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第7話 いつの日か

ヘンリー先生が約束通り持って来てくれたお菓子は確かに僕が一度も見たことがない物だった。

それはフルーツゼリーと言う名前らしいけど僕がテレビで見たスプーンで食べるものではなく、薄茶色の油紙に包まれていて飴のような形をしている。


「包み紙を開いてごらん?」


ヘンリー先生に言われた通りカサカサと包みを開けると、四角くて青い半透明のキラキラした物が顔を出す。


「すごーい!!宝石みたい!!」


「食べるともっと驚くよ」


勿体無いけど僕はそれをそっと指先で摘んで口の中に入れた。


「ーーーーー!!!!」


なんだこれ!

甘くて酸っぱくて美味しい!


「気に入ってもらえて良かったよ」


「ぐにゅってしてて固いのに柔らかいです!先生もどうぞ!あ、ハンナたちにもあげていいですか?」


「ヒカリの物なんだから好きにしたらいい。でもみんなにあげたらすぐなくなるよ?」


「いいんです。多分みんなも食べたことないでしょ?これから先この味を思い出した時に一緒に『あれ美味しかったよねー』って言いたいからみんなで食べたいです」


「……そうか。みんなで食べるには数が少ないから今度もっと沢山持ってくるよ」


「ありがとうございます!」


もう一度このお菓子を食べられるという事もだが、この美味しさを共感してもらえる人が増えることが嬉しくて僕は残りのかけらを大事に口に入れた。



健康診断も問題なく終わったので先生に挨拶してから次は邸内を散策する。

もうすぐ学園の寮に入るのにまだこの屋敷内の全ての場所に足を運べていない。それどころか迷わず行きたい場所にさえ辿り着けないのだ。


「まあ方向感覚というのは人それぞれですからね」


案内をしてくれる使用人のアスが言う。


「……面倒かけてごめんなさい」


「とんでもない!ヒカリ様とお話できてラッキーです」


「ラッキー?」


「だって知らない世界の知らない話を聞けるじゃないですか」


そう笑うアスも僕のことを知っている合計十回もの回帰人だ。侍女やメイドなど近くにいる使用人のほとんどが女性である中、男性で年も近いアスは気さくで話しやすい。


「うーん。でも僕ずっと入院してたからあんまり知らないよ?」


僕の知識に自分が体験した事なんてゼロに等しい。ほとんどがテレビからの情報なんだから。


「だって俺たちはこの世界しか知らないから。ヒカリ様の前に来たユミって女の子はここがゲーム?で誰かが作った世界だって言いました。だから俺たちに自由はなくて決められた通りに動くだけだと。そうなんですか?」


アスは真剣な目で僕を見た。


確かに転生者にとってここはゲームの世界かもしれない。でも実際に生きている彼らを見た僕はそんな風には思えなくなっていた。


「僕の知る限り何回も回帰して誰かを助けるなんて話はなかったよ。みんなのアメジストを助けたいって気持ちが通じたから何回もやり直し出来てるんでしょ?そう思ったら決められた通りになんて動いてないよね」


「なるほど確かに。……ところでゲームってなんですか」


「うーん。小説を人形劇にした感じ?違うのは結末を自分で選べるってこと。上手くいえないけど」


「選べる?」


「自分が主人公だとして目の前に困ってる人がいたら助けますか?助けませんか?って選んで自分のお話を作っていくの」


「凄いです!じゃあその主人公はアメジスト様なんですね!そしてアメジスト様に罪を被せた人を探して俺たちがあのお方を助けるお話だったんだ!」


「それは……」


……言えない。物語としては君たちの見た未来の方が正解だなんて。アメジストはヒロインじゃない。ヒロインがヒーローと仲良くなるために殺されてしまう脇役なんだ。


嬉しそうに礼を言うアスに僕は泣きそうになった。




「アメジスト様!」


遠くでハンナの声がした。


「じゃあ散策はここまでですね。学園のお休みの時は帰って来てくださいね。そしてまた色々なお話聞かせてください!」


「うん、約束する」


僕はアスと指切りをした。




「楽しかったですか?」


「うん、とても楽しかったよ。僕はここに来られて良かった」


「それはようございました」


ハンナが嬉しそうに笑ってくれる。だから僕もぎこちなさを見せないように精一杯笑った。


……諦めたくない。

ここで必死にアメジストの事だけを考えて生きているみんなのためにも。

小さな変化を積み重ねていけば別の方法でもアメジストが幸せになれる未来が来るかもしれないんだ。


それだけを希望に僕は明日からも頑張るよ。






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