目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第6話

 早速、悠里は行動を開始した。


 作戦の第一段階は情報収集。敵情を知らずして勝利なし。


 まず彼女の『何』がサバゲーを辞めされるのか、その動機を探ろう。


 たった一人の想像力を総動員させても答えを導くことは不可能だ。


 咲良が抱く気持ちは咲良にしか分からないのなら、直接本人から聞き出すのが一番てっとり早い。


「おはよう片岡さん!」

「お、おはようございます……」


 ホームルーム三十分前に教室に来た咲良を悠里は屈託のない笑みで出迎えた。


「236部、入る気になった?」

「け、結構です。昨日辞めたって言ったじゃないですか」


 朝一番の勧誘は一瞬で折られた。早々に落ちるとは思っていない。


 悠里の作戦は猪突猛進。相手が折れるまでひたすら誘い続けるというもの。


「でも辞めたのはなんでなんだい? 顔面にキツイ一発喰らったりした?」

「勝手にそう思っててください」


 咲良は悠里から離れるように教室から逃げていった。


 辛辣な物言いにはたじろいだが、ここで諦めては男が、いや狙撃手としての矜持が廃る。


 悠里は両頬を赤くなるまで叩いて彼女の影を追った。


 あるときは休み時間の教室で。


「片岡さん。236部どう?」

「嫌です」


 またあるときは草むらの中からギリースーツ姿で出てみたり、


「片岡さん!」

「だから嫌ですって!」


 またあるときは下駄箱の中にいたり、


「か」

「もう追わないでください! というかなんでそんなとこ入ってるんですか?!」

「そりゃ勿論、人が入れるようにしたからってぶへぇ!」


 きつい一発を貰った。さすがにこれはやり過ぎたか。


 そしてあるときは下校途中の通学路で。


「変態ですかあなたは!」


 草陰に擬態して隠れていたのに僅かな色彩の差異で見抜いた。その目も鋭く、ますます彼女が欲しくなる。変な意味じゃないよ。


 逃げていく彼女の背中を見て、悠里はそう感嘆を漏らしていた。


 その日から悠里と咲良の追跡劇は一週間続いた。


「で、君が呼ばれたわけ」


 剣呑とした雰囲気で担任教師は呼び出した経緯をつらつらと語った。


「授業抜け出して何かと思えば、草と同化したり下駄箱壊して中に入ったり、あなた学校で戦争でも始めるつもり?」

「いえ! 全く」

「その恰好じゃ説得力皆無なんだけど。モリゾウって言うんだっけ?」

「ギリースーツです」

「そう」


 発覚したのは咲良が相談したからに他ならない。最初は入学一週間でさっそく恋心でも芽生えたかと青春を感じていた担任の教師だが、教職に就く者としてはそんな悠長な感慨に浸ってる場合ではなかった。


 深く嘆息して、悠里に詰問する。


「なんで追い回したの?」

「サバゲーをやって欲しいからです」

「……それだけ?」

「他に理由なんてないですよ」


 担任教師は思う。こいつ頭おかしい。


「人のこと付け回すって、学校の外でやったら犯罪よ犯罪。いやまぁ外でもやってるから片岡さん次第で君のことしょっぴけるんだけどさ」

「でもここは学校ですし、警察の方にはバレてないですよ」

「残念ながらね。本来なら片付けなきゃいけない仕事が山ほどあるのに貴方の一件で進められないの。わかる?」

「わかります」


 淡泊な返事に担任も苛立っている。こめかみには青筋が立っていて美人な顔が台無しだ。


「はぁ……好きな女子を追い回したい気持ちは分からなくもないけど、本人や近隣に迷惑を掛けるようなことはしないでね」

「好き? 誰がです?」

「……貴方、なんで片岡さん追っかけ回してたの?」


 担任教師のあ然とした顔が悠里を据える。


 まさか片岡さんのことが好きでストーキングしていたと勘違いしていたみたいだ。さっきも言ったがそんなことに感けていない。妄想も甚だしい。


「んーイマイチ君のことが掴み切れないんだけど……」

「恋愛とかそういうのは興味ないです」

「ほんとに部活の勧誘ってことなの?」

「さっきそう言ったんですけど」


 少しばかり棘のある口調で返すが、納得の行かない顔で聞いてくる。


「ますます分からない。ならなんで片岡さんに執着するの? 勧誘だった他のクラスメイトでもいいじゃない? なぜなの?」

「あいつじゃなきゃ駄目なんです。たった一人でゲームを覆す強さを持ってて辞めるなんて、絶対にない」

「……それは、新井君が思ってる感想でしょ?」

「感想なんかじゃないです。本心は絶対に違う」

「じゃあ、もしそうだとしても人の嫌がることはしない。いいこと?」


 圧を掛けるような険しい目つきに悠里も頷くしかなかった。


 その後、もう彼女に付き纏わないという約束をさせられて説教は終わった。ついでに入部届を出したら呆れと一緒に殺気も纏い始めたので、ライフルバックを担いで早々に退散した。


