乙女ゲーム「黒と白の薔薇姫」は、現代から召喚された聖女見習いの主人公が並いるイケメンたちを次々に攻略し、ハーレムを作るというよくあるお話だ。
舞台は魔法使いを育てる国立魔法学園。
そこで第七王子の婚約者として出てくるのが公爵令嬢アメジスト。
メイン攻略対象はアメジストの婚約者である白薔薇の第七王子チャーリー。そしてイベントで現れる黒薔薇の大魔法士アルフレッド。
二人はヒロインを巡って熾烈な争いをする。最後にヒロインはどちらかを選んでハッピーエンドとなるのだ。
もちろん同級生や先輩なんかともイベントが起こるのでそっちとエンドを迎えても構わない。けれど重要なスチルなんかはやっぱりメイン攻略相手じゃないと出て来ないので大抵どちらかを選ぶんだ。
ちなみに僕はアメジスト派なので黒でも白でもどうでも良い。ただ、チャーリーは学園内の誰が流したか分からない噂を信じてアメジストを断罪するのでそう言う意味であれば断然アルフレッド派だ。
さて、今回現れる召喚ヒロインは誰を狙うつもりかな。それによって作戦は変わってくるが、とりあえずメインの二人はどうにか味方につけておいた方がいいな。
そしてもう一つ大事なこと。
まず僕はアメジストについてもっと知らなければならない。
どうして女の子のふりをしているのか、どうして悪役令嬢と呼ばれるようになったのか、アメジストの気持ちはどこにあったのか。
そんなことを考えているうちにすっかり日も暮れて夕食の時間になった。
僕はいそいそと食堂に降りて行く。
ちなみに屋敷の中はアトラクションくらい広くてすぐ迷うので部屋の外には常に案内の人が待機してくれることになった。
……ほんとうに申し訳ない。
「ジス様、お食事の準備が整いましたよ」
「はいっ!」
自分でも顔がぱあっと明るくなるのがわかる。
仕方ないだろ。こんな美味しいご飯食べたことないんだから。
「わあ……」
本当に「わあ」としか言葉が出て来ない。
だってテーブルの上に豚が丸ごと一匹丸焼きにされて置かれている。
「全部食べていい?」
そっとハンナに聞くが、黙って首を横に振られる。
「流石に無理ですから」
「そうか……」
ヘンリー医師の言葉を思い出し僕はグッと我慢した。
けれどそれ以外にも色とりどりの野菜や何かよく分からないけどいい匂いのするものが沢山あって、それらをハンナがバランスよく取り分けてくれた。
「ジス様はもう少し太られてもいいと思います。今のままでは痩せすぎです」
「そう?」
アメジストは痩せすぎなのか。さっきお風呂で見た時に転生前の僕と同じくらいだなあと思ったんだけど。
じゃあ僕も痩せすぎだったんだな。
仕方ないか。病気だったんだし。
ワンプレートに盛られたものとは別にパイみたいなパンみたいな物も置いてある。
テレビで見たアップルパイとやらに形が似てるけど甘いのかな。
「ハンナこれは何?」
「ほうれん草のキッシュです」
「ほうれんそうのきっしゅ……!」
グルメ番組で見たことある。その時のものは丸くて小さかったけど。
これはすごく大きい丸をケーキみたいにカットしてあった。
フォークで小さく切り分け、口に入れると野菜と共にクリーミーなソースが口いっぱいに広がる。
……美味しい!そして体に良さそう!
僕は提供されたものを夢中で食べ尽くし、最後は甘いチョコまで貰って大満足で食事を終えた。
「ヒカリ様は食事のマナーを学ばなければなりませんね」
こっそりと耳元でハンナにそう言われ、僕は赤くなって俯いた。
「ごめんなさい。教えてください」
「もちろんです。ご存知なくて当然なのですから」
良かった……怒られなくて。
本当にみんな優しい。
その後は僕が転生してきたと知っている人たちが集まり、客間で話し合いが行われた。
ハンナを筆頭に数にして約二十人ほど。
その中にはお医者さんのヘンリー先生もいた。
「それではまずヒカリ様にアメジスト様がどんな方なのかご説明いたします」
「はい!」
僕は座っていたソファから立ち上がり、勢いよくよろしくお願いします!と頭を下げた。
「……ヒカリ様。お嬢様は頭を下げません」
「あっ」
そうだ僕は今、日暮光里じゃない。アメジスト公爵令嬢だ。
慌てて座り直し、「始めてもよろしくてよ」と肩頬で笑ってみせた。
「……アメジスト様は生まれた時から男のお子様でした。けれどアーバスノット公爵家は代々女系で当主は女性と決まっております」
「そうなんだ……」
この時代に珍しいんじゃないかな?
この時代って偉そうに言ったけどゲームとラノベしか知らないんだけどね。
「ですので前ご当主様ご夫妻はお子様をアメジストと名付けられ女性として育てられました」
「……無理があるよね?」
子供の頃はいいけどそのうち見た目でバレてしまうんじゃないかな。
「前ご当主様はいずれ女児が産まれるとお考えで、女のお子様を授かったらアメジスト様を男児に戻そうとお考えだったのです」
「あの……最初から女の子を待てば良かったんじゃ……」
「……前ご当主は国王の宰相でした。政敵は多く、わずかの油断も命取りです。既に後継はいると広く知らしめねばならなかったのです」
「なるほど」
「けれどなかなかお子様に恵まれず、秘密裏に養子でも取ろうかと考えておられた矢先に事故が起こりました」
「事故?」
そんなエピソードあったかな。
「大規模な水害が起こり、対策に向かわれる途中で崖崩れが……」
「……まさか?」
「はい。ご夫婦共に……今から三ヶ月前のことです」
知らなかった。
いつでも完璧で自信たっぷりな彼女は両親に愛されて大切に育てられているんだと勝手に思ってた。
それなのにゲームが始まった時点で彼女はもう一人ぼっちだったんだ……。