目を開けると、事務所の天井が見えた。ついでに言うと、ロクドトの顔も見えた。邪魔な前髪は、誰にやられたのか、三つ編みにされている。
「漸く気がついたか」
「……失敗……した……」
あの時はディカニスも全員送り返せたように見えたが、どうやら失敗したらしい。やるせなさを感じ私は再び目を閉じた。
「おいこらキミ。失礼な事を言うな。目を開けろ。何も失敗などしていない」
「それなら何でロクドトさんがいるんですか」
私は目を閉じたまま聞いた。
「それは神の悪戯と言うか、まぁワタシがスティルの使徒だからだろうな」
「ああ」
そう言われると納得せざるを得ない。私は瞼を開いて起き上がった。体力は回復しているが所々身体が痛む。ソファで寝ていたせいだろう。軽く伸びをする。
ロクドトが向かいのソファに座って聞いてきた。
「身体は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ソファじゃちょっと寝心地は悪かったみたいですけど」
「仕方ないだろう。キミの許可無しでキミの部屋に入るのは憚られる。ああ、だが失礼ながら隣の部屋には入らせてもらった。魔法薬を調合する道具があるか魔お……ディサエルに聞いたら、その部屋を紹介されたのでね」
「……そうですか。そのくらいなら大丈夫です」
机の上には、コップに入れられた水と、豆皿に乗せられた丸薬が数個。ロクドトが作った魔法薬だろう。
「このワタシが治癒魔法を施したのだから問題は無いだろうが、念の為作っておいた。調子が悪いと感じたら飲むといい。キミが突然倒れでもしたら、あの双子に殺される」
「あはは……ありえそうですね。ありがとうございます」
薬は今はいらないが、喉が渇いていたので水だけ飲んだ。
「ところで、そのディサエルとスティルさんは何処にいるんですか? 何でロクドトさんだけここに? というかいつの間に私はここに? 今何時ですか?」
きょろきょろと辺りを見回しても、私とロクドト以外の人の姿は見えない。私が気を失っている間に事務所に連れてこられた事くらいは想像できるが、それは何故だろう。今何時か分からないのは壁掛け時計を買うお金をケチった過去の私のせいだ。
「順を追って説明するから落ち着け。キミが倒れたのは一度に大量の魔力を使用した事や、あの双子の、神の魔力をまともに浴びた事が原因だ。この世界では魔法は一般的ではないようだな。だからあれほど強い魔力に直面した事のないキミの身体は、それに耐えられなかったのだ」
「はあ」
聡先生や桃先生だって強い方だと思っていたが、神となると強さのレベルが桁違いという訳か。
「それでキミを休ませる必要があったのだが、蛮族共が使っていたベッドでキミを休ませる事を彼女たちが猛反対したんだ。それでディサエルの案内でここまで来た。一応言っておくが、その間ワタシはキミの身体に一切触れていないから安心しろ。キミを運んだのはディサエルだ」
「そうですか」
その間、という言い方が気にはなるが、つっこむと話が逸れそうだからやめておいた。
「それからここに着いたワタシ達は、キミをそのソファに寝かせ、治癒魔法を掛けた。体内に溜まった余分な魔力を取り除くだけの簡単な治癒魔法だ……と言いたい所だが、その余分な魔力は双子の魔力で、しかもキミは彼女らの使徒だ。思った以上に結びつきが強くて、取り除くのは容易でなかった。彼女達に協力を依頼したが、使徒に力を与える事はできても奪う事はできないと言うから、ワタシが、一人で、時間を掛けて、キミから余分な魔力を取り除いた」
「……ありがとうございます」
やたらと恩着せがましく言ってきたが、それでも彼がいなければ私は今も苦しんでいたかもしれないのだ。そこは感謝しなければ。
「いいか。その時、その時だけだからな。キミに触れたのは。キミの体内で魔力がどの様に絡まり合っているのか調べ、取り除く為には直接触るしかなかったのだ。今回は特に慎重さを求められたからな。治癒魔法を施す為に、双子の監視の下で、キミの頭と腕に触れた。それ以降も、それ以外の場所も、決して触れてなどいない」
「そうですか」
あんまりあれこれ言われると逆に怪しいのだが、双子の監視下にあったと言うなら信じても問題ないだろう。視界の端にも見覚えのある小さなカラスがいる。監視カメラとしても使えるのか。
「話が逸れたが、無事に取り除いてからワタシは魔法薬を調合し、その間は双子がキミの様子を見ていた。調合し終えてから少し仮眠を取らせてもらったが……外が明るくなってきていたのでね。神と言えども疲れた様子だったから、交代して双子を休ませた。少し前に起きてきて、今は昼食の準備をしているよ」
という事はお昼時か。道理でお腹が空いている訳だ。