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第四話 ド・ド・ドリフト大爆走ッ!(五)

「……えー、私の方からは以上です」


 エルミヤさんはそう言うが早いか、俺の背後へサッと身を隠した。


(お、おい……)

(リュージさま、あとはお任せいたしますっ)


 目の前で繰り広げられているあまりの状況に、気がって勢いよく飛び出したはいいが、案の定ノープランだったらしい。まあ、いつもゴロゴロと動画とポテチをむさぼっている彼女にしちゃ、上出来だ。


「んんー? おニイさんの顔、見覚えがあるなあ。……たしか針棒組の若頭さん、でしたっけ?」


 借金取りの男は、俺の顔を見るなりそう言った。歳は、四十そこそこといったところか。身長タッパは俺ほどではないが、がっしりとした体格で実戦ケンカ慣れしている雰囲気がある。

 だが、おそらくは俺のような任侠者ではあるまい。まあこれは一言では説明しづらいのだが、同業の人間だけが嗅ぎわけることができる「匂い」のようなものだ。


 それにしても、なにより俺が気に食わないのはこの男の格好スタイルだ。整髪料ポマードコッテリのオールバックに半透明のグラサン、鼻の下にはチョビ髭。ネクタイは目が覚めるような真っ青の花柄。おまけに、羽織っている上着ジャケットはド派手なピンクときたもんだ。もしウチの舎弟が俺の前にこんな姿で出てきた日にゃ、即刻パンツ一丁にひん剥いて事務所の外に蹴り飛ばしてやるところである。


「針棒組の軍馬竜司だ。あいにくだが、俺の方はアンタにゃ面識がねえんだが」


「あーそうだそうだ、軍馬の竜司さん! たしか、人呼んで『剛健無敗の昇り竜』とかなんとか? 私は逝鳴いきなり金融の逝鳴賭市といちというモンで。どーぞ、お見知りおきを」


 そう言いながら、逝鳴賭市は懐から取り出した名刺を手渡してきた。そこに書かれた文字の方に、俺は見覚えがあった。詐欺まがいのやり口で荒稼ぎをしては、当局から目をつけられる前にどこかへ雲隠れ。ボチボチほとぼりが冷めると、また現れて……というようなことを繰り返しているという男だ。そして、たしかこの逝鳴金融のバックについているのが――


「そうそう、泥田の親分さんからも、おニイさんの評判をよぉっく聞いてますよ」


 逝鳴賭市は、そう言ってニヤリと笑った。思った通り、どうやらコイツは泥縄組のクソ野郎どもとズブズブの関係らしい。それは、俺の顔を見てもそれほどビビっていなかったことからしても明らかだ。


「んで、針棒組の竜司さんよ。ご覧のとおり、こちとらちょいと立て込んでるもんでさぁ。申し訳ないんだが、サクリと出てってもらえませんかね」


「そういうわけにもいかねえな。なにしろ俺は、この店とは古くからの顔馴染みなんだからよ」


「竜司……」

「竜ちゃん!」


 この千石モータースは、天涯孤独のヤクザ者である俺にとっては自分の家も同じだ。その危機を黙って見過ごせるほど、俺は人間が出来ちゃあいない。


「とりあえず、ここからは代わりにこの俺が話を聞こうじゃねえか。まずは、そこの親子を地べたから椅子に座らせてもらうぜ。目の前で土下座なんてされてちゃ、気になってしょうがねえ」


「ああ、どうぞご自由に。ま、お二人としては、あくまでこちらへの誠意の証としての態度ということなんですがねぇ」


 俺は、達吉たつきっつあんとチマキを、そばのパイプ椅子に座らせた。二人の表情は、突然の事態によって困惑と憔悴に満たされていた。


「さてと、さっそくだが逝鳴さんよ。先ほど聞き捨てならねえ言葉が飛び出したようだが、五千万の借金ってのはどういうこった? それは、この千石モータースが借りた金じゃねえんだろう?」


「もちろんや、竜ちゃん! ウチらやのうて、おなじ商店街の横縞よこしま印刷さんっちゅうとこの借金や。それも、借りたのは五百万円やってんで?」


「横縞印刷?」


「ああ。ワシが商店街ココでこん店始めた時からずっと懇意にしている男でな。十年ほど前に、どうしても運転資金が必要になったから言うて、この逝鳴はんに融資してもろたんや。そん時、なんとか力になってくれいうて横縞はんから頼まれて、仕方なくな……。こっちも、いろいろと義理もあったさかい」


「ようするにアンタらは、ちゃんと納得して横縞の連帯保証人になったんでしょ? 当の横縞は三日前に、一円も返済せずにんじまった。そうなったら、あとはもう千石さんに責任持って払ってもらうしかないでしょうが!」


 達吉たつきっつあんの言葉を遮るようにして、逝鳴は大声を上げた。

 この男の言うとおり、たしかに連帯保証人というからには、借主である横縞の状況如何に関わらず、返済の義務が生じる。もっともその横縞とやらが、逝鳴賭市と仲間グルである可能性も否定できないが……。


