その後、まだ授業時間内だから帰りづらいという美香を、放課後になるまで事務所内に留まらせる事となった。初めこそは今日受けられなかった午後の授業分の勉強をする、と息巻く美香だったが、ディサエルがスコーンを焼いて持ってきた時からその勢いは弱まり、いつの間にか談笑が始まっていた。
「さっきのゼリーも、このスコーンも、ディースくんの手作りなの?」
スコーンにイチゴジャムを塗りながら美香が聞く。
「はい。このジャムもボクが作ったものですよ」
「えっ⁉ ジャムまで手作り⁉ 凄い……こんなに美味しいものを手作りだなんて、プロの域だよ」
「いえそんな、趣味で作っているだけなので、お菓子作りを生業としている人達の足元にも及びませんよ」
「いやいや及びすぎだよ!」
そんな会話をするディサエルと美香の姿は、仲の良い友人同士のようにも見えて微笑ましい。もはや”ディサエル”の方が演技で”ディース”が素なのではないか、と思うほどだ。
(騙されるな……騙されるな翠……。こいつは相手が魔法使いであれば、初対面だろうが神だと自称し不遜な態度をとる奴だぞ……)
まぁ実際に神らしいのだが。
「翠さんも遠慮せずに食べて下さい」
美香に表情が見えるか見えないかのギリギリな角度でこちらを向いたディサエルが、ニヤリと唇の端を吊り上げながらスコーンを載せた小皿を差し出してきた。
「あ、ありがとう」
対する私はぎこちない笑みを浮かべて小皿を受け取る。
(やはり”ディサエル”が素か。……というか今、心を読まれたのか?)
なんとも恐ろしい神である。
「翠さんはどうして探偵になられたんですか?」
「んっ⁉」
美香からの突然の質問に、私はスコーンを喉に詰まらせかけた。どうしよう。何て答えよう。
「ん~、何て言うか……その、向いてるんじゃない? って勧められたから、かな」
どうだ? はぐらかせたか?
「誰に勧められたんですか?」
駄目だった。
「先生に……と言っても学校の先生じゃなくて、その……塾の先生に。ところで、どうしてこんな質問を?」
これ以上質問されてボロを出すのは防ぎたい。大人気ないが質問に質問を返す事にした。すると美香は存外真面目な顔をして答えた。
「それが……進路に迷ってるんです。大学に行った方がいいんだろうな、というのは分かるんですが、どうやって大学を選んだらいいのか分からなくって。将来この職に就きたい、とかそういうのも特にないですし……」
なるほど。高校生らしい悩み故の質問だったのか。であればふざけていないで、こちらも真面目に答えてやらねばなるまい。
「何か好きなものとかある?」
「好きなもの、ですか? そうですね……本を読んだり、アニメを見たりするのが好きです」
ふむふむ。このくらいの年齢なら一般的な趣味だろう。私も好きだ。
「それなら、出版関係とか、アニメだと声優、アニメーター、脚本、音響、プロモーション……多分その他諸々」
好きとは言え、それに関する職業がどれだけあるのかはよく知らない。調べれば出てくるだろうが、パッと思いつくのはこのくらいだ。
「好きなものを仕事にしたいと思うかどうかは人それぞれだけど、どんな職業の人が携わっているのか調べて、それを手掛かりにするのもアリなんじゃないかな」
なるほどです。と言って美香は私が言ったことをノートの端に要約して書いた。謎の臨時講師の授業内容もノートに書いていたし、勤勉な子なのだろう。
「今通っている学校はどうやって選んだんですか?」
ディサエルが口を挟んだ。
「うーん、学校見学に行った時に先輩方が楽しそうにしているのを見て、ここなら楽しい学校生活を送れそうだなって思ったから。あと、制服! デザインが可愛いし、何よりスカートだけじゃなくて、スラックスも選べる!」
「へえ。華桜高校ってスラックスもあるんだ」
これはなんとも羨ましい。中学、高校の六年間問答無用でスカートを穿かされた身としては、スラックスを選ぶ事ができるのは本当に羨ましい。
「そうなんですよ! 今日は暖かいのでスカートを穿いてますが、冬場の寒い時期はずっとスラックスを穿いてました。他にもそういう子いますし、毎日スラックス穿いてくる子もいます」
「いいなあ」
本音が駄々洩れするくらい羨ましい限りである。私ももう少し遅く生まれたかった。
「話がズレちゃいましたね。こんな感じで高校を選んだので、大学も同じように、とはいかないですよね」
えへへ……と力なく美香は笑う。確かに大学を制服で選ぶのは無理だろう。
「ですが、前半の学校見学に行って先輩方の姿を見て、というのは参考にできますよ。色々な大学のオープンキャンパスへ行って、そこに通う先輩方の姿を見て考えるのはいかがですか?」
なるほど。ディサエルの言うことも一理ある。百聞は一見に如かず。実際に見て考えるのも一つの手だ。
「オープンキャンパスかぁ。うん。それもアリかも」
そう言って美香は、ノートの端にまたメモ書きをした。