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第4話 これでいいんだよね?

当時を思い出したのか、周りから啜り泣きの声が聞こえだした。

僕ももらい泣きしそう……、


「ご当主様ご夫妻がお亡くなりになったことで問題になったことがもう一つありました」


ハンナは大きく一つ息を吐いて言葉を続けた。


「アメジスト様ご本人もご自分が男の子だと知らなかったことです」


「え?そうなの?」


「はい。ずっとお嬢様としてお育ちでしたから。他人の肌を見る機会もございませんし」


……確かに


「本来であれば入学前に養子を迎えてアメジスト様にすべてご説明をするはずでした。そして男の子として学園に入学する予定だったのです」


両親の事故だけでも相当混乱しただろうに。

その時のアメジストの苦悩を思った僕はまた泣きそうになる。


「ハンナが本当のことをジスに話したんですか?」


「はい、しかもそのままお嬢様のふりをしていただきたいとお伝えせねばなりませんでした」


「ああ……」


切ない……。


「アメジスト様はとても優しいお方です。優しすぎて耐えられなかったのです」


「……耐えられなかった?」


どういうこと?


「ヒカリ様は『どうして僕がアメジスト様ではないと分かったのか』と聞かれましたよね?」


「ああ、うん」


「私たちは慣れてるんです」


「慣れてる?」


「アメジスト様は第七王子に婚約破棄され聖女見習いのベル様に毒を盛った罪で断罪されました」


知ってる。

ゲームで見たけど本当につらかった。

……え?待って?

……どうして今の時点でハンナ達がそれを知ってるの?


「けれどアメジスト様が断罪された瞬間、私どもはお嬢様と一緒に三年前に戻っていたのです。前ご当主様ご夫妻が亡くなって三ヶ月ほどが経った、今この時期に」


「え……ええっ?!」


待って待って待って?

そんなことある?!?!

全員って二十人以上はいるよ?!

そんな大所帯での死に戻り聞いたことないんだけど?!


「驚きましたが、皆が手を取り合って喜びました。今度は何としてもジス様をお助けしようと皆で力を合わせて断罪を回避しようとしたんです」


「……う、うん、それで?」


「ダメでした。結局は同じ最期なんです。そして五回目でお嬢様は心を病んでしまわれたんです」


え?五回って言った?


「戻ってきた翌日に命を断とうと池に飛び込んでしまわれました」


「そんな!」


「急いで助け出し、お嬢様は一命を取り留められましたけど目が覚めた時には中身は違う方で……」


そう言うとハンナは僕の顔をじっと見た。


「まさか……?」


「はい」


「ここに来たのは僕が初めてじゃないってこと?」


「……私どもはこれが十回目のやり直しです」


「……」


少なくとも今までに四人が転生してきたってことか?!


「ですのでみんな異世界から来られた方に慣れております。ヒカリ様もご安心ください。ね?ビエネッタ」


そう呼ばれたハンナと歳の変わらない侍女が頷く。


「そうなんです。ですからどうかご安心を。それにしてももうそんな時期なんですね……」


二人がニコッと笑った。


そんな季節の風物詩みたいな言い方しないで!?


「それでその四人は?」


「…………」


途端に黙り込む二人。

断罪されて死んだってことか……


「でも……っ!ヒカリ様はアメジスト様を助けられると思います!」


後ろで静かに聞いていた若い侍女が突然力強くそう言った。


「どうして?」


「だって女性ばかりだった今までと違って男性がここに来たのは初めてですから!それにとても可愛らしい方なので!」


「……ありがとう?」


いや待って?今僕はアメジストの姿なんだから可愛らしくて当然だ。



「今度こそ私たちがお守りします。ヒカリ様どうか私たちを、そしてアメジスト様を救っていただけませんか」


全員が潤んだ目で手を合わせ僕を見ている。

そもそもこのタイミングで僕に断ると言う選択肢は用意されていない。


ゲームならここでオープニングが、アニメならエンディングテーマが流れて一話目が終了となるんだろう。


若干の不安の中、僕は「……よろしくお願いします」と引き攣った笑顔を見せた。


ワッと上がる歓声、喜び合う人たち。

……良かったんだよね?これで。










翌日からアメジストとして生きていくために礼儀作法や食事のマナー、ダンスや刺繍まで徹底的に叩き込まれた。

以前の僕ならすぐ疲れて死んだように眠っていただろうけどアメジストの体は意外に体力があるようだ。


「時間がありません。半月後には国立魔法学園に戻らなければならないのです」


聞けば今は入学式だけ済ませた入寮準備期間のお休みらしい。一ヶ月ほどあるその休みの間に支度を整えて寮生活に入るのだ。……アメジストは両親を亡くした絶望の中、一人で入学式に臨んだという。それはどれだけつらい事だっただろうか……。



