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第四話 ド・ド・ドリフト大爆走ッ!(四)

「あらっ? リュージさま。粽子ちまきさんのお店、閉まってますね。お休みでしょうか?」


 それは、ある日の会社帰りのことだった。いつもの助手席に座り、車窓から外を見ていたエルミヤさんが、大通り沿いにある千石モータースのシャッターが下りていることに気がついてそう言った。


「ああ、本当だな。たしか、定休日じゃなかったはずだが」


 普段なら、さほど気にせず通り過ぎてしまったかもしれない。だが、その時の俺はなんとなく放っておくことができず、愛車ハコスカをスローダウンさせて千石モータースの脇に停車したのだった。


「ちょっと、降りてみてみるか」

「はい!」


 俺はドアを開けて車外へ降りると、車の前をぐるっと助手席のほうまで歩いて回り、エルミヤさんの席のドアを開けてやった。

「あ、ありがとうございます」

 エルミヤさんはそう言いながら、席を立つ。


 なぜわざわざこんな面倒くさいやり方をするのかというと、もしそのまま二人ともが自分側のドアを開けて、同時に車外に出てしまうと、たちまち全長三・五メートルの「隷属の鎖」が出現して、俺の左腕と彼女の首をガッチリと繋ぎとめてしまうからである。

 この生活をするようになってから、こうしたことはすでに習慣ルーティンのようになっているが、正直俺は釈然としていない。これではまるで、お嬢様のお抱え運転手ショーファーではないか。


 そんな俺の気分が思わず顔に出てしまっていたのか、エルミヤさんは

「……あのぅ、これからは私が先に降りて、リュージさまのドアを開けるようにいたしましょうか?」

 と申し訳なさそうな顔をした。彼女もいちおう俺の「戦闘奴隷」として、主人の顔を立てているということだろうか。


「いや、別に気にしないでくれ」

 俺はエルミヤさんに、少しばかり口角を上げてそう言った。こんな姿を伍道あたりに見られたら、いったい何を言われるか、とも思うが。



「ここに『臨時休業』、とありますね。やはりお休みのようですけど」


 千石モータースのシャッターに貼られていた紙の文字を読んで、エルミヤさんは俺の方を振り向いた。


「そのようだな。珍しいこともあるもんだ」


 達吉たつきっつあんは、こと整備士の仕事に関しては超がつくほど生真面目な男だ。毎週日曜の定休日と盆暮れ正月以外に店を開けないことなど、俺が知る限り一度もなかったはずである。無論、彼の一人娘にして唯一の従業員であるチマキも同様だ。

 俺は試しに、シャッターに耳を当ててみた。中の音は聞こえてはこなかったが、たしかに人のいる気配が感じられる。


「どうも、イヤな予感がするな。……なあ、どうにかして向こう側の声を聞くことはできないか?」


「そうですね……少々お待ちください」


 エルミヤさんはそう言うと、頭にかぶっていた幅広の帽子を脱いで逆さにすると、おもむろにその中へと右手を突っ込んだ。


「えーっと、たぶんこのあたりに……あれ? どこだっけ?」


 そうつぶやきながら、彼女は帽子の中をまさぐっている。なんでも、エルミヤさんの魔女の帽子は別次元へとつながっており、さまざまな私物を自由自在に出し入れすることができるのだという。

 実際、俺はこの同居生活をするようになってから、彼女がここから怪しげな魔法の道具アイテムのほか、衣服や日用品、ポテチの袋などを取り出すところを見たことがある。デカくて派手な帽子だが、伊達だてにかぶっているわけではないらしい。


「あっ、ありました!」


 彼女が取り出したのは、U字型に曲げられた鉄製の管の両端に小さな部品が備わっていて、その管の真ん中あたりからさらにもう一本の長いゴム管が延びており、その先に漏斗ろうとのような部品がついているという、どこからどう見ても


