「何だか、色々とご迷惑をお掛けしたみたいですね。すみません」
「何故謝るのだ? キミが謝る必要は何処にもない。迷惑を掛けたと言うのであれば、それはむしろワタシ達の方だ。全く関係の無いキミを巻き込んでしまった訳だからな。……すまなかった」
そう言ってロクドトは頭を下げた。
「でも、そんな……ロクドトさんのせいでも無いですし……」
「いや、ワタシだってキミを危険に晒している。怖い目にも合わせてしまったしな。その件に関しては本当にすまない」
それは確かにそうだ。
「ワタシが謝ったからと言って、キミは無理に許す必要もない。許せないなら許さないままでいい。ワタシが悪いのだから」
「もういいですよ。そんなに謝らなくて。理由だって教えてもらいましたし。それに、確かに危険な目にも合いましたけど、でも、何だか物語の主人公みたいになった気分で、ちょっと楽しかったと言いますか……」
小さい頃から魔法に憧れていた。それと同時に、物語の主人公達にも憧れていた。自分もいつか、あの主人公たちの様に、ドキドキワクワクする冒険をしてみたい。ずっとそう思っていた。大人になった今でさえ。
「この世界にも魔法が存在するって分かった時も嬉しかったですし、今回は別の世界が本当に存在するって事も知れて嬉しかったです。自分の知らない世界がまだまだ沢山あるんだって分かって、興奮しました。そういう世界に行きたいってずっと思っていたんです。まぁ、私が異世界に行くんじゃなくて、異世界から異世界人がこっちに来たんですがね」
いつか私も、別の世界に行けるだろうか。ここではない、何処かへ。
「ふむ……。違う世界に行きたいのなら、彼女達に頼んでみてはどうだ?」
「……なるほど」
その手があったか。
「一人で行くのが不安であれば、彼女達に付いていくのもいいだろう。その場合はワタシも一緒だがな」
「はあ。どうしてですか?」
ロクドトは困ったように眉を顰め、溜息を漏らした。
「あの成り行きではワタシはディカニスを脱退したようなものだ。だから帰る場所が無い。それにワタシはスティルの使徒になってしまったし、それに……」
何かを言おうとして、ロクドトは口をつぐんだ。
「まぁとにかく、スティルがワタシを連れ回す気でいるようだから、暫くの間ワタシは彼女達と共に過ごさねばならんのだ」
最後にまた一つ大きな溜息をついた。
それに、の後が気になるが、スティルにロクドトが何を願ったのかを聞いた時の慌て様を思い出した。もしかしたらそれに関連する事かもしれない。だとしたら聞かない方がいいだろう。
「帰る場所が無いって言いましたけど、家は無いんですか?」
「…………」
どうやら不味い事を聞いてしまったらしい。ロクドトがまた口をつぐんでしまった。それに、の後に関係する話題だったのかもしれない。
「あ、すみません。変な事を聞いてしまって……」
「いや、いい。気にする必要は無い。ただ……そう、家に帰るという発想が無かっただけだ。ディカニスは常に集団行動で、カルバスの命令で何処かへ出向けば、そこに作った拠点で全員で寝泊まりする。そういう生活を送っていたからな。中には家庭を持っている奴もいるが、そうでないものは本拠地にいる時は営舎で暮らしているのだ」
聞いてはいけない質問ではなかった……のだろうか。だが話題を意図的に逸らされたような気もする。
「ちなみにロクドトさんは?」
「帰る場所が無いと言っただろう。それは営舎で暮らしていたからだ。ふん。誰が結婚などするものか。ワタシは一人で生きていく」
そう言う割には集団生活をしていたようだが……。
「何で騎士団に入ったんですか」
「それは……報酬が良かったからだ」
どの世界であろうと、世の中”金”が全てか。しかし一人で生きようが何人で生きようが、お金が必要である事に変わりはない。報酬か。ディサエルからちゃんと貰えるかな。
「それで……ああ、そうだ。別の世界に行くかどうかという話をしていたのだったな。彼女達についていけば、退屈はしないだろう。キミの見たいもの、見たくないもの、楽しい事、辛い事、実に様々な物事を経験するだろうさ。今回は彼女達も手加減をしていたが、キミの意思で彼女達に付いていくのであれば、次からは容赦無く破壊する様を見る事になる」
「何だか、見た事あるような口振りですね」
「……見た事があるからな」
ロクドトは、消え入るような声と、どこか遠くを見るような目でそう言った。前髪が編みこまれ顔面が露わになった事で、彼の黄金に輝く猛禽類の様な瞳に初めて気がついた。彼のこれまでの人生で、この瞳は何を見てきたのだろう。気にはなるが、これ以上踏み込んではいけない気がする。
「……その髪、誰にやられたんですか?」
「聞かなくても分かるだろう。スティルだ。キミの髪もいじりたがってたぞ。後で彼女の好きにさせるといい」
「そうします」
誰にだって言われたくない事や、踏み込まれたくない過去があるものだ。だから今は他愛もない会話を楽しむ事にした。