「お、おい! アンタいったい、どっから入ってきた?」
俺は、いわゆる「お姫様抱っこ」のように抱えた状態で、その少女に声をかけた。どうやら気を失っているようで、目をつぶったまま返事がない。
あまりのことに一瞬呆然としてしまったが、よく考えると今の俺はそれどころではなかった。泥縄組の鉄砲玉軍団、総勢三十人に完全に周りを取り囲まれているのである。俺はその娘を抱きかかえたまま、とりあえずソファーの陰に舞い戻った。
ふと壁際に視線を落とすと、床に落下して壊れた神棚が転がっている。少なくとも、神棚がこの娘に変身したのではないことだけはわかって、俺はホッとした。
ペシペシ、と軽く頬を叩いてみたがまったく目を覚まさない。俺は、天窓から差し込む月明かりによって、はじめて少女の姿をまじまじと観察することができた。
見たところ、大人でも子どもでもない。ざっくり言って、高校生くらいだろうか。サラサラと手触りの良い
上品で端正な顔立ちから、はじめは欧米人の映画女優かなにかとさえ思ったが、何より俺の目を引いたのはその細長くとがった、奇妙な形の耳だった。
「なんだ、この耳。作りモンか……?」
そう言いながら、俺は彼女の耳を指でなぞった。かすかだが、ちゃんと体温を感じられる。信じがたいが、これは正真正銘「本物の耳」らしい。
彼女の服装も、さらに常軌を逸していた。鍔広のとんがり帽子に、漆黒のローブ。華奢な首回りには、ゴツい輪っかのようなアクセサリーがついた革製のチョーカーを装着している。そのうえ手には、古めかしい木製の杖を持っているのだった。
その全身を見た上で、この少女が何者か、と問われれば答えはひとつ。
そう、「魔女」だ。ハロウィーンで浮かれた若者たちがよく扮装している、おとぎ話に登場するあの魔女としか言いようがない。
「それにしても……」
あらためてよく見てみると、この少女はなかなかに魅力的なプロポーションをしている。ゆったりとしたローブの上からでも、丸々と熟した二つの果実の輪郭が想像でき、ほのかに甘い香りさえ漂ってくるようだ。そういえばこのところの俺は、アッチの方はすっかり「ご無沙汰」である。
暗殺者に包囲されているという極限状態にもかかわらず、俺は息を飲んで彼女の胸元に手を伸ばした。
「ん……うんん……」
指先がそのふくらみに触れるか触れないかのタイミングで、少女のその唇からかすかな声が漏れた。俺は反射的に、自分の腕を引っ込めた。と同時に、背後のドアが乱暴に開かれる音がした。
「おい、こっちだ! 軍馬竜司、ここにいたぜ。なあ、最初に
「ああ。……なんだコイツ、この期におよんで女とイチャついてやがる!」
俺はその声に振り向くと同時に、手にしていた長ドスを振るった。いつの間にか組長室に、二人のチンピラ風の男たちが侵入してきていたのだ。男たちは体をよじって切っ先をかわすと、手にしていた拳銃をこちらに向けた。
「
構えに入る一瞬のスキをついて、俺はチンピラの拳銃を手刀で叩き落とす。同時に、その男の手をひっつかむと、もう一人のチンピラめがけて一本背負いの要領で放り投げたのだ。
ちなみに、俺の身長は百九十センチオーバー。どう見ても百六十そこそこの貧弱なチンピラどもは、俺の渾身の投げ技をまともに食らって二人とも気を失った。
「馬鹿なガキどもだ。次からは、
気絶したチンピラのそばから拳銃を取り上げたが、正直俺にはうまく使いこなせる自信がまったくない。少々名残惜しいが、部屋の隅のゴミ箱に放り込んだ。
「あのぅ、ここは……」
ようやく目を覚ました少女は体を起こし、床に手をついたまま俺の方を見ていた。なんだ、ちゃんと
「おう、気がついたか」
「もしや、あなたが
「ん? ま、まあな」
その見た目からするに外人さんかとも思ったが、なんのことはない。流暢に会話ができていることに安心した俺の口元から、かすかな笑みがこぼれた。
どうやらこの娘は、俺がチンピラたちを倒すところを、おぼろげに見ていたらしい。気を失っていた彼女に、一瞬でも
「その人たちは……いったい?」
「俺の命を狙ってる悪漢どもだ。俺はちょっとした有名人でな。この街の秩序を乱す『ならず者集団』に正義の鉄槌を下してからこっち、奴らからとんでもない賞金を懸けられてるのさ」
……一応、ウソはついてない(と思う)。
「そうだったんですか! 平和を愛する、ご立派な方でいらっしゃいますのね。助けていただき、本当にありがとうございました!」
育ちがいいのか生まれつきなのか、やたらと上品な話し方をする娘だ。しかし、その口調に嫌味なところは感じられず、印象は悪くない。
「ところでアンタ、いったい
「私は……えっと……あの………………何でしたかしら?」
そう言ったまま、娘はうつむいて口ごもってしまった。だがぼやぼやしているうちに、すぐにも追加の鉄砲玉がやってくるのは明白だ。俺は軽く息を吐くと、着ていたシャツをその場に脱ぎ捨てた。
本来なら、一枚でも多く着ていたほうが防御的に有利なことはわかっている。だが任侠道を生きる俺にとっては、これは戦いの前に自分を鼓舞するための、いわば
「さて、と。
俺はいずれこの部屋に近づいてくる男たちを迎え撃つべく、床に転がっていた長ドスを拾い上げてから、少女に背を向けて仁王立ちになった。
「アンタ、死にたくなけりゃ、そっちの陰に隠れてな」
だが彼女は俺の言葉には答えず、激しく動揺した様子で、なんとも不可解な単語をつぶやいた。
「そ、その『
「ああ?」
「もしや、あなたは……『伝説の勇者さま』?」
続く