ウサギとの競走の日に向けた訓練を終えてカメがひと休みしていたところ、村人からウサギのうわさ話を聞いた。
「ウサギが最近は心を入れ替えて、真面目に練習をしているらしい」
なんでも、油断して負ける夢を何度も見たらしく、これはもしかしたら正夢なのかもしれないと思ったそうだ。
「お前さんも、がんばってな」村人はそう言って帰っていった。
カメは考え込んだ。自分も同じ夢を見ていたからだ。
自分はその夢を励みにして訓練を続けてきたが、こうなってくると、ウサギの油断や途中で眠ってしまうことなどには期待できないだろう。
カメはしばらく考えて、ルールの変更をウサギに申し入れた。
競走の当日はよく晴れていた。すでに大勢の村人たちが、スタート地点に集まってきていた。
カメが身体をほぐしていると、ウサギもやってきた。顔色もよく、睡眠十分のようだ。
ウサギは、カメの数倍もある体を身軽に移動させて、カメの前に立った。
「ルール変更は、お前さんが余計不利になったんじゃないのか」ウサギは不思議そうな顔をしている。
「ルール変更を認めてくれて感謝する。お互い全力で戦おう」とカメは答えた。
今回のルール変更により、ゴール地点も山の頂上だったものが隣の村となった。ゴール地点までどんな方法でも良いので、先にたどり着いたほうが勝ちというわけである。
平地の固められた道での競走となり、見物している村人の数も増えるだろう。
「俺を襲うようなマネはしないだろうし、あきらめたのか?」
「もちろん、勝てると思っているよ」
カメはカバンからまな板を大きくしたような物を出した。
「これを使わせてもらう」
見物の村人が十分集まったところで、村長がスタートの合図を出した。ゴール地点では隣の村の村長が待ち構えていることになっている。
ウサギが猛然とダッシュした。もともと足が速いうえに、今日に合わせて鍛えてきたらしく、美しい走り方でもあった。
カメはまな板のような物にとび乗り、スイッチを入れた。
まな板が走りだした。板の下には、丸いものが四隅についているようだった。カメは後に、それを「車輪」と呼んでいた。
まな板はウサギの後ろについて走っていた。ほとんど同じ速さである。見ていた村人が驚きの声を上げた。
村人の歓声をあとにして、ウサギとカメは、つかず離れずの距離で進んでいく。
村の外れまでたどり着くと見物人も減ったが、そのまま勢いは衰えることはなく、隣村への道をたどる。
「どんな方法でもと言ったが、何だそりゃ」ウサギが走ったまま後ろをふり返り、カメにきいた。
「とりあえず『電動板』と呼んでいる。私の発明品だ」カメは村では変わり者として扱われていて、時々妙な物を作ることでも有名だった。
「さすが変わり者」ウサギはまた前を向き、気合を入れ直した。「でも、それじゃ俺には勝てないぜ」
ウサギは夢からの警告に気づいてからは体力をつけ直したので、このままゴールまで行けると確信していた。なまけて油断するウサギはもういないのだ。
「ゴールが見えたな」ウサギが前を向いたままでつぶやいた。「馬鹿にして悪かったな」
「まだ終わっていない」カメはスイッチを切り替えた。まだ試験段階のフルスロットルだ。
ゴール直前で急加速したカメは、ゴール寸前でウサギを追い抜いた。
ゴール直後にウサギは疲労で倒れ込み、カメの電動板は火を噴いた。
「これはまずいぞ」あわてて村人が総出で電動板に水をかけ、なんとか燃える電動板の火を消すことができた。
勝負には勝ったが、もう少しで村を焼き払うところだったと、カメは村人たちから大いに非難された。
それでも「電動板」は正しく使えば燃えることはないと理解されてからは、お年寄りにも優しい乗り物として、村を越えて広まったという。
これが、「必要は発明の母である」ということわざの元となったお話である。多分。