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第15話 夕食①

 屋敷に戻ると、何やら美味しそうな匂いが漂っていた。もしやと思い厨房を覗くと、案の定ディサエルが夕飯の支度をしていた。


「何作ってるの?」


「クォルポ・ラァプァだ」


「クォ、ル……何?」


 またしても知らない名前の料理を作っている、という事だけは分かった。


「クォルポ・ラァプァ。アプソラル語で『悪魔よ去れ』という意味だ。昔、アプソラル王国へ行った時、丁度悪魔払いの儀式の期間中だったんだ。悪魔払いは三日間行われ、三日目の夜に皆でクォルポ・ラァプァを食べる。身を清める神聖な食べ物を使っているから、これを食べると体の中に住み着いた悪魔が追い払われる。そう信じて皆食べていた」


 そう言っている間、ディサエルは大量のタマネギを炒めていた。


「タマネギが神聖な食べ物?」


「ああ。臭いの強さとか、切ると出てくる涙とか。そういうので悪魔を払えると信じていたんだろう」


「吸血鬼退治みたいだね」


「そうだな」


 じゅうじゅう、とタマネギの焼ける音。そこにソースを加える音が重なる。何の香辛料を使っているのかは知らないが、食欲をそそる匂いがたちまち立ち込める。


「何でクォ……えーっと、悪魔払いの食べ物を?」


「アプソラル王国は、カタ王国と敵対してたんだ。それもあってか、カタ王国と戦争する前にはクォルポ・ラァプァを食べる、という人も多かった。戦う前に身を清めようとしたんだろうな」


 どこの世界のどこの国のことを話しているのかはさっぱりだが、何かをする前に神社にお参りに行くのと同じようなものなのだろう。私も高校や大学受験の前に願掛けをしに行ったものだ。だがそれより気になるのは……。


「カタ王国って、さっき美香ちゃんに見せてもらったノートに書いてあった、あのカタ王国?」


「そのカタ王国。近いうちに相まみえることになるんだから、その前に食べといた方がいいだろ。お前も願掛けするタイプのようだしな」


「あのさ、心が読めるの……?」


「オレを信仰してる奴の心ならな。別に四六時中心を読んでる訳じゃないから安心しろ」


 鼻で笑いながらそう言った。私はいつの間に信者になっていたんだ?


「出会った時からだよ。オレが神だと言ったら、お前は疑いもしたが、多少なりとも信じてみようと思う心もあった。そのおかげでオレは魔法が使える。ありがとな」


「ああ、そう。どういたしまして……?」


 信仰心というものを深く考えたことは無かったが、そんな簡単な事でいいのか。


「オレが神であると分かっていてくれればそれでいい。お前が今まで何を信仰していたのかは知らないが、たとえそれが作り話だと理解していても、そういう名前の神様がいるんだなと思ってくれるだけでオレ達の力になるんだ。深く考えすぎる必要はない。まぁ、その神様にどんな力があるのかも知っておいてくれると助かるがな」


「神様の、力……?」


 雷神なら雷を、風神なら風を操れる、とか……そういう力の事だろうか。


「そう、その力だ。オレの魔法も力の一つだが、一応創造と太陽を司る神でもある」


「一応?」


 妙に引っ掛かる言い方だ。


「初めて会った時に好き勝手言われたりするって言っただろ。エルニクトの後に新しい世界を創造した時、仲間の神達と何を司るか相談して決めたんだ。だが、人間達と関わって、オレ達の話が広まっていくうちに、神の数が増えたり減ったり、何を司っているのか内容が変わったりしたんだ。人種や肌の色の違いで変わる事もあったな」


 何やら聞きなれない言葉が出てきたが、聞きなれなさ過ぎて名前が頭に入ってこなかった。だからそれは無視して、他の事を聞く事にした。口に出していいのかどうか悩む所ではあるが、心を読まれて答えられるよりは、声に出す方が誠実だろう。


「もしかして、破壊神だとか魔王だとか言われるようになったのって、白人から……とか?」


 ディサエルの肌は浅黒い。神であるなら、何千年も生きている可能性がある。黒人差別がいつから行われているのかはさておき、肌の色の違いで神話の内容が変わる事もあるのであれば……多数派にとって都合のいいように変えられる場合もあるのかもしれない。


「どうだったかな。まぁ……少なくともカルバスは白人だったな。んで、妹は誰よりも肌が白い。髪も白い。眼はオレと同じ色だがな」


 無表情でタマネギを炒めながらディサエルは答えた。何だかまた気まずい雰囲気になる話題を出してしまった気がする。昼間と同じ轍を踏みたくはなかったのだが……。いや、だが収穫もあった。今まで妹について詳しい話は何も聞いていなかった。肌も髪も黒いディサエルとは違い、妹のスティルは肌も髪も白い。そう言われると血が繋がっているのか疑わしいが、きっと神なら何でもアリなのだろう。深く考える必要はない。そういう神様なのだと思っておけばいい。


「考え方が身についてきたな」


 フッ、と鼻で笑われた。


「それじゃあついでに妹の力……何を司っているのかも教えてやろう。破壊と月だ」


「破壊……本当はスティルさんが破壊神って事?」


 今までヤバい神様が家に来てしまったと思っていたが、もしかして本当にヤバいのはスティルの方なのか?


「何を司るか相談して決めたって言っただろ。妹だけが破壊神という訳じゃない。国を滅ぼしたのだって、オレと妹の二人でやった事だしな。他にも破壊を好む神はいる。あと重要なのは破壊じゃない。月だ」

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