「ジスは何か知ってるの?」
「あ、いえ……なんのことだか」
うん、ここは知らないフリしよう。
「あら?なんだか怪しいわね」
勘の鋭いエイダがにやりと笑いながら僕を見ている。……これはバレるのも時間の問題だ。
その時、少し離れた場所に座っていた数人の生徒がこちらを見て何やら囁きあっているのに気が付いた。声は抑えていたけれど、入学式でのジスの悪行について噂しあっているようだ。
「……失礼ね。言いたいことがあるなら面と向かって言えばいいのに。そうすればジスはそんな子じゃないって説明してあげるわ」
その会話が聞こえたエイダは沸々と怒りを湧き立たせている。
「本当に早く誤解を解かないとジスが学園に居づらくなってしまうわね」
エルモアは心配してくれるが、逆に誤解を解くわけにはいかない。これは早々に説明が必要だと感じた僕は小さい声で二人に打ち明けた。
「あの……実は私、このまま意地悪な子でいようと思ってて……」
「え?!」
「それなんのメリットがあるのかしら?」
「それはその……」
「……なにか事情があるのね?」
二人は真面目な声でそう言った。
「……そ、そんなんじゃないわ。元々私はわがままなの。人をいじめるのも好きだしみんなと仲良くなんてしたくないから自由に振る舞うことにしたの。だからあなた達とも仲良くする気はないの!ふふん!」
二人の顔を見ないように僕は早口で捲し立てる。
ああこれでこの二人との友情も終わってしまうのだ。夢にまで見た学園生活なのにこのままひとりぼっちで……。なんか涙出そう。
「分かった。じゃあ私も勝手にやらせてもらうわ。ね?エルモア」
「そうね」
「…………分かってるわ」
ごめんなさい。二人とも。
一日だけだったけどすごく楽しかった。生まれて初めて出来た友達のこと一生忘れません。ありがとう。
僕は心の中で二人に最大級のお礼を伝える。
「じゃあ私たちはこれからもジスの側にいるってことでいいわね?」
「……はい。……え?なんて?」
「だから、あなたが悪い子でいたいって言うなら私たちはそれを尊重するって言ってるの。ただしやり過ぎだと思ったら注意はするわよ?」
「それは……ええ、お願いするわ。……でも……」
僕はチラリと先ほど噂をしていた子達を見た。
「何を言われたって平気よ。私たちはジスが好きなんだもの」
「エイダ……」
「それに涙目でそんなこと言われたら余計に離れがたくなっちゃうに決まってるでしょ」
涙目?あ、ほんとだ。どうりで視界がぼやけると思った。
僕の中での二人の存在は考えていたより大きくなっていたらしい。
「……ありがとう。でも」
「でもはなしよ」
エルモアまで……。
「私たちは今までもこれからも何も変わらない。それでいいわね?」
「……ええ、ありがとう」
嬉しい。
テレビでしか見たことがなかったけど、友達ってこんなに心強いものなんだ。
もう周りの声なんて気にならない。僕はアメジストが決めた通りチャーリー王子を傷付けないようにちゃんと嫌われてから別れる。
他にもっといい方法があるかもしれない。でもこの選択はアメジストの思いだ。
だからその決意を尊重したい。
僕は深呼吸して背筋を伸ばし、まっすぐに前を向いた。
しばらくすると教室に老齢の男性が姿を現した。彼は長いローブを纏い穏やかな声で自己紹介を始めた。
どうやら彼がこれから一年間みんなに魔法学を教えてくれるウォレス先生らしい。
「今からテキストと問題集を配ります」
そう言って指を鳴らすと沢山の鳥が現れる。そしてその背中にテキストを乗せて全員の机まで飛んで来た。
「可愛い!!」
目の前で鳥を見るのは始めてだ。
真っ白な喉元をそっと撫でると、くるるっと嬉しそうに鳴く。
うわあ柔らかい!それになんて暖かいんだろう。もし入院してた時にこんな子が側にいてくれてたらどれほど慰められただろうか。僕は無機質で寒い病室を思い出して微かに震えた。
「……ジス」
「え?なに?エイダ」
「何じゃないわよ。鳥を先生にお返しなさいな」
「えっ……」
気付くとクラスメイトの視線が一斉に僕に集まっていた。手の中にはいつの間にか気持ち良さげに眠ってしまってる鳥がいる。
「あっ!す、すみません!」
けれど起こすのも忍びない。仕方なく僕はそっと立ち上がり、眠ってる鳥を両手に抱えたまま先生の側まで行った。
「ほほう、随分と懐いたものだね」
先生はそう言って皺だらけの顔を綻ばせ、手の中の鳥にそっと触れる。するとあっという間に何にもなくなってしまった。
「あ……」
「そんな残念そうな顔をするものじゃないよ。会いたければいつでも出してあげよう」
「はいっ!」
さっき感じた喪失感を見抜いたかのようにそう言って微笑む先生。なんて優しいひと!大好き!
「ご苦労様。さあ席に戻って」
「はい!」
……あ、また周りからコソコソ何か言われている。おおかた授業の邪魔をした僕の悪口だろう。
けれどもう気にしない。
僕は悪役令嬢として立派に役目を果たす。
いつか楽しそうに過ごす僕を見て、ジスが目を覚ましてくれることを信じて。