「それにしてもよ。こんな話は本業のアンタには釈迦シャカに説法だろうが、たしか金融業にゃ金利の上限っつうモンがあったよな。よりにもよって十年で十倍とは、いくらなんでも暴利が過ぎるんじゃねえのかい?」


「それはねぇ、竜司さん。金貸しがぎょうとして金を貸す場合でさぁ。あくまであの金は、この逝鳴賭市が『個人的に』横縞に貸したモンなんだよ。だから、そーいうのは関係ねぇの。わかる?」


「んだとぉ?」


 無遠慮に煙草に火をつけながらのたまった逝鳴賭市に、俺は言葉を詰まらせた。残念ながらこの俺は、貸金業法には明るくない。もしこの場に、法律関係にくわしい経理担当の雷門伍道がいてくれさえすれば、もうすこしまともな返しができたのだが。


「それともなにかい? 針棒組の竜司さんが、この親子の代わりに借金を払ってくれるとでも」




「いいじゃありませんか、リュージさま。この方に、全額お支払いして差し上げましょうよ!」


 その時、俺の背後から凛とした声が聞こえてきた。もちろんそれは、由緒正しいエルフの魔法使いにしてこの軍馬竜司の忠実なる戦闘奴隷、エルミヤさんである。


「なんだとぉ?」


(お、おい! 一体何言ってんだエルミヤさん!)

(大丈夫です。私、いい考えが浮かびましたから)


「おい、魔法使いみたいなイカれたカッコのネエちゃんよぉ。ハロウィンの仮装行列にゃまだ早いぜ。今の言葉はどういうこった?」


「そのままの意味ですよ、逝鳴さん。でも、一つ条件があります」


「条件?」


「ええっと、そちらに停めてあるお車は、逝鳴さんのものでよろしいのですか?」

 エルミヤさんは、整備工場の中に駐車している一台の自動車を指さしながら尋ねた。


「ああ、そうだが。それがどうした?」

 予想外の質問に、顔をしかめながら答える逝鳴賭市。その車は、かつてラリー界を席巻した三菱・ランサーエボリューション。略して「ランエボ」だ。それも、持ち主の趣味センスに合わせたガチガチの走り屋仕様。この男の腕前は知る由もないが、普通に馬鹿っ速そうだ。


「このお車と、こちらのリュージさまが運転するお車、どちらが速いか競争をしていただきます。そしてその勝負に逝鳴さんが勝てば、返済すべき借金全額に加えて、このお店の権利もすべてそちらに差し上げます」


「な、なんだって?」

 俺は、エルミヤさんの言葉に思わず声を上げた。それに続いて千石親子も、椅子から立ち上がって反応する。


「何を言うてはるんやエルミヤちゃん!」

「そうや! そんなんメチャクチャや!」


「アンタらは黙ってな! そんでよぉ、仮にそっちが勝ったらどうなるんだ?」

 そんな声を制して、逝鳴がエルミヤさんを問いただす。


「借金は、キレイさっぱりなかったことにしていただきます。いかがですか?」


「うーん……悪くねえが、こっちが勝った時の見返りが足りねえなぁ。そこの整備士のネエちゃんと、ついでに魔女っ子ネエちゃんの身柄も付けてくれたらな」


「そうですか、別にかまいませんよ」

 ニヤつく逝鳴に、平然と答えるエルミヤさん。その姿に、もはや達吉たつきっつあんもチマキもこの俺も、唖然として見ていることしかできなかった。


「うほっ、マジかぃ? よっしゃ、決まりだ! そいで、そっちの車ってのは?」


「あれです! 千石粽子ちまきさん渾身の整備による往年の名車・ハコスカ!」

 エルミヤさんは自信たっぷりな口調で、店の外に駐車していた俺の愛車を披露した。その車体を一目見た逝鳴賭市は、思わずププッと吹き出しながらおどけて言った。


「なんだぁ? アンタらまさか、こんなオンボロのクラシックカーで、このランエボとやろうってのか?」


 今、この場にいるエルミヤさんを除いた全員の心に、「無茶」という二文字が浮かび上がった。だがそんな気持ちを知ってか知らずか、彼女は満面の笑みを浮かべてうなずいている。



 さすがにやり手の金貸しらしく、逝鳴は素早くくだんの内容を連ねた契約書を作り上げ、判を押した。エルミヤさんも、続けてその契約書に「エルミヤ」と自署サインする。


「よおし、これで文句はねえな」


「あ、逝鳴さん。念のため、横縞さんの借用書の原本も見せていただけますか?」


「ああ? なんでだよ!」


「いちおう確認ですので、お願いします」


 逝鳴賭市はしぶしぶ懐から借用書を取り出し、エルミヤさんに手渡した。彼女はメガネをずらして書面に顔を近づけ、その文面を指先でなぞるようにしながら丁寧に熟読していく。

 やがて逝鳴はイラついたように、エルミヤさんの手から書類を引っぺがした。


「さあ、もういいだろう? それで、肝心の勝負はいつにするんだ?」


 逝鳴賭市の問いに、エルミヤさんはゆっくりと、力強く答えた。


「今夜十二時、首都高中央環状線(C2)にお越しください。詳細は、追って連絡いたします。お待ちしておりますね」




続く



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