暫くすると着替えを終えたディサエルがやってきた。
「どうだ?」
真っ赤なパーカーに白シャツと、普段見慣れない格好ではあるが……うん。似合っている。これなら十五歳……かどうかはさておき、少なくとも高校生っぽさはあるだろう。
「服はこれでオッケー。あとはローファーかスニーカーでも履けば完璧」
「その二択ならスニーカーだな。そのくらいなら出せる」
そう言ったディサエルの手の上には、いつの間にか真っ黒なスニーカーが乗っていた。魔法で召喚したのだ。スニーカーが微かに魔力を纏っているのが見える。
「靴紐の色は変えるか」
真っ黒だった靴紐が真っ赤になる。
「赤色に何か拘りでもあるの?」
「ああ。オレも妹も、目の色は赤だからな」
赤色の靴紐を見るディサエルの目は、どこか優しさを感じさせた。口元にも少し笑みを浮かべている。ニヤニヤとしたムカつく笑みではなく、柔らかさのある笑みを。余程妹の事が大切なのだろう。妹と目の色が同じ、というのはディサエルにとって何か特別な意味を孕んでいるのかもしれない。
「あ、そうだ。鞄も何か貸してくれないか」
「鞄?」
鞄も幾つか持ってはいるが、高校生が使っていそうな鞄もあっただろうか。ワードローブの中を探る。大人っぽいのを除けば、残るはショルダーバッグかトートバッグ数種類。
(いや、確かにトートバッグは何個もあるけど、これは映画のグッズだからな……)
「ショルダーバッグでいい?」
消去法で残ったのは、黒色のショルダーバッグただ一つだけだった。
「いいぞ。うん。これなら沢山入るな」
ディサエルは受け取ったバッグの大きさや、ポケットの数を確認しながらそう言った。
「何を入れる気?」
「ここの工房で作ったものを、色々」
好きに使っていいとは言ったが、本当にそうしていたとは。工房には聡先生が使っていた道具がそのまま置きっぱなしになっている。材料も幾つかあったはずだ。庭にも材料として使えるものは色々ある。だから簡単なものを作るのであれば、道具にも、材料にも困らない。問題は、何を作って、何を持っていくつもりなのかだ。
「心配するな。爆発物は作ってない。人間に危害を加えるのは禁止されてるからな。それに首を捻れば死ぬような奴らを攻撃したって、つまらないだけだ」
予想の遥か斜め上を行く回答が来た。
「……今の発言に対して質問したい事は山ほどあるけど、危険なものは作ってないし、持ってもいかないって事でいいよね?」
「そう言っただろ」
分かるか!
「それじゃあ、どんなものを持ってくの?」
「それは明日のお楽しみだ。まだ作りかけのものもあるからな。んじゃ、これ借りてくぜ」
貸した鞄を手に取り、ディサエルは私の部屋を出て行った。足音の方向と重たい扉を開閉する音からして、そのまま工房へ入っていったのだろう。工房の扉と壁は特別重厚に作られているのだ。爆発が起きても被害が最小限に抑えられるように。だから爆発物は作ってないと言ったのかどうかは定かではないが……。
ディサエルが工房で何を作っているのか気になるところではあるが、私もそろそろ事務所に戻った方がいいだろう。これもまた、依頼人が来るのかどうか定かではないが、喉が渇いた時には、多数の紅茶やジュースを取り揃えた事務所は便利なのだ。