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第19話 買い物

 結局この日は誰も来なかった。事務所でダージリンティーを入れ、ディサエルが焼いたチョコチップクッキーを食み、読みかけの小説を読み終えた頃には、窓の外が夕焼けで赤く染まっていた。


「買い物行かなきゃ」


 昼食の時にディサエルが「食材が減ってきた」と言っていたのを思い出した。ディサエルはもう夕飯を作り始めている頃合いだろうが、思い立ったが吉日。今からスーパーマーケットへ行こう。


 その前に食器を洗うために厨房へ行くと、案の定ディサエルがいた。料理をする時は、いつもジャケットを脱いで腕まくりをしている。


「今からスーパーに行くんだけど、何か買ってきてほしいものある?」


 人参の皮を包丁で丁寧に薄く切っていたディサエルが、手を止める事なく口を開いた。


「お前が食べられるものなら何でも好きなもの買ってこい。お菓子の材料もな」


「……了解」


 冷蔵庫の中身から、私の苦手な食べ物を推察していてもおかしくはないだろう。あれこれ要望を言えば、その中に私の苦手なものも含まれる可能性を考慮して先程のような返答になったのだ。なんてお優しい事だろう……と勝手に思っておく。ああ、分かっているさ。そんな事一ミリも考えてないって。どうせ答えるのが面倒だったんだろう。


「何が置いてあるか知らないんだから、仕方ねぇだろ」


「あ……はい」


 また心を読まれた。おまけに確かにそうだと納得するしかない回答だったから、こんな返事しかできなかった。


 食器を洗ってから冷蔵庫を開けて何が少ないかを確認。読んでいた小説を書斎の本棚に戻し、買い物へ行く準備をする。財布、鍵、スマートフォン、折り畳み式の保冷バッグ。それらを全部ポシェットに入れて、持ち物はオッケー。ディサエルに「行ってきます」と声を掛け、玄関脇に置いてある自転車と一緒に外に出る。


 五分程自転車を走らせた先に、目的のスーパーマーケットがある。この『はしもとスーパー川上店』は屋敷から一番近いスーパーマーケットである。その為屋敷に住み始めてから何度も利用している。それなりの広さを持つ店舗内に、それに見合う数の商品が並べられている為、欲しい物は大体手に入る。


 自転車を停め、買い物カゴを持って入店。色とりどりの野菜や果物が並べられた青果コーナーから順に見て回る。キャベツにレタス、キュウリ、ジャガイモ、その他諸々。昨日沢山使ったからタマネギは少し多めに。果物も何種類か買っておけば、ディサエルがそれで何か作るだろうか。でも果物って高いんだよな……。とりあえず一番安いイチゴを一パック……ああ、でもディサエルの作るイチゴジャム美味しいんだよな。二パックにしよう。それとオレンジを一個カゴの中へ。


 鮮魚コーナーへ来て、ディサエルが魚料理を作った事が無い事を思い出した。と同時に、そもそも魚を買っていない事も思い出した。無いなら作れるはずもない。もしや私が魚嫌いだとでも思われているのだろうか。別に魚を買っていなかったのは嫌いなのではなく肉の方が腹が膨れるからであり火が通っていれば大抵の魚は食べられるのだ。


(脳内で言い訳して何になる……)


 一パックに二切れ入っている鮭を手に取った。


 肉は幾つあっても多すぎる事はない。が、買い過ぎると財布にダメージを食らう。値段をよく見て、慎重に選ぶべし。牛肉……は高いから見送って、豚小間肉、挽肉、鶏もも、鶏むね、鶏ささみをカゴにイン。鶏肉が多いって? 好きなんだからいいだろう。


 ディサエルに食費を請求する事は可能なのか考えながら、お菓子作りの材料が並んでいる場所へ。私としてはこっちの方が楽だからホットケーキミックスを使うが、ディサエルはどうなのかしらん。薄力粉の方が好みだろうか。だが私に一任させたのはディサエルである。ホットケーキミックスをカゴに入れた。あ、でも小麦粉も少なかったからそれも買おう。


 他にも必要そうなもの、私が食べられるものをカゴに入れてレジで精算した。二人分の食費はそれなりにお金が掛かる。ディサエルはこの世界のお金を持っているのだろうか。帰ったら聞いてみよう。


 買ったものを保冷バッグに詰めてさあ店を出ようとしたその時、ふと違和感を覚えて立ち止まると、店内に一人の外国人男性客が入ってきた。そりゃ男性だって買い物に来るしこの街に住む外国人だっているが、この違和感の正体はそれではない。その男性の周りに魔力が漂っているのが見えるのだ。魔力の見え方も人によっては多少の違いがあるのだが、私には色のついた靄の様に見える。ディサエルなら黒色で、この人は黄色。この辺りに私以外の魔法使いも住んではいるが、それでも片手で数えられる程度だ。屋敷に越してきた時にその全員に挨拶しに行ったが、この男性はその中の誰でもない。少し離れた所に住んでいる魔法使い、という可能性もあるが、魔法を掛けられた一般人という可能性も……。


(あ、ヤバッ……)


 男性と目が合って、彼がこちらに近づいてきた。今更避けようがない。


「こんにちは」


 白い肌に金髪碧眼の美丈夫という、誰もが思い描く様なイケメン外国人といった風貌のその男性が、流暢な日本語で挨拶してきた。


「あ、こ、こんにちは……」


 対する日本人である私は、どもりながら挨拶を返した。しっかりしろ。


(でも、ちょっと怖い……)


 外国人なだけあって、そんじょそこらの日本人男性とは背丈も体格も違う。でかい。威圧感がある。自分よりも一回りも二回りも大きい動物を目の前にすると、小動物は萎縮するしかないのだ。いや、私の背が小さいという意味ではない。私は平均的な背の高さだ。


 彼は少し頭を下げ、声のトーンも落として言った。


「もしかして君も……魔法使い?」


「……!」


「ああ、やっぱり。少し困っている事があるんだ。話を聞いてくれ。一緒に外に出よう」


(ひぃ……)


 彼は私の肩を掴み、問答無用で外に連れ出した。肩にかかる彼の手の力は強く、周囲からの視線は痛い。


(怖いよぉ……)

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