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魔女✕極道
猫とトランジスタ
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年11月10日
公開日
69,028文字
連載中
俺の名は軍馬竜司。三十三歳、バツイチ独身。

泣く子も黙る針棒組の若頭で、長ドスを振るえば右に出る者のいない、ゴリゴリの武闘派だ。人呼んで、「剛剣無敗の昇り竜」。

とある深夜、組事務所にたった一人で留守番していると、新興の暴力団・泥縄組の連中が大挙してカチコミを仕掛けてきやがった。もちろん、狙いはこの俺だ。
銃を持った奴らに取り囲まれ、絶体絶命となったまさにその時、俺の目の前に何処からともなく落っこちてきたのは、なんとも奇妙な恰好をした若い女の子だった。

金髪碧眼丸メガネに、おかしな形の長い耳。おまけに鍔広のとんがり帽子と黒いローブを身にまとったその娘は、よりにもよって自分は「異世界から来た、由緒正しいエルフ(?)の魔法使い」だなんてぬかしやがる(まあ、とびっきりの美少女だってことは認めなくもないが)。
だが、俺がこの修羅場を切り抜けることができたのは、まぎれもなくこの娘の「魔法」の力のおかげだった……。

それからというもの、なぜか俺はこのエルミヤとかいうイカれた魔女に、四六時中つきまとわれることになる。俺のハードボイルドな任侠生活は、いったいどうなっちまうんだよ?

「ご安心ください、リュージさま! これからは私が、魔法でお守りいたしますわ!」

いや、ヤクザに魔法はいらねえよ!


第一話 ギリギリ修羅場に魔女エルフ(一)

 いきなりで申し訳ないが、俺は今、修羅場シュラバにいる。


 修羅場といっても、真っ最中の浮気現場ベッドルームに古女房が踏み込んできたとか、締め切りが明日にもかかわらず一ページも原稿が進んでいなくて冷や汗だくだくの漫画家だとか、そういう意味ではない。

 下手をすると、まさに今日俺の人生が終了するかもしれないという、文字通りの修羅場のことだ。


 現在、夜の午前三時すぎ。ここは、俺の所属する針棒組はりぼうぐみの事務所の中だ。


 針棒組は、江戸時代の昔から続くとされている、泣く子も黙る任侠集団である。とはいうものの、現実問題としてヤクザがヤクザの看板を掲げて大手を振ってやっていけるほど甘いご時世ではない。

 今やすっかり健全化されてしまっており、大半の組員は普通の会社員サラリーマンとほとんど区別がつかない。実際、ウチの対外的な名称は「株式会社針棒組」であり、おもな業務内容は土木建設関係だ。


 しかしながら極道組織であることに間違いはないため、それなりに非合法なことも、やるべき時はそれなりにやる。もちろん俺を含めて全員が、である。



 で、目下のところ針棒組の面々は、年に一度の一泊二日の温泉慰安旅行に、組長オヤジ以下組員全員が参加している。


 俺はあいにく、他人の運転する乗り物というものを一切受け付けない性分たちで、観光バスなどに乗り込んだ日には、車酔いによる吐き気どころではすまない大惨事を引き起こしてしまう。


 そのため毎年恒例のことだが、任侠集団針棒組の若頭カシラにして、株式会社針棒組の営業部長でもあるこの俺は、たった一人で事務所に泊まり込みで残業、ついでにお留守番というわけだ。

 もっとも、自前で車を転がすなどすればついていけないこともないが、べつにそこまでして田舎の露天風呂に浸かりたいとも思わない。


 日頃からたまりにたまった残務処理をようやく終え、組長室のソファーに横になって毛布をかぶり、寝入りばなでうつらうつらとなったその時、俺はこの事務所が襲撃カチコミを受けていることに気がついた。



プシュッ

パリィン!



 かすれた銃声に続いて、事務所の窓ガラスが割れる音が鳴り響く。おそらく、減音器サプレッサー付きの拳銃を装備しているのだろう。深夜とはいえ街中のオフィスビルを襲うのだから、まあ当然のことだ。


 襲撃カチコミしてきた奴らについても、おおよそ目星はついている。おそらく、俺たち針棒組と縄張シマ争いをしている新興の暴力団、泥縄組どろなわぐみだ。


 組長オヤジが古いタイプの極道である針棒組にとって、拳銃チャカ麻薬ヤクはご法度である。だが、泥縄組は収入シノギのためならばほぼなんでもアリの経営方針をとっていた(ある意味、あっちの方が真っ当なヤクザともいえる)。


 このところ、奴ら泥縄組の息のかかった覚醒剤の売人バイニンたちが、あろうことか針棒組の縄張シマで派手に商売をしていることが判明し、売人たち十数人がまとめてボコボコに叩きのめされた。


 縄張シマから完全に手を引くと約束さえすればせいぜい半殺しくらいで済んだのかもしれないが、予想外に反抗的な態度をとってきたため、うっかり四分の三殺しとなってしまった。


 だが、それも仕方がない。「売られたケンカは百パーセント買う」が信条モットー



 それが、軍馬ぐんば竜司りゅうじ。俺の名だ。




 そんなわけで、泥縄組は報復のために、俺が単独でこの事務所にいる夜を狙って鉄砲玉ヒットマンを送り込んできたということである(俺が慰安旅行に行かずに留守番していることも、わざわざ調べたのだろう。ご苦労なこった)。


 それも、一人や二人ではない。このビルを取り巻いているのは、気配からするに二、三十人は下らない大軍である。つまり、奴らは本気だ。



「おいコラァー! 出てこいヤァ、軍馬竜司ィッ! ぶっ殺すぞ!」


 対するこちらは、組の方針によりピストル一丁すら持ち合わせていない。武器といえば、この切った張ったの殺伐とした業界で、針棒組きっての武闘派として小指一本失うことなく、三十三歳になるまで生き抜いてこられた度胸と経験。加えて、鋼のごとく鍛え上げた己の肉体と、手にした二尺五寸の長ドスのみだ。



プシュッ プシュッ プシュプシュッ

パリン! パリン! パリィィィン!



 泥縄組の連中は、さらなる威嚇射撃をぶつけてきた。いくつもの窓ガラスが割れて、部屋の中に銃弾が飛び込んでくる。暗い室内を切り裂くように、鋭い火花が上がった。


 ソファーの陰に身を隠していた俺は、長ドスの鞘からゆっくりと刀身を抜いた。これ一本で鉄砲玉を何人倒せるかなど知ったことではないが、何もせずにハチの巣にされるのだけは真っ平御免だ。


(とっとと入ってきやがれ。片っ端からぶった斬ってやるぜ……)



 その時である。組長室の壁に掛けられていた神棚に、天窓から入ってきた跳弾が直撃し、そのままグラリと傾いたのだ。俺は反射的に飛び出し、落ちてくる神棚を受け止めようとした。


 後になって思えば、どうしてそんなことをしようとしたのかはよく覚えていない。俺は特段に信心深いわけではないし、神や仏の存在も正直信じないタイプだ。


ドサッッ!


 両手を挙げ、間一髪で壁際に滑り込んだ俺が掴んだのは―― いや、抱きしめたものは、神棚ではなかった。



「……な、なんだこりゃ?」


 信じられないことに、それは、一人の少女だった。




続く



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