ヒロインが召喚されて学園に転入してくるのは確か二年の時だったと思う。

丸々一年は準備期間がある。


「僕がんばるよ」


「ありがとうございます。私たちに出来ることがあれば何でもいたします」


ハンナが手にクッキーを持ってお辞儀した。


断罪劇は卒業式の時だった。それまでになんとか…………クッキー美味しそう。

見たことないジャムみたいなものが上に乗ったクッキー。さっき朝ごはんを食べたばかりなのにお腹がぐるると鳴る。


「もう五ページ分書き取りを終わらせたらお召し上がりいただけます」


「分かった!」


まるで人参をぶら下げられた馬のように僕はペンを動かした。





クッキーを食べ、その流れで昼ごはんも平らげた僕は午後の休憩を満喫していた。


「あーほんと幸せ」


広い庭にも出られるし邸内も好きなように冒険できる。ああ健康って素晴らしい。


「ジス様」


まどろみかけた僕をヘンリー先生が呼ぶ。

ここには百人を超える何も知らない使用人がいるので普段の僕はジス様と呼ばれているのだ。

……回帰する者としない者。

その差はなんなんだろう?


「のんびりしてるところ申し訳ない。健康診断をしてもいいですか?」


「はいどうぞー」


「では皆さんは外に」


「「はい」」


メイドが部屋を出たので僕はベッドの上に寝転び、まな板の上の鯉状態になった。


「……ヒカリくんて面白いね」


「そうですか?」


「ずっと病気だったって聞いたからもっと心の弱い子かと思ったよ。ご両親に愛されてたのかな」


「両親はいませんでした」


「え?」


「生まれた時に難病って診断されたので両親だった人は僕を育てられないって親権を放棄したそうです」


そりゃそうだよな。僕だって病気の子供なんて育てたくないもん。


「それでずっと病院に?」


「はい、丁度この病気の薬を研究している病院があって助かりました」


「……ヒカリくん」


何故か先生が眉間に皺を寄せて僕を見ている。

どうかしたのかな。


「酷いことはされなかった?」


「え?されませんでしたよ?ちょっと意地悪な看護師がいてわざと針を痛く刺されたりしましたけど他の人は普通でした」


「普通……他に嫌なことはなかった?」


どうしてそんな顔でそんなことを聞くんだろう。


「うーん、手術は何回もしましたが怖くて痛いから嫌でした。麻酔を使いすぎて効かない時もあったのでそんな時はつい叫んじゃうから口に布を巻かれます。息苦しくてつらかったけどそのおかげで薬は開発されたって言ってたので良かったのかなと思います」


けれどその薬が僕に使われることはなかった。

それからも、何度もお腹を開いて細胞を採取されたのでまだちゃんと完成してなかったのかもしれない。


「だから転生して二番目に良かったのは体に傷がないことでした」


あざ一つないアメジストの体は本当に綺麗でお風呂に入るたびにうっとりと見惚れてしまうくらいなのだ。


「……一番目は?」


「それはもちろん食べたことないような美味しいご飯がもらえることです!」


僕が満面の笑みでそう答えると、先生は僕をぎゅっと抱きしめた。


え?なになんなの?急に……

それにしても抱きしめられるってこんな感じなんだ……。テレビでしか見たことない風景を体感できて僕は少し感動してる。


「明日見たこともないような美味しいお菓子を持ってくるよ」


えっ?どうして?でもそれは嬉しい。


「ありがとうございます。楽しみにしてますね」


「ああ」


話は終わったと思ったのに先生はいつまでも僕を離さない。

ぬいぐるみか何かと思ってる?

でもまだ骨だらけで抱き心地は悪そうだけど……


僕はヘンリー先生のためにもう少し太ろうと決めた。







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