いきなりで申し訳ないが、俺は今、
修羅場といっても、真っ最中の
下手をすると、まさに今日俺の人生が終了するかもしれないという、文字通りの修羅場のことだ。
現在、夜の午前三時すぎ。ここは、俺の所属する
針棒組は、江戸時代の昔から続くとされている、泣く子も黙る任侠集団である。とはいうものの、現実問題としてヤクザがヤクザの看板を掲げて大手を振ってやっていけるほど甘いご時世ではない。
今やすっかり健全化されてしまっており、大半の組員は普通の
しかしながら極道組織であることに間違いはないため、それなりに非合法なことも、やるべき時はそれなりにやる。もちろん俺を含めて全員が、である。
で、目下のところ針棒組の面々は、年に一度の一泊二日の温泉慰安旅行に、
俺はあいにく、他人の運転する乗り物というものを一切受け付けない
そのため毎年恒例のことだが、任侠集団針棒組の
もっとも、自前で車を転がすなどすればついていけないこともないが、べつにそこまでして田舎の露天風呂に浸かりたいとも思わない。
日頃からたまりにたまった残務処理をようやく終え、組長室のソファーに横になって毛布をかぶり、寝入りばなでうつらうつらとなったその時、俺はこの事務所が
プシュッ
パリィン!
かすれた銃声に続いて、事務所の窓ガラスが割れる音が鳴り響く。おそらく、
このところ、奴ら泥縄組の息のかかった覚醒剤の
だが、それも仕方がない。「売られたケンカは百パーセント買う」が
それが、
そんなわけで、泥縄組は報復のために、俺が単独でこの事務所にいる夜を狙って
それも、一人や二人ではない。このビルを取り巻いているのは、気配からするに二、三十人は下らない大軍である。つまり、奴らは本気だ。
「おいコラァー! 出てこいヤァ、軍馬竜司ィッ! ぶっ殺すぞ!」
対するこちらは、組の方針によりピストル一丁すら持ち合わせていない。武器といえば、この切った張ったの殺伐とした業界で、針棒組きっての武闘派として小指一本失うことなく、三十三歳になるまで生き抜いてこられた度胸と経験。加えて、鋼のごとく鍛え上げた己の肉体と、手にした二尺五寸の長ドスのみだ。
プシュッ プシュッ プシュプシュッ
パリン! パリン! パリィィィン!
泥縄組の連中は、さらなる威嚇射撃をぶつけてきた。いくつもの窓ガラスが割れて、部屋の中に銃弾が飛び込んでくる。暗い室内を切り裂くように、鋭い火花が上がった。
ソファーの陰に身を隠していた俺は、長ドスの鞘からゆっくりと刀身を抜いた。これ一本で鉄砲玉を何人倒せるかなど知ったことではないが、何もせずにハチの巣にされるのだけは真っ平御免だ。
(とっとと入ってきやがれ。片っ端からぶった斬ってやるぜ……)
その時である。組長室の壁に掛けられていた神棚に、天窓から入ってきた跳弾が直撃し、そのままグラリと傾いたのだ。俺は反射的に飛び出し、落ちてくる神棚を受け止めようとした。
後になって思えば、どうしてそんなことをしようとしたのかはよく覚えていない。俺は特段に信心深いわけではないし、神や仏の存在も正直信じないタイプだ。
ドサッッ!
両手を挙げ、間一髪で壁際に滑り込んだ俺が掴んだのは―― いや、抱きしめたものは、神棚ではなかった。
「……な、なんだこりゃ?」
信じられないことに、それは、一人の少女だった。
続く