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第14話 雑談②

「あ、もう授業終わるくらいの時間だ。お二人とも、色々と相談に乗ってくださりありがとうございます」


 なんと、もうそんな時間なのか。高校の授業が何時に終わるかなんて、すっかり忘れてしまった。もっと遅かったような気がしたが、それは部活が終わる時間だったか。


「こちらこそ、協力してくださりありがとうございます。明日はよろしくお願いします」


「ボクからも、そして妹の分も、ありがとうございます」


「はい。明日は臨時講師に話をつけられるよう頑張ります!」


「お願いします。あ、途中までお見送りしますね」


 荷物をまとめた美香と一緒に玄関を出て、庭の通路を歩く。庭には色とりどりの花が咲き乱れており、中には魔法薬の材料として使える植物も混ざっている。


「ここのお屋敷もお庭も、全体的に可愛いですね。なんだかヨーロッパにでも迷い込んだみたいで。探偵というよりも、魔法使いが住んでいそうな雰囲気ですよね」


「え⁉ あ、そう?」


 まさかバレていたのか⁉ こちらの緊張感が伝わらないことを祈りつつ隣を見ると、美香は若干俯きつつ頬を僅かに赤らめさせていた。バレてはいないっぽい……?


「こういうの憧れてて。ちょっと言うのは恥ずかしいんですけど、魔法とか、ファンタジーとか、好きなんです。魔法使いになれたらいいのになって、ずっと思ってて……。でも、高校生にもなって魔法使いになりたいなんて、子供っぽすぎますよね」


 この言葉を聞いて得心が行った。なりたいものが無いから悩んでいるのではない。なりたいものがあっても、それが現実的ではないから悩んでいるのだ。まぁ、それに加えて魔法使いとして言うと、魔法使いは職業ではない。聡先生は古道具屋、桃先生は呉服屋を営んでいるように、生活するためにはお金を稼ぐ手段が必要なのだ。この探偵業もそれなりに稼ぐ事ができればいいのだが……。


 しかしそんな事を美香に言っても仕方がない。それに同じように魔法に憧れ、そして魔法を使えるようになった身として、ガッカリさせるような事を言いたくはない。


「魔法使いになりたいなんて、素敵な事だと思うよ。私も、その……ファンタジー好きだし。魔法の力を信じていれば、きっとなれるよ。魔法使いに」


 ここで「実は私は魔法使いなんだ」と言うべきなのか。「魔法の使い方を教えてあげる」と言うべきなのか。それだけは分からなかった。今彼女に手を差し伸べるべきなのか。ガッカリさせたくないくせに、上辺だけでしかものを言えない自分にガッカリした。


「ありがとうございます。魔法使いになりたいって気持ちを肯定してくれる事ってなかなかないので、そう言ってくださると嬉しいです」


 こちらに向ける笑顔を見るのが心苦しい。


 そうこうしているうちに、魔法の結界の外、普通の人間社会の街並みの中に出た。


「こんな所にあんなお屋敷があるの、初めて知りました。本当に魔法の世界に迷い込んだみたい……」


「そ、そうなんだよね。意外と見つかりにくい場所で、でもファンタジーっぽい雰囲気があって、それでここを事務所にしようって思ったんだよね。そのせいで全然依頼人は来ないけど……」


 今度こそ本当にバレたのかと焦り早口でまくし立てたが、美香は納得したようだった。


「探偵って大変そうですね」


「うん、そうなんだよ。……あ、そうだ。これどうぞ」


 私は懐から『紫野原魔法探偵事務所所長 紫野原翠』と書かれた名刺を差し出した。この名刺を持っていれば、いつでも用は無くとも魔法使いでなかろうとも、事務所に来る事ができる。そういう魔法が掛かっている。


「連絡先が書いてあるから、何かあったらここに連絡してください」


「わかりました。本当に今日は色々とお世話になりました。ありがとうございます。それでは明日、臨時講師と話をしたら連絡します」


「お願いします」


 美香は一礼すると、街中へと消え去っていった。その背中を見送った私は、元来た道を戻る。


「……あ」


 名刺の肩書き、美香にも『魔法』の二文字が見えていただろうか。


「自分じゃ確認できないんだよなぁ……」


 看板と同様、名刺の『魔法』部分も魔法の存在を知らない人には見えないように魔法を掛けてあるが、今の美香には見えるのだろうか。しかしその正解を知る人物の姿はもうどこにも見えない。名刺についた魔力を辿る事もできるが、そんな確認をする為だけに追いかけては、変に思われるだろう。


「ま、いっか」


 魔法に憧れを抱く彼女に、魔法を信じる力を与える一助となるのであれば、それは……怪しまれなければだが、悪い事ではないだろう。いつかきっと、本当の事を言おう。魔法は存在するのだと。

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