毎日があっという間に過ぎて明日はいよいよ学園に戻る日だ。
戻ると言っても僕自身は初めてなのでちゃんとやっていけるのかとドキドキしている。
「ジス様大丈夫ですよ。入学式の時は慣らしで寮に一泊されただけですし中の様子が分からなくても誰も不思議に思いません」
ハンナがそう優しく宥めてくれるが、やはり不安なものは不安だ。
「ハンナさんの言う通りですよ、アメジスト様。ほら肉をもっとお食べなさい」
約束通り大きな肉の塊を持ってきてくれたキティさんは丸ごと焼いたそれを綺麗に切って僕のお皿に取り分けてくれた。
「うわああ美味しい!」
脂と赤みのバランスが絶妙で、やはりクマさんの見立てた肉は違うと心の中で感心する。
「……ジス様、口の端にソースが」
ハンナがそっと耳打ちしてくれた。
「あっ、ごめんなさい」
「……謝らなくても良いのですよ」
「……はい」
そうだった。僕は公爵令嬢アメジストだ。淑女らしく上品にしなければいけない。口の端にソースなどもってのほかだが使用人に簡単に謝ったりしてはいけない。
……難しいな……。
謝らないなんて出来るかな。
僕は明日からの生活を思って気持ちを引き締めた。
翌朝、緊張の余り早起きし過ぎた僕は、早くから制服を身に纏いソワソワと時間が来るのを待っていた。
朝食を軽く済ませてお茶を飲んでいると迎えの馬車が来たとメイドが僕を呼びに来る。
「ヒカリ様何かあったら必ず連絡をくださいね」
「食べ過ぎないでください。クッキーは一度に三枚までですよ」
「寂しくなったら教師に頼んでハト便を飛ばしてください!」
「お肉はよく噛んでくださいね!」
……幼稚園に初登園する子供かな?
沢山の人に励まされて?僕は馬車に乗る。
ここから先は光里のことを知ってる人はいない。アメジストとして生活をしなきゃならないんだ。
「みんなさよなら」
「さよならじゃないです!行ってきますでしょ?長期休みは必ずお帰りください!」
ハンナが大声でそう言う。
……嬉しい。僕には帰ってくる場所があるんだ。
「はい!みんな!いってきます!」
僕は精一杯の笑顔で手を振った。
国立魔法学校に着いたのは公爵邸を出て丸一日経った頃だった。
深い森の奥に位置するその建物は、終わりが見えないくらい広くて大きい。そして高い塀が建物全体を守っていて中世のお城のような形をしていた。
僕はここまで馬車を走らせてくれた御者と握手をして別れ、大きな荷物を持って学校の門をくぐる。
「アメジスト様、お帰りなさいませ」
ずらっと並んでいた執事みたいな服を着た人たちが数人駆け寄って来て、僕の荷物を持ってくれる。
そして部屋の前まで運んでくれた。
部屋の場所知らなかったから助かる~。
今、僕の頭の中にはアメジストの記憶は一切ない。
入学式でどんな説明があったのかも知らないし、これからどこでどうするかなんてのもまるで分からない状態なのだ。
僕は部屋の前に立ち、周りを見渡した。
長ーい廊下に面して等間隔のドアが沢山ある。隣のドアとすごく近いので部屋はずいぶん狭そうだ。
「まあ狭い方が落ち着くけどね」
執事みたいな人が渡してくれた部屋の鍵を握る。すごく豪華な飾りがついてずっしりと重いそれを鍵穴にさしてそっとドアを開けた。
「えっ……えっ……??」
目の前に広がる大広間。
そこに所狭しと家具が並んでいた。
ベッドは天蓋付きだし、ウォークインクローゼットはどれだけ沢山ドレスを入れても大丈夫そうなくらい大きい。前世で入院していた病室はたしかこのクローゼットより狭かった。
壁にあるドアを開けるとその向こうは清潔な白で統一されたバスルームとトイレ。
ドアの外からは信じられないくらい広くて立派な部屋に僕はぽかんと口を開けたまま周囲を見渡した。
「なんで?魔法みたい!……あ!」
そうだここは魔法学校だ。きっとこれも魔法なんだろう。
「アメジストが魔法を使う場面なんて出て来なかったけど……」
でもこの学校にいるからにはなんらかの魔法は使えるに違いない。
「うわ!すごく楽しみ!」
箒に乗って空を飛べたりするのかな?食べたいものをすぐ出したり?……その魔法は一番に覚えないといけない。ちょっと嬉しくなって人差し指を「えいっ」と回してみる。…………何も起きないな。
そりゃそうか。これからいっぱい勉強して覚えよう。
僕は明日から着る制服をハンガーにかけて机の上に置かれている教科書を整理した。
そして夕食の時間になったのでさっきの執事に言われた通り食堂へと向かった。
意気揚々と出てきたものの、僕は食堂の場所を知らない。
どうしたもんかと思案していると、僕を見ている女の子が目に入った。
黒髪に黒い目のおとなしそうな人。
アメジストの友達かな?
僕はその人に近づいて「ごきげんよう」と挨拶をした。
「ひっ」
「ひ?」
それなのにその人は怖いものを見たかのように顔を引きつらせて逃げ出してしまった。
……なんで?挨拶間違えた?