勢い込んでそんな風に決心したのはいいけど、果たして何をどうしたらいいんだろう?
とりあえずゲームの進行でいくと今がどの辺りなのかを知らないといけない。
「お待たせしましたジス様、お食事ですよ」
「……いい匂い……」
なんだろう。スープだけじゃない香ばしい匂い……。
お肉!
「食べていいの?……じゃなかった。ええと、さっさと切り分けなさい」
「承知いたしました」
ぞんざいな口のきき方をしているのにハンナは優しく世話を焼いてくれる。
罪悪感でチクリと胸が痛んだ。
どうしてアメジストは悪役令嬢になっちゃったんだろう。みんなこんなに優しいのに。
取り分けられたチキンは綺麗に小皿に盛られて光里の前に置かれた。
それをパクリと一口食べてみるとあまりに美味しくて僕はぞわぞわと全身を震わせる。
「あら?いかがなさいました?!」
「……なんでもない……いや、問題ないわ!とても美味しい。シェフに感謝を伝えておいて」
「承知しました。喜びます」
あっ、悪役令嬢はこんなことでお礼なんて言わないかも?でもいいや。だって本当に美味しかったんだもん。
それにしても健康っていいなあ。
僕は固形の食べ物を口にすることはほとんどなかった。大抵味の薄いスープやお粥のような柔らかいものだ。
毎日の検査に胃カメラがあるので吐かないためと、一日に五回ある血液採取の血が濁らないためだと言っていた。
その分毎日の高カロリー点滴が僕の命綱だったんだと思う。
「おいしい!それも食べていい?」
「ふふっいくらでもどうぞ」
僕の食欲に周りが驚いて目を丸くしている。
アメジストっぽくない?でもごめん。美味しすぎて止まらない!
どれもこれも生まれて初めて食べるものばっかりだ。
「ジス様、なるべく消化に良いものを用意しましたがあまり食べすぎるとあとが大変ですよ」
ヘンリー先生の言葉に僕は驚いた。
大変なことってなに?
お腹いっぱい食べたことないから僕が知らないだけで、もしかしたら食べ過ぎるとお腹が割れてしまうのかも?!
危ない危ない。
「……分かった。じゃあこれでおしまい」
僕は名残惜しい気持ちで皿に残ったソースをパンで拭って口に入れ、ゆっくりと噛み締めた。
「ジス様、それでは湯浴みをいたしましょう」
湯浴み!お風呂のことだよね。
汗かいてるみたいだから早く入りたい!
「いいわよ。支度をしてちょうだい」
「かしこまりました」
どう?アメジストっぼかった?
食べ物が絡まないと比較的落ち着いてアメジストのフリができることに気がついた。
いや……待って?。
アメジストは女の子だよね?
僕が見ちゃだめなんじゃない?
「あの……」
「いかがされました?」
ハンナがこちらを見て首を傾げる。
「あの今日は……いやずっとこれから先も自分では洗いたくない……ですわ?みんなで磨き立ててくれたら良いわよ」
「……承知しました」
……ハンナの肩が震えてる。
やっぱりちょっとわがままが過ぎたかな?
もう少し言い方に気をつけよう。
僕はほんのりと反省をした。
いよいよお風呂。
……お風呂?
部屋くらいある広い場所に並々とお湯が張ってある。
あ、これテレビで見たプールみたい。
どんどん上がってくるテンションを頑張って抑え込み、僕はされるがままに服を脱がしてもらう。
「……ハンナだけ?」
さっきまで沢山いたメイドたちが誰一人いない。
「ええ、ジス様のお風呂はずっとこのハンナが担当しております」
「そうなんだ……」
まあたくさんの人に見られたら恥ずかしいもんね。
「それではお湯にお浸かりください」
「はい」
あっ、しまった。足元を見た時にアメジストの体をチラッと見ちゃった。ごめんなさい!アメジスト!
……でもなんか見慣れたものがあったような???
「あれ?」
「どうされました?」
「え?どうって……」
……悪役令嬢アメジストって男の子だったの?!!
髪を洗ってもらっている間も、僕はずっと考えていた。
アメジストが男の子だなんてゲームには出て来なかった。まさかの裏設定にびっくりだ。
まあヒロインのことばっかりでアメジストなんてヒロインに意地悪する時くらいしか出て来なかったもんね。
ゲームの世界とはいえ、ここではちゃんとアメジストは一人の人間として生きているわけだから色々なことがあるんだろうね。
でもどうして女の子のふりをしてるんだろう?
「……ジス様」
「……なに?いや、なにかしら?」
「ふふっ良いんですよ。ジス様ではありませんよね?本当のお名前を教えていただいても?」
「えっ?!」
僕は驚きのあまり溺れそうになった。
「ゲホゲホ、どうして……」
「……大丈夫ですか?話せば長いのでいずれゆっくりとお話しさせてください。この邸でアメジスト様が本当に信頼された使用人は今回ジス様の代わりにあなたがいらっしゃったことは知ってます。どこから来られたか分かりませんがこれも縁なのでどうぞゆっくりとここで暮らしてください」
「ええ?……はい。あ、僕の名前は光里と言います」
「ヒカリ様ですね、では二人の時はそうお呼びしましょう。他の者がいる時はジス様とお呼びして良いですか?」
「はい」
……びっくりしたな。
でも正体を知られてるなら気が楽だ。後で僕が別人だと知ってるのは誰か教えてもらおう。
それにしても看護師さんから借りたライトノベルでも転生先でみんなに知られてる主人公なんて居なかった。前例?がなくてちょっと困る。
ロマンスファンタジーならなんでも知ってると思ってたんだけど。
あ、髪も乾かしてもらえるんだ。
なにこれすごく楽。
バスローブを纏ってからは、沢山のメイドが戻ってきて色々と世話を焼いてくれた。
「ジス様お水をどうぞ」
「ありがとう……あっ!これ果実水?」
「はい?ええ、そうですが?」
メイドの一人が困惑してる。
そうだよね、きっとずっと前から普通に飲んでたんたもんね。
でもファンタジーの定番、果実水を本当に飲める日が来るなんて感激。
「おいし……」
思ったより甘味はない。ジュースみたいなものかと思ったんだけど酸味はあって香りがとても良い。
アメジストの部屋の中も憧れてた色々なものがあるので当分楽しめそうだ。
……いや楽しんでばかりもいられないぞ?
「ハンナ、今は何年?」
「大陸歴五十五年でございます」
五十五年……まだゲームが始まる前だ。ヒロインはここに来ていない。
よし、先手必勝。先に根回ししてヒロインが来た頃には何もすることがないくらいの状態にしておこう。白薔薇の王子とは幼い頃に婚約済みのはずだし。ヒロインによそ見しないようガッツリ捕まえておかなきゃ。
まずは……。
僕はワクワクと計画を立てた。