「鳥……!?」
妖魔の姿を認めた柊也が、大きく目を見開く。
漆黒の闇を
柊也が口にした通り、見た目は鳥のようである。
ただ、形が違うだけで黒い塊であることには変わりがなく、大きさも柊也を襲った妖魔と同じくらいに見えた。
真っ黒な鳥の形をした妖魔は、柊也たちから少し離れた場所で佇むように、確かに存在していたのだ。
「え、何かいるんですか!?」
わずかに恐怖を
やはり、優海には妖魔の姿は見えていないようだった。
「柊也。君は優海さんと自分の身をちゃんと守るんだ、いいね?」
継が柊也に真剣な眼差しを向ける。
決して大きくはないが、しっかりと言い聞かせるような声音に、柊也は黙って頷いた。
「優海さん、こっちに!」
柊也がすぐさま優海の腕を掴んで、自分の後ろへと引き寄せる。優海は突然のことに少し驚いたようだったが、素直に従い、柊也の後ろに隠れた。
柊也の行動に満足したのか、継はわずかに口角を上げて、また妖魔に向き直る。
そのまま前へと一歩進み出ると、万が一のために持ち歩いていた
「行くよ、緋桜」
夜の闇に、継の凛とした声が響く。
声とほぼ同時に、緋桜の
炎はゆっくり、静かに刀身を包み込むように広がっていく。
刀身をすべて包み込んだかと思うと、その一瞬の後、今度は弾けるように大きく燃え上がった。
(……すごく綺麗だ)
柊也は、継と緋桜の姿に目を奪われる。
一枚の絵がそこにあるようだった。
これまで訓練の時に数回だけだが、継が緋桜を使う場面を間近で見たことがある。
だが何度見ても、毎回同じ感想を持つのだ。見慣れるということがない。
ありきたりの褒め言葉しか出てこないのが非常に残念だ、と柊也はいつも思っていた。
「柊也、後は任せたよ!」
そう言うと、継は緋桜を手に駆け出す。
「あ、ああ!」
継の言葉で現実に引き戻された柊也が息を呑んだ。
継が駆けてくるのに気づいたらしい妖魔が、迎え撃とうというのか、大きな翼を広げる。
途端、妖魔の周囲に強い風が巻き起こった。
「継!」
柊也は腕で自身の顔を覆いながら、思わず声を上げる。
柊也のところまで届くような強風だ。柊也よりも妖魔の近くにいる継には、もっと強く感じられただろう。
しかし継は足を止めることなく、まっすぐ妖魔に向かっていった。
一気に間合いに入る。まだ大きく渦巻いている風と妖魔を同時に切り裂くように、炎を纏った緋桜で
真一文字に、緋桜の鮮やかな
次の瞬間、妖魔が
「──っ!」
だが翼が発生させた突風によって、緋桜もろとも吹き飛ばされ、柊也の
「継! 大丈夫か!?」
慌てて柊也が駆け寄って膝をつくと、継はゆっくり上半身を起こす。
「……緋桜……は、ちゃんとあるね……。よかった」
そう小さく呟いた継の手には、炎の消えた緋桜がしっかり握られていた。
「そんなこと気にしてる場合じゃねーだろ! いや、武器がなくなったら困るけど、でも……。そうだ、怪我、ああ、そうじゃなくて……!」
柊也は混乱していた。もはや何を言っているのか、自分でもよくわかっていない。
それでも、継にはだいたい伝わっているようだった。
継は緋桜を握っていない方の手を、柊也に向けて伸ばす。
「……言いたいことが色々ありそうなのは、よくわかったよ」
そのまま柊也の頭をポンポンと優しく叩くと、ようやく柊也は大きく息を吐いた。少しは落ち着いたらしい。
継がこれまで妖魔のいた場所を、目視で確認する。次には空を見上げた。
つられるように、柊也も継の視線の先を追うが、
「妖魔が消えた……?」
ただそう口にするのが精一杯だった。
二人の視界にあるのは夜の闇と、その中で小さく瞬いている星たちだけだ。
「……逃げたか」
低い声で継が言う。
「追わなくていいのかよ!?」
柊也は焦ったように声を荒げるが、継は首を横に振った。
「ああ、あの妖魔は鳥型で動きが速かった。今からじゃ追いつけないし、そもそもどこに行ったのかもわからない。優海さんをここに放っておくわけにもいかないしね」
「でも、逃がしたままにしたらもっと優海さんが危険だろ!」
柊也が優海の方に顔を向ける。
優海はまだ何が起こっていたのか、いまいち理解できていないようだった。胸の前で両手を組んで、不安そうにしているだけである。
おそらくだが、妖魔が近くにいたかもしれない、と認識したくらいだろう。
普通の人間には、妖魔の姿を見ることはおろか、声を聞くこともできないのだ。
継はまだ座り込んだままで、柊也の顔を見上げる。
「それは大丈夫。僕も少しやられたけど、向こうにも怪我を負わせたはずだから。しばらくは怪我を癒すためにどこかに潜伏すると思うよ」
「それじゃ何の解決にもなってねーじゃねーか!」
柊也の言う通りではあったが、継は薄く笑みを浮かべ、言った。
「だから大丈夫だって。とにかく、これからしばらくは優海さんの警護をするよ」