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第2話

「あ、あの」


 銃を置いた時、背後からした声に振り向く。


 そこには眼鏡を掛けた控え目そうな少女。もじもじと手足を動かす様はトイレを我慢している小学生のようだった。


「トイレなら受付の横にありますよ」

「あ、いや違うんです。えっと、女の人だったんですね。凄くお強くて」


 黒いボブヘアをぶんぶんと左右に揺らすのを傍目に、悠里は全身を舐めるようにくまなく見回す。


 黒一色の装備にどこかで会ったことのあるようなライフル。とそこでようやくさっきまで交戦していた敵だと気づく。


「びっくりだこりゃ」

「私もです。その、初めて……だったんですよ」


 他の人に聞かれたらまず勘違いされるぞ。どこか恥じらうような声音に悠里は冷や汗を掻いた。


 けれど、まさか同い年ぐらいの女の子だったとは。てっきりガチムチの筋肉ダルマだと思っていたから驚きは余計に大きい。


「名前とか聞いてもいいですか?」

「あぁいいよ。悠里。新井 悠里だよ。こっちはリコ」

「リコ?」

「愛銃の名前。そっちは? AR—15系のカスタムみたいだけど、トリガーのキレとか凄かった。電子トリガー積んでるのかな?」

「えっと、私は片岡 咲良って言います。こっちは私の先生が作ってくれた銃で、私も良く分かってないんです」


 サクラという言葉で心に鈍痛が走る。けど彼女は春のは関係ないと言い聞かせて、


「そかそか。いやぁ動きもキレッキレだったし、一体どんな筋肉ダルマかと思ったよぉ」

「あはは……あながち間違いじゃないかも」


 苦笑いで頷く。見た目は華奢だが、服の下にはとんでもない筋肉があるのか?! そうなのか?!