聴診器ちょうしんきじゃねえか!」


「ショーチンキ? いいえ、これは『ヨォ・クキッコ・エール』という、とっても便利な魔法の道具アイテムです。まず、こっちの方を耳に入れまして……」

 そう言いながらエルミヤさんは、U字型の管の端っこの部品を俺の両耳に差し込んだ。


「で、こちらを壁の方に当てますと……」


「おおっ? マジでちゃんと声が聞こえるぞ!」


「魔法の力で、他人に聞かれたくないようなひそひそ声だけをピックアップして、はっきり聞こえるようにしてくれるんです。ね、便利でしょ?」


「さすがだな。ありがとよ、ミヤえもん」

「あ、こっち私にも聞かせてください!」


 U字管に付いた部品を仲良く半分ずつ耳に入れ、俺とエルミヤさんはシャッターの向こうの話し声に耳を澄ませた。




「――だから、何度も申し上げているじゃありませんか、千石さん。とにかく五千万! 今すぐ全額、耳をそろえて返済していただかないと、こちらも困りますよ」


「そない言われたかて……いきなりそんな大金、ウチに用意できるわけあらしまへんがな」


「そうや、だいたい借金したのはウチらやのうて、横縞よこしま印刷さんとちゃうん?」


 シャッターの奥から聞こえてきたのは、達吉たつきっつあんとチマキのほかに、一人の男の声。四十代くらいだろうか。言葉遣いは丁寧だが、いかにも慇懃無礼といった感じのいけ好かないタイプだ。


「そんなこと関係ないんですよ。ほら、この借用書にしっかり書いてあるでしょ? 『連・帯・保・証・人』! 当の横縞がんじまったんですから、こちらに肩代わりしてもらわないと」


「それにしても五千万円やなんて……。たしか、横縞さんが借りたのは五百万やろ? なんで十倍になってんねん!」


「ハァ……あのねぇ、お嬢さん。金利って言葉、ご存知でいらっしゃいます? 十年前に借りた金に、利子が積もり積もってこの額になったってこと。いやぁ、借金って怖いですよねえ~」


「そんなムチャクチャな話があるかいな! なぁお父ちゃん、ここは弁護士の先生センセに間に入ってもろて……」


 チマキのその言葉を聞くないなや、突如男の声が豹変した。


「おう、この逝鳴いきなり金融の逝鳴賭市といちをナメてもらっちゃ困るぜ! 法律がどうしたとかじゃねえ。キッチリ払うもんは払ってもらうからな! とりあえず、この整備工場をいただくとするか。こんなオンボロでも土地代込みで三、四千万は固いだろ。あとは、そこのネエちゃんのでっけえパイオツを使って、ガッツリ稼いでもらおうかな?」



 そこまで聞いた時点で、俺は頭の血管がすでに二、三本ブチギレているのを感じていた。


「なあ、エルミヤさん。このシャッター開けられるか?」

「はい、リュージさま。私の魔法におまかせください!」


 エルミヤさんは、丸メガネの位置をクイっと指で直しながらそう言った。彼女は短い呪文の詠唱に続けて、木の杖エル・モルトンを掲げながらこう叫んだ。


解錠魔法アンロック!」


 カチャリ、と小気味良い音がした。俺は腰を下ろしてシャッターに手をかけると、ジムのベンチプレスでも百キロは余裕の大胸筋と上腕三頭筋を使って、力任せに引き上げた。ガラガラガラッと大きな音を響かせながら、鉄製のシャッターが開いていく。


「なんだぁ? アンタ。『臨時休業』の張り紙が見えなかったのかい?」

「りゅ、竜司!」

「竜ちゃぁん!」


 逝鳴金融の逝鳴賭市と名乗った男と向かい合っていた達吉たつきっつあんとチマキは、あろうことか二人とも床に土下座していた。その姿が、俺の怒りにさらなる火をつけた。こうなっては、俺をもう誰も止められない。俺自身も含めて、だ。


「話は――」


 俺がそう言いかけた時、それを遮ってエルミヤさんの声が千石モータースの事務所内に響き渡った。


「話はまるっと聞かせていただきました! あなたの横暴は許せません!」




続く



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