「取り逃がしたのか、ヘルメス」
部屋の奥から、唸るような声が響く。魔術協会理事長にして秘匿協会第三位階、ヘルメス・アイレスフォードは詰られていた。シャンデリアで照らされた大広間の奥は、光を吸い込んでいるかのように薄暗い。奥に鎮座する者の姿は見えなかった。
「申し訳ありません。存外に逃げ足が速く」
「お前が天離の非嫡男相手に、後れを取るとはな。奴の脅威を過小評価していたのではないか?」
「返す言葉もありません」
「だがこれは我々にも言えることだ。【公開同盟】とやらには引き続き警戒するようにしなくてはな。で?」
【奥の者】が問いかけると、途端に濃い魔力が場を支配する。
「天離の現当主。何か申し開きはあるか?」
恭二の父、天離塞門(さいもん)は、顔を青くして縮こまっていた。
「申し開きのしようもありません。現在一族総出でバカ息子を探しております」
「バカ息子……息子か。あれをまだ一族の一員と認めるのか?」
「それはっ……」
「早々に親子の縁を切れ。さもなくば秘匿協会でのお前の地位はない。以上だ。分かったな?」
【奥の者】が身を乗り出す。
もはや建物と言えるほど巨大な玉座に腰かけた、牛の悪魔だった。そして、背中には漆黒の翼まで生えている。秘匿協会の頂点に君臨するのは、この世ならざる人外だった。
「承知……いたしました」
塞門は、冷や汗を滴しながらもどうにか答えた。