 悠里は一瞬興奮はしたが、コホンと平静を保つための咳払い。


「今日は相討ち。だけど、次は負けないよ」


 宣いに咲良は口につけたプロテインボトルを置いて、悪戯にはにかむ。


 表情とは裏腹に輝く瞳の奥には燃え盛っていた。


 火照った身体に感じるこの熱さは彼女が燃やす闘志だろう。


 ……この人が仲間だったらどれだけ心強いか。自分と組んだら恐らく敵なしだろうな、などと威勢がいい言葉が脳内を駆け巡る。


 心の片隅に湧いた想いは腕に巻かれたマーカーの赤色に打ち消された。


 すると距離が少しだけ縮まって余裕が出てきたからなのか、咲良から他愛のない疑問が投げられた。


「そういえば、戦闘中は誰と話していたんですか?」


 あの会話が全部聞かれていたとなればちょっと小恥ずかしくて頬を掻く。


 悠里は自分の愛銃を見て意を決したように答えた。


「銃だよ。銃」

「銃?」


 咲良は尚更分からなくなり、小さく小首を傾げた。


 これが後に悠里の相棒となる『片岡 咲良』との出会いだった。





「こっちだよお兄ちゃん!」


 つんと甲高い妹の声。俺はそれを追って走っている。


「あんまり遠くへ行っては駄目よーリコ」

「わかってるよー! お兄ちゃんが付いてるから大丈夫!」

「悠里ーリコのこと、頼むわよー」


 桜舞う麗らかなキャンプ場。テントのペグを打つ父の真横を駆けて行く。


 天真爛漫な妹のリコに面倒見の良いしっかり者の兄、悠里。俺の自己評価じゃなく、近所や世間ではそう言われてる。


 そして今はそんな妹が転んだり迷子にならないようしっかり手綱を握ろうとしている最中……実際は二人っきりの追いかけっこになってる。


「ほーら捕まえてごらーん!」

「待てって!」


 逃げるリコはそんなことを嘯く。


 勿論、本気を出せば簡単に捕まえられるけど、それじゃリコが可哀想だ。


 しばらくして捕まえて、捕まえられて。そんなのを繰り返していた折、ふとリコはムスッと不満げに頬を膨らませた。


「お兄ちゃん、本気出してないでしょ?」

「本気だよ本気」

「嘘、サバゲーしてるときの方が早いもん。本気出してくれないお兄ちゃん嫌い!」


 どうやら本気を出していないことがバレたらしい。弟や妹なら誰しもある兄への対抗心って奴だろう。


 けどまぁ本気でするのが所望なら叶えてあげようじゃないか。


「わかったよ。でも捕まえられなくて泣くなよ」

「捕まえられるもん! じゃあ、ヨーイスタート!」


 そうして俺は呑気に本気で逃げ回ってしまった。これがすべての過ちだったなんて気づかずに。


 リコがどんどん離れていく。キャンプサイトからコテージのある方まで行き、その角を二つ、三つと進んでいく。


 待ってよー。そんな涙ぐんだ声が遠くに聞こえてきた。少しやり過ぎだったかな。そう思い足を止めるが、リコは一向に姿を見せない。


 大分遠くまで引き離してしまったのだな。流石にこれじゃ可哀想だ。そうやって角を二つ戻ったとき、自分の目を疑った。


「リ……コ」


 子供ながらにリコが地面に倒れていること、流れ出ているのが血であることはわかる。まだはぐれてそう時間は経ってない。


 傍に駆け寄ってリコの身体を揺する。瞼は開いたまま、背中は食い荒らされたように穴が空いていて中は生暖かい。


「誰か……誰か!」

「悠里いるか?」


 春休みの最後の夜。


 コンコンとノックの後に、凛として静謐な声が扉の向こうからする。


 ここはあの時じゃない。スイッチが切られたように我へ返ると、手の震えと視野が戻ってくる。


 部屋へ来たのはスラッとした長身の垢抜けた女性。170センチの悠里より背の高い彼女は、柔らかな瞳で見下ろしていた。


「どうかした? リコ」

「いや別にどうという理由はないのだが、ただ明日から貴様がいないと思うと寂しくてな」


 こんな美人で巨乳な女の人から言われたら大抵の男は卒倒するだろうな。


 そう考えながらも悠里は優しく部屋へ招き入れる。


「部活に入ったら一緒に行けるから心配しなさんな」

「それはそうだが……」


 麗しい容姿とは正反対の勇ましい口調で『ラプア』は言う。


「あとちょっとの辛抱だから。それに母さんもいる。いつもと変わらないだろう?」

「ぐうの音も出ない。だが私も学校とやらに初日から行きたいぞー。貴様、中学とやらは部がないから持ち込み禁止だとか言って連れて行ってくれなかったし」

「没収されたが最後、卒業の日まで返してくれないってなったら辛すぎて死んじゃうよ俺」


 宥めるような言葉にラプアは不満そうな表情を辞めた。


 そんな表情が無邪気で可愛らしい。と微笑ましい限りの悠里。ふと机を見て、まだ未開封のダンボールがあることに気が付いた。


「あ、そうだ。新しいスコープが届いたんだ。付けてみてもいいかい?」

「また買ったのか?」

「入学祝いにって父さんからのプレゼントさ。中身見てないから、どこの奴かまでは分からないけど」

「ほーう。じゃあ、ちょっと待っていろ」


 そう言ってラプアは悠里に手を重ねると全身が神々しい光に包まれる。


 暖かい黄色い影に変わった彼女はその姿を悠里の手に収まる物へと変えていく。


 そして光が収まると彼の手には漆黒に染まった長砲身の狙撃銃『AXMC』が現れていた。


「何をそんなにマジマジと見ている?」

「あぁいや、いつ見ても綺麗だなってさ」

「褒めても何も出ないぞ」


 声からして照れてるのだろう。無機質な銃からはテレパスのように頭へ声が届く。


 ドゥーガルガン。ラプアは自らをそう定義していた。


 人の姿へ自在に変わることが出来る銃。自我や意志、感情を持ち、完全な人間とは言えない半人半妖 のような存在。


 誰が生み出したのか、どうやって作り出したのか。それでもただ一つ分かることがある。


「戦うことだけ、か」


 そんな言葉が口を突いて出た。


 リコ達『ドゥーガルガン』を持つ者達が興じる戦闘『サヴァイブファイト』。


 己の存在を代償にドゥーガルガン同士で撃ち合い、勝ち残った最後の一丁が人間として生を受ける。


 必ず人間にしてやる。銃の姿へと変わり果ててしまったリコと再び兄妹になると、そう誓ったのだ。


 ギギと音を立てる拳に眼をやりながら悠里は心で呟く。


「それが私達ドゥーガルガンの存在意義。人間になるためにサヴァイブファイトを戦い抜くことだけだ」


 ラプアの言葉が虚しく響き、悠里は手が止まって否定を口にする。


「でもリコは俺の大切な家族だ。銃でも人でも、形なんて関係ない」


 あの時、あんな結末を眼の前にしていようと、ラプアはもうたった一丁の銃ではない。


「だから俺は絶対に負けられないんだ。サバゲー、『.236』では……最後の一丁まで生き残ってやる……絶対」


 痺れるような前のサバゲーはサバゲーだったからこそだ。まして同じドゥーガルガンを所有者じゃなかったから笑っていられた。


「またあんな戦いが出来たらいいな」


 でも次は負けない。固く心に誓い、悠里は一心不乱にライフルの調整を始めていた。




 サバイバルゲーム……サバゲー。


 それは元々BB弾を撃ち合う遊びでしか無かった。


 しかし時代が進むにつれ、人類の叡智はサバゲーを進化させていった。


 そして――単なる弾の撃ち合いからスポーツとなり、存在を賭けた壮絶な戦いの場へと姿を変えた。


 勝利し続け、最後の一丁になった銃が人間として生を受ける『ドゥーガルガン』。


 この戦いに無関係だった一人の少女が巻き込まれていくのだが……それは桜舞う季節が終わってからのことである。

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