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第8話 現れた妖魔

「鳥……!?」


 妖魔の姿を認めた柊也が、大きく目を見開く。


 漆黒の闇をまとったそれは、前に柊也を襲ったものとは違う姿形をしていた。


 柊也が口にした通り、見た目は鳥のようである。

 ただ、形が違うだけで黒い塊であることには変わりがなく、大きさも柊也を襲った妖魔と同じくらいに見えた。


 真っ黒な鳥の形をした妖魔は、柊也たちから少し離れた場所で佇むように、確かに存在していたのだ。


「え、何かいるんですか!?」


 わずかに恐怖をにじませた表情の優海が、きょろきょろと辺りを見回す。

 やはり、優海には妖魔の姿は見えていないようだった。


「柊也。君は優海さんと自分の身をちゃんと守るんだ、いいね?」


 継が柊也に真剣な眼差しを向ける。


 決して大きくはないが、しっかりと言い聞かせるような声音に、柊也は黙って頷いた。


「優海さん、こっちに!」


 柊也がすぐさま優海の腕を掴んで、自分の後ろへと引き寄せる。優海は突然のことに少し驚いたようだったが、素直に従い、柊也の後ろに隠れた。


 柊也の行動に満足したのか、継はわずかに口角を上げて、また妖魔に向き直る。

 そのまま前へと一歩進み出ると、万が一のために持ち歩いていた緋桜ひざくらさやから一気に抜き放った。


「行くよ、緋桜」


 夜の闇に、継の凛とした声が響く。


 声とほぼ同時に、緋桜の切先きっさきに小さな炎が灯った。

 炎はゆっくり、静かに刀身を包み込むように広がっていく。


 刀身をすべて包み込んだかと思うと、その一瞬の後、今度は弾けるように大きく燃え上がった。


(……すごく綺麗だ)


 柊也は、継と緋桜の姿に目を奪われる。


 一枚の絵がそこにあるようだった。


 これまで訓練の時に数回だけだが、継が緋桜を使う場面を間近で見たことがある。

 だが何度見ても、毎回同じ感想を持つのだ。見慣れるということがない。


 ありきたりの褒め言葉しか出てこないのが非常に残念だ、と柊也はいつも思っていた。


「柊也、後は任せたよ!」


 そう言うと、継は緋桜を手に駆け出す。


「あ、ああ!」


 継の言葉で現実に引き戻された柊也が息を呑んだ。


 継が駆けてくるのに気づいたらしい妖魔が、迎え撃とうというのか、大きな翼を広げる。

 途端、妖魔の周囲に強い風が巻き起こった。


「継!」


 柊也は腕で自身の顔を覆いながら、思わず声を上げる。


 柊也のところまで届くような強風だ。柊也よりも妖魔の近くにいる継には、もっと強く感じられただろう。


 しかし継は足を止めることなく、まっすぐ妖魔に向かっていった。


 一気に間合いに入る。まだ大きく渦巻いている風と妖魔を同時に切り裂くように、炎を纏った緋桜でいだ。


 真一文字に、緋桜の鮮やかなあかが流れる。


 固唾かたずを吞んで見守っていた柊也の瞳には、その様がまるでスローモーションのように映っていた。


 次の瞬間、妖魔が咆哮ほうこうし、柊也ははっと我に返る。声の方へと視線を向けると、妖魔が継めがけて翼を叩きつけようとしていた。


「──っ!」


 咄嗟とっさに後ろに退いた継は、ぎりぎりで翼をかわすことには成功する。


 だが翼が発生させた突風によって、緋桜もろとも吹き飛ばされ、柊也のそばの地面に叩きつけられた。


「継! 大丈夫か!?」


 慌てて柊也が駆け寄って膝をつくと、継はゆっくり上半身を起こす。砂埃すなぼこりを吸い込んでしまったのか、軽く咳き込んだ。


「……緋桜……は、ちゃんとあるね……。よかった」


 そう小さく呟いた継の手には、炎の消えた緋桜がしっかり握られていた。


「そんなこと気にしてる場合じゃねーだろ! いや、武器がなくなったら困るけど、でも……。そうだ、怪我、ああ、そうじゃなくて……!」


 柊也は混乱していた。もはや何を言っているのか、自分でもよくわかっていない。


 それでも、継にはだいたい伝わっているようだった。

 継は緋桜を握っていない方の手を、柊也に向けて伸ばす。


「……言いたいことが色々ありそうなのは、よくわかったよ」


 そのまま柊也の頭をポンポンと優しく叩くと、ようやく柊也は大きく息を吐いた。少しは落ち着いたらしい。


 継がこれまで妖魔のいた場所を、目視で確認する。次には空を見上げた。

 つられるように、柊也も継の視線の先を追うが、


「妖魔が消えた……?」


 ただそう口にするのが精一杯だった。


 二人の視界にあるのは夜の闇と、その中で小さく瞬いている星たちだけだ。


「……逃げたか」


 低い声で継が言う。


「追わなくていいのかよ!?」


 柊也は焦ったように声を荒げるが、継は首を横に振った。


「ああ、あの妖魔は鳥型で動きが速かった。今からじゃ追いつけないし、そもそもどこに行ったのかもわからない。優海さんをここに放っておくわけにもいかないしね」

「でも、逃がしたままにしたらもっと優海さんが危険だろ!」


 柊也が優海の方に顔を向ける。


 優海はまだ何が起こっていたのか、いまいち理解できていないようだった。胸の前で両手を組んで、不安そうにしているだけである。


 おそらくだが、妖魔が近くにいたかもしれない、と認識したくらいだろう。

 普通の人間には、妖魔の姿を見ることはおろか、声を聞くこともできないのだ。


 継はまだ座り込んだままで、柊也の顔を見上げる。


「それは大丈夫。僕も少しやられたけど、向こうにも怪我を負わせたはずだから。しばらくは怪我を癒すためにどこかに潜伏すると思うよ」

「それじゃ何の解決にもなってねーじゃねーか!」


 柊也の言う通りではあったが、継は薄く笑みを浮かべ、言った。


「だから大丈夫だって。とにかく、これからしばらくは優海さんの警護をするよ」



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