か思わず呼び止めてしまう。私のバカ。


しかし、あれだけ熱心に勧誘してきた相手が急に興覚めしていたら理由が気になる。


答えてくれるかは分からないけれど、聞いてみるだけならいい。恐怖より好奇心が増して咲良は声に出す。


「もう、勧誘しないんですか?」


彼がふっと笑う。


「勧誘してほしかった?」

「なっ、違いますよ! さては戦略を変えたんですね! でも私は入りませんよ!」

「無理強いするのも悪いなって思ったから辞めたんだけどね。担任の先生にもきっちり絞られたし」


しっかり仕事をしてくれた担任教師の株がほんの少しだけ上がった。


けれど心に落ちた一抹の寂しさはなんだろう。一週間も付き纏われて気が変になってるのかも知れない。


悠里に優しく微笑みかけられたが、この口は何か言いたげに震えていた。


しどろもどろで言葉にすらならない声。小首を傾げ、彼はゆったりと構えて待っている。


「勝負、しましょう」

「勝負?」

「あのとき、約束しました。次は負けないって。私もあの時の結果には満足してないので。あと落としたプロテイン代も払ってください」

「んー、遠慮しておくよ。というかプロテインに関しては自分で落としたからそちら持ちで」

「どうして?!」


驚嘆が反響する。


「もうサバゲーは辞めたじゃないの?」

「……そうですけど」

「この一週間で変わらなかったんだよね?」

「……はい」

「俺はその意思を変えられなかった。だから諦める」

「……そうですか」


俯きがちになり彼から目を反らした。心を鋭く刺す痛みはあのときに似ている。


付き纏われていたこの一週間、私はきっと変わってない。


けれど諦められることへの強烈な不快感が背中を押していた。


再燃したからこそ、だったらキッパリと断るために一度決着をつけておかなければならない気もした。


「だったら!」


揺れ動く心を納めるように叫ぶ。


「私が負けたら部に入ります。けど勝ったら、プロテイン代払うのと付き纏うのはやめてください」


その条件を言ったとき、彼はニッと含んだ笑みを見せた。


「その勝負、乗った」


上手く乗せられていると気づいたときには遅かった。悠里は一転して、明るい声色で詳細を詰めていく。


勝負は三日後。レギュレーションは236に合わせ、使用武器や弾丸の重量制限もなし。


メモを二枚取って悠里と共有する。もはや後戻りはできない。


「……絶対に勝ってみせます」

「望むところ」


ムスッと不貞腐れた顔で言うが、彼は気にする素振りもなかった。





「悪いけどあんたと組むのは今日限りにしてほしいの」


セーフティーエリアで唐突に言われた一言に咲良は眼を眇めた。


「えっと、何かの冗談よね?」

「本気よ……私じゃ足手まといでしょ」

「そんなことないよ。いつも最適なタイミングで援護くれるし」


目の前の少女の言葉を否定しようと必死に首を横へ振った。


実際に彼女が足手まといと感じたことなんて一度もない。むしろ無茶苦茶な私の動きに追随して、援護が欲しい時に来る。敵の包囲されても彼女の一撃が突破口を開いたことだってあった。


「ごめん。けど何かした心当たりがないの。なんか悪いことしたなら謝るよ」


傷つくことを言った心当たりはない。俯きながら震える肩に手を置いたとき、少女はそれを乱暴に振り払って涙目で訴える。


「あぁもういいっ! 所詮、私は貴方の黒子よ! 訓練所でもそうだった……才能を見初められて、同期の私は貴女のサポートばかりを押し付けられた。あいつとは違う、お前はこっちが向いてるって! 自分中心のサバゲーはさぞ気持ちよかったでしょうね!」

「なんのこと? 意味が」


分からない。それを口に出す暇さえ与えられず、


「その鈍感さがうざったいのよ! もう二度と私の前に現れないで!」


罵倒された後、力任せに叩きつけられたワッペンが目の前を跳ねた。


一方的に罵倒されて肩のワッペンを机に叩きつけられた。


無数の疑問が頭の中に渦巻く。蔑ろにしたことはないはずなのに、酷い言葉や傷つく言葉を言った記憶はないのに、なぜ私は怒鳴られなければならないのか。


何か期待外れだったのかな。


その理由も分からぬまま、別れを告げられた。私は人を信じられなくなっていた。


もうサバゲーなんてやらない。誰も信頼しない。担任の教師を頼ったけれど、たかが知れている。


期待なんて、信頼なんて、馬鹿馬鹿しい。


城西に入ったのも236部があったからだったのに、あんなに楽しかったのに。


簡単に捨てられるものでもない。彼の、悠里の言葉は確かに言い得てると思う。


けれどもう怖くて堪らない。


裏切られるのが怖い。


一週間も追いかけきて誘ってくれた。そんな罪悪感が胸を締め付けてきて振り払う。


もう決めたことなんだ。なんで心を痛める必要があるんだ。


決心を脳内で反芻して、暗い部屋から望む漆黒の夜空をただ見上げていた。




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