「誰が婚約者だって?」
耳のすぐ側でアルフレッドの声がした。
「アルフレッド様!何をなさってるの?!わたくしのお父様との約束をお忘れですか?!」
金髪の女の子が金切り声を上げる。
「約束?ああ、一昨年お前の家の領地で魔物が出た時の話か?」
「覚えてらっしゃるならいいんですけど……。それにしてもあなた!アルフレッド様からすぐ離れなさい!この方は貴方が近づいていい方じゃないのよ!」
……離れろと言われても……。
いつのまにか僕はアルフレッドに抱っこされていた。抱っこと言ってもお姫様みたいな奴じゃなくてアルフレッドの腕の上に座ってるみたいな?そうあれ!よく子供がお父さんにしてもらう奴!
景色がすごく高くなったので今まで見えなかった壁の飾りまでよく見える。
あっ?あの隅っこ鳥の形に彫り込んである!?
すごく細かい模様で手が込んでるのでこれは一見の価値ありだ。その隣は……
「聞いてるの?!」
「あ、はい。ごめ……」
そう言いかけた時、アルフレッドが漆黒の瞳で僕を見上げた。
あっ、これが上目遣い?確かにあざとい!しかもこんな大きな人が可愛く見えちゃう。すごいな上目遣い!
「……悪役令嬢だろ。一発かましてやれ」
アルフレッドは僕にだけ聞こえるような声でぽそりと囁く。僕はハッと我に返った。
そうだった!今日から悪役令嬢になるんだった!
僕はアルフレッドの首に腕を回して髪に頬を寄せる。そして意地悪そうに笑った。
「婚約者ですって?貴女が?冗談でしょ」
よく意地悪をされた看護師の言葉遣いを思い出し精一杯真似てみる。
すると女の子はビクリと身を竦ませた。
「何か勘違いしてるようだが魔物から助けてやったのにお礼にうちの娘を嫁になんて迷惑なことを勝手に言い出したのはお前の親父だ。俺はその場で断ったからな」
「なっ、そんなはずは……」
途端に周りからヒソヒソと囁き合う声が聞こえる。どうもこの人は周りにもアルフレッドが婚約者だといいふらしていたみたいだ。
「コホン。それについては後でお話ししましょう。それより早くその女から離れてください。一体なんですの?アルフレッド様に馴れ馴れしすぎますわ」
「こいつか?こいつは俺の弟子だ」
「……どこの世界に弟子を抱き上げて可愛がる師匠がいますか!」
……それがいるんだよね。ここに。可愛がってもらってるわけじゃない。荷物くらいに思われてるだけなんだけどね。
でも早く下ろして欲しい。人の目がザクザクと突き刺さって心に痛いから。
「アルフレッド、そろそろ降ろして欲しいです」
小声で囁いたら無視された。
聞こえなかった?もう一回言う?
「ちょっと?!貴方今アルフレッド様を呼び捨てにした?!この恥知らず!大魔法士様を呼び捨てにするなんて!婚約者の私でも名前呼びしか許されてないのに!」
「許した覚えはないけどな」
「ぐうっ!!」
「あの……大魔法士さま……」
「お前はいいんだアルフレッドと呼べ。なんと言っても弟子だからな」
「は、はい」
弟子って破格の待遇なんだな。知らなかった。
「アルフレッド様……逃げようたって遅いですわよ。私が卒業したら結婚式を挙げられるように新しい神殿を建ててますの。結婚するしかないですわよね」
「……どこに建ててるんだ?」
「え?王都の中心地ですけども?」
「破壊しておく」
「「「やめてください!」」」
静かに見守っていたカスパールも加わり、三人の声が綺麗に揃った。
「まあヒカリが言うなら今回は我慢してやってもいいが」
「そうですね我慢してください。大人なんだから。それから本当にそろそろ下ろしてください」
「ちっ」
舌打ちと共に渋々地面に降ろされたが、何が気に入らないのか。
まあ可愛いアメジストは羽根のように軽いし、柔らかくて癒されるから抱っこしてたいのは分かるけどさ。
「アル……ぐうっ!!」
あるぐうっ?
何事かと女の子を見ると口を押さえてなにやら苦しんでいた。
え?どうしたの?大丈夫?