 かったるい説教が終わって伸びを一つ。


「知ったような口を利く。あの女」


 ラプアが脳内に語り掛けてくる。


「癪には触るけど、致し方ない」

「なぜ反論しなかったのだ?」

「反論したところで立場を悪くするだけだよ。正直に話はしたけど、あの手の場合は適当にあしらっておけばいいのさ」


「まぁ立場なんて守る気サラサラないけどね」と悠里は事も無げに付け加える。


 しかしラプアは思案する。


「だが、このまま突撃を続けても事態が好転するようには思えん」

「あははは……それ言われると意外と心に来る」

「あぁすまない。私としたことがついぞ否定的なことを」

「突撃が愚策。前進してるのに戦況は悪くなるばかりか」


 慌てて訂正するラプアだが、何かを察して悠里は深く考え込む。


「まるで攻城戦をやってるみたいだ」

「……なんか心配してた私がバカだった」


 やはり頭はサバゲー中心、と心配した自分にラプアは呆れてしまった。


「もしかしたら前に進むだけじゃ難しいのかもね」


 前進するには障害が多い。フラッグ戦でも前線が停滞したときなんかは同じシチュエーションになる。


 そう、押してダメなら。


「一度、引いてみるのもアリだね」


 悠里は妙を得たように顔を上げて言い、廊下を進んだ。


 ありがたい説教のおかげで少し遅刻してしまったと悠里は内心で憂いた。しかし時間はまだたっぷりある。


 入学から一週間。今日から新入生の部活が解禁される。


 あの入部届をようやく出せたのだ。向かう場所は決まっていた。


 校舎の階段を駆け下りて一階。部室の場所を聞いていなかったと途中で気づいたが些事だった。


 丁度通りかかった生活指導の教師から呆れ顔で教えてもらい、校舎の最奥にある地下階段へとたどり着く。


 鋼鉄製の堅牢な扉には張り紙で236部の文字がある。迷わず開くと、遠い花火のようなか細いモーター音が聞こえてきた。


 遂に足を踏み入れるのか。緊張と興奮が入り混じった心音が胸を叩く。


 ゆっくりと階段を降りたら、体育館ほどの巨大な空間と張り詰められたバリケードの数々が出迎えてくれる。


「来たなー新入部員」


 ツカツカと金属を踏む音で振り返ったのは凛々しい出で立ちの安土 涼だ。


「一年にしては随分と良い身分じゃないあいつ」

「奏。新入生をそうチクチク刺すなよ。やる気削がれたらどうする」

「それくらいでヘコむようなら端からいない方がマシだわ」

「新井 悠里君だったかな。来て早々にすまない。奏はキツイ物言いしか出来ないんだ。私に免じて許して欲しい」

「あんたがそう甘いから先輩達にも浮ついた空気感が流れるのよ! 今年からこの部を背負うんだから少ししっかりしなさいよ」


 華奢な腕を組んで鋭い目線を据える彼女『三城 奏』のキツイ物言いは癇に障るが、彼女達の本気度がジリジリと悠里の肌を撫でている。


 それとは裏腹にいつの間にか涼との漫才になっていて場は和んでいた。


「おほん。気を取り直してだ新入生諸君。私は部長の安土 涼。こっちはメカニックの三城 奏だ。さっき言ってたことだがあながち間違いじゃない。BB弾は当たれば痛いし容赦がない。生半可な気持ちで来たのなら先に言っておくが帰ってカジュアルに楽しんだ方が良い。だが本気で上を目指そうと努力してる奴は見捨てない。本気で上を目指す奴はどんどん使っていくから期待してるぞ」


 涼の一言で他の新入生たちは息を飲んでいた。


「ま、堅苦しいのは置いといて、これより通過儀礼を行う!」


 ニシっと笑う涼。悠里が首を傾げていると、新入部員の前へ行き、


「貴様にとってエアガンとはなんだ!」


 耳を劈くような声音と剣幕を立てて問う。傍から聞けば怒号だ。


「え、エアガン? えっと、俺」

「なんだ自分の獲物が何か説明できないのか? 最後に聞いてやるからそれまでに考えておけ! 次にお前!」

「は、はい! 俺にとってこいつは、戦うための武器です!」

「ただの武器か弱いな。所詮ただの武器としか思ってない奴は真っ先に死ぬ。次、はいお前!」

「私にとっては素晴らしい銃を作るための研究材料に過ぎませんねぇ。より早く、遠くへ、正確にBB弾を届けるための踏み台達。その中でも磨かれた一丁だけが私の最高傑作として戦場に花咲く……」

「終わったらフィールドに叩き込んで、じっくり扱いてやる! 奏からもな! 次!」


 1列に並んだ部員たちに次々と迫る涼。海兵隊のブートキャンプを思い出す。


 そして列の最後、悠里の元へと彼女が来る。


「次、お前だ双眼鏡少年」

「はい! 俺にとってエアガンは……家族です!」


 その答えでそこにいた誰もが面食らって固まった。


「ほう……家族か」

「あぁいやその……ふぅ。こいつは俺にとって居なくてはならない相棒なんです。ずっと一緒に戦ってきたから、かけがえのない家族のような、そんな存在です! ダメでしょうか?!」


 実際に人になれるし、間違ってはないと思う。けれど、周りは完全に引いていると思った。


 しかし涼は、険しい剣幕を崩して、


「ぷっなはははは! やっぱお前面白いな! 家族って答え出した奴は初めてだよ」

「おかしいでしょうか?」

「おかしくて結構だ。やはり私の目に狂いはなかった。追加の質問だ少年。君にとって、サバゲーってなんだ?」


 考えることでもない、と悠里は間髪入れずに返した。


「生き甲斐で、これだけは絶対に負けたくないってスポーツ……負けたら俺じゃ無くなるから。絶対に勝たなければいけない戦い……です」


 負けたら俺じゃ無くなる。そうだ。


 涼も満足そうな顔をして、


「負けたくない、勝たなきゃいけない、じゃまだ詰めが甘いな悠里少年。負けない、勝つって心だ。それを私が持たせてやる」

「……はい!」

「さぁ、終わりだ。早速練習を始めよう。まずは新入生の体力を見せて欲しい。フィールドの方は奏に任せる」

「はいよ」


 涼は新入生たちを率いれ、悠里の航行最初の部活は幕を開けた。









この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?