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第51話 騒がしい我が家

 昼食を終えてからは皆で後片付けをして、それから私は軽くシャワーを浴びた。汚れと共に昨日からの疲れも洗い流されたように、さっぱりとした気分になった。


 夕食に和食を作る。とは言ったが、五人分となると今ある食材だけでは足りない気がする。ディサエル達がいつまでここにいるのかにもよるが、明日以降の分も含めて買わねばなるまい。


(食費が……。少ない貯金が更に少なく……)


 金持ちの依頼人求む! なんて広告を出したいものだ。かの名探偵シャーロック・ホームズは事件こそが報酬だと言っているが、そんな事は十分な財産がないと口が裂けても言えない。


 嘆いていても仕方がないので、三人に留守番を頼んで『はしもとスーパー川上店』へと自転車を走らせた。行き交う人々は、何事も無かったように昨日と同じ日々を過ごしている。そもそもこの中で何事かあったのは私だけだし、別に世界が破滅するとかいった危機的状況にあった訳でもないから当たり前の事である。ストーカーを追い払っただけだ。たまたまそれが別の世界から来た神様だったというだけで、そんな大それた事は……したと言ってもいいかな。


 スーパーに着いて、いつものように青果コーナーから順に見て回る。どのくらいの量が必要か分からないので、多めにジャガイモと人参をカゴに入れた。精肉コーナーでは前回買わなかった牛肉を手に取った。あの料理を作るには牛肉がいい。


 他の場所もぐるっと見て回り、必要なもの、とりあえず買っておこうと思ったもの、それとチョコレート菓子数種をカゴに入れてレジで精算。見知らぬ魔法使いとすれ違う事も無く帰路へ着いた。今日は天気が良いから走っていて気持ちが良い。


 屋敷へ着くと双子が出迎えてくれた。ロクドトはどうしたのかと聞くと、空を飛べるようになる煙幕を作っている、と返ってきた。ここにあるもので作れるのか?


(いや、そもそも勝手に使うなよ)


 私のために作ってくれた薬の分はともかく、私用で使うな。荷物を台所に置いてから、私は階段を上り調合室の扉を叩いた。


「ロクドトさん! 開けますよ!」


 中から何か喚くような声が聞こえたが、構わずに扉を開けた。


 ボフッ!


「……」


「全く。だから今は開けるなと言ったのだ。この愚か者め」


 袋から飛び散る小麦粉の如く、扉を開けた途端に灰色の粉が私に降りかかった。シャワー浴びてから一時間程しか経ってないのに……。


「……何ですか、これ」


 私は同じように灰色の粉まみれのロクドトを睨め付けながら言った。彼の方は元々髪も灰色だし服も薄汚れているから、ある種灰被りっぷりに磨きが掛かったというか……いや、何も磨かれてはいないが。


「空を飛べるようになる煙幕を作る為に色々と実験をしていたのだ。そして実験に失敗はつきもの。つまり」


「失敗したという事ですね早く片付けてくださいあと勝手にここにある材料を私用で使わないでくださいそれ私が使うやつなんですからそれと後で絶対にシャワー浴びて身なりも整えてくださいねその格好で美香ちゃんの前に出てきたらスティルさんに首を絞めてもらうよう言っておきますから」


「……了解した」


 扉をバタンと閉めて、自分の部屋から着替えを出し(汚れた状態で部屋に入りたくはなかったから、魔法を使って服をこちらに来させた)、私は本日二度目のシャワーを浴びる為に風呂場へと足を運んだ。


 さっきよりも時間を掛けて入念に身体を洗い、洗濯機に入れる前に服も軽く洗い、ついでに風呂場も簡単に掃除をし、風呂掃除に熱が入りそうになった所で先に夕食の準備をした方がいい事に気がついた。


 風呂場を出て着替えた私は台所に向かった。するとそこには双子がいた。


「やっと来たか」


「翠を手伝おうと思って待ってたんだよ」


 おお、神よ。己の私利私欲の為に他人の物を勝手に使用し迷惑を掛ける人間とは違い、勝手に行動を起こさず指示を待つ神のなんとありがたい事か!


「お? 何だ? またあのクソ野郎に嫌な事でもされたのか? 何をしてほしい? 暗殺か?」


「いや、そこまでの事はしなくていいよ。というか、できればロクドトさんが勝手に調合室を使うのを止めてほしかった」


「ああ……それは悪かった。絶対に作ってやるからな! とか言って息巻くあいつの姿が滑稽で、つい」


「ああいう我武者羅に頑張る人間の姿を見るのって、飽きないんだよね。全然思い通りにいかなくって焦ってる姿は特に面白いし」


「……そうですか」


 これを聞いては流石にロクドトの事が少しばかり可哀想に思えてきた。完全に遊ばれている。


「で、翠。オレ達は何をすればいい? そもそも何を作るんだ?」


「肉じゃがっていう、牛肉とジャガイモを使った煮込み料理。まずはジャガイモと人参の皮を剝いて、一口サイズに切ってくれる?」


「わかった」


「はーい」


 三人で手分けして、肉じゃが作りが始まった。切って、炒めて、味付けして、煮込んで……。一人でやるよりもずっと早く完成した。


「これがこの国の料理か」


「ショーユっていうのがあれば、他の世界に行っても作れるね。ねぇ、ショーユってどうやって作るの?」


「えーっと、それは分からないので、ご自分で買ってください……」


 醤油から作るのは難易度が高すぎる。


 出来上がった肉じゃがは鍋に入れておいた。これなら夕食前に温めるだけですぐに食べられる。


 美香が来る前に軽く事務所の掃除をし、ロクドトがちゃんと調合室を片付けたか確認。うん。まあまあ綺麗になっている。そのロクドト本人は今シャワー中だから、身なりの確認はまた後で。


 少しバタバタとしていると、美香から『今から向かいます』というメッセージが届いた。もうそんな時間か。金曜日は部活があると言っていたが、こちらを優先したのか。ディサエルの部屋にいた双子に事務所に来るように言い、まだシャワーを浴びているロクドトには準備ができたら来るように外から声を掛け、私も事務所で紅茶を淹れながら美香が来るのを待った。

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