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第12話 もう一人の依頼人④

「本当に大丈夫なんですか? そんな簡単に信じろと言われても……」


 美香は疑いの眼差しで私達を見つめる。美香は何も知らない一般人なのだ。疑うのも無理はない。だが件の臨時講師に会うには美香の助けが必要だ。彼に直接会って拠点まで連れていってもらえれば、カルバスやその手下達を探す手間が省ける。


「そうですよね。いきなり信じろと言われても無理ですよね……。美香さんまで拠点に行く必要はありません。ボクの妹を助けるために、その先生に会わせていただくだけでもお願いできませんか?」


「私からもお願いします。妹を探してほしい、というのがディースさんの依頼です。美香さんの学校に来た臨時講師がディースさんの妹さんと関りがあると判明した以上、この機会を見逃すわけにもいきません。それに、美香さんの依頼……あれ? そういえば、美香さんの依頼は聞いていませんでしたね。変な臨時講師が来たという話だけ聞いて、具体的にどうしてほしいかは何も伺っていません……よね?」


 誰かに話しを聞いてほしいだけ。というならそれはもう済んだ気もするが、ディサエルが入ってきた事でその辺りが有耶無耶になってしまっている。その事に自分でも気がついていなかったのか、美香も間の抜けた表情をしている。


「あー、そうですね。とりあえず誰かに話しを聞いてもらいたかった、というのもありますし、あの先生が何者なのか気になる、というのもありますし……」


 う~ん、と悩み始める美香。具体的な事は何も考えていなかったらしい。だが知らないうちに魔法絡みの事件に巻き込まれ、来ようと思って来たわけでもないこの事務所に辿り着いたのだ。依頼内容は? と聞かれてすぐ答える方が難しいだろう。ディサエルのように、最初からはっきりと依頼内容を答えるほうが珍しいのかもしれない。


 暫く悩んだ末、美香は口を開いた。


「私の依頼は、臨時講師の正体を突き止める……で、いいでしょうか。何をしにきたのか、何で他の先生は臨時講師の事を知らないのか、気になる事ばかりですし。それに……」


 そこで言葉を区切って、美香はディサエルをじっと見つめた。


「こうして話を聞いた以上、ディースくんの妹ちゃんの事も心配です。あの先生が何者なのか、その背後には何があるのか。それを突き止めてください。お願いします」


「それじゃあ……」


「はい。妹ちゃん探しのお手伝いをさせていただきます! お二人があの先生に会えるように、交渉してみます!」


「ありがとうございます!」


 あまりの嬉しさに、私は思わず立ち上がってお辞儀をした。


「ボクからもお礼を言わせてください。妹のために協力してくださり、ありがとうございます」


 ディサエルも立ち上がり、胸に手を添えながらお辞儀をした。やっぱり執事っぽい。


「そ、そんな大袈裟な事しないでください! まだお手伝いすると言っただけで、何もしてないんですから」


「全然大袈裟なんかじゃないですよ。その気持ちだけですっごく嬉しいんですから」


 何もしてない、なんて事はないのだ。じっくり考え、決断を下した。それだけで十分に事を成している。その事が嬉しいから感謝の意を述べたいのだ。


「そうですよ。ありがとうくらい言わせてください。美香さんのおかげで手掛かりを得る事ができたんですから」


 ディサエルも毒気の無いにこやかな笑顔で返す。その顔を見るだけで、喜んでいるのが伝わってくるほどだ。


「ど、どういたしまして……。手伝うと言っただけでこうも感謝されると、ちょっと恥ずかしいです……。けど、喜んでいただけると、なんだか私も嬉しいです」


 頬を上気させ目を逸らしながら美香はそう言った。


 とりあえず、まずは件の臨時講師に会う事が決まった。次の問題はどうやって会うか、だろう。どんな口実で会うのか。また、こちらの正体を隠すために身分を偽る必要もある。学校内で会うとしたら、そもそもどうやって学校に入るのか。美香とどういう関係にあたる人物として学校へ行くのか。考える事は沢山ありそうだ。


「それでは、どうやって私達がその先生と会うか。その手段を考えましょうか。いつ会うのか、何故会いたいのかという理由も必要ですね」


「理由はボクがさっき言った、カタ神話に興味を持ったとか、本物のカルバスに会いたいとかでもいいかと思います。ですが、どうやって美香さんからその話を聞いたのかもでっち上げないといけませんね。事務所に相談に来たから、では怪しまれて終わりです」


「そうですね。探偵さんとその助手の方です、と紹介するわけにもいかないですよね。うーん、塾の先生と、そこで知り合った子、とか……でも私、塾に通ってないから、この手は駄目かな」


 三人であれやこれやと時間をかけて話し合いをした結果、以下の事が決まった。


・臨時講師と会う日時は今週木曜日又は金曜日の放課後。

・場所はできれば学校内(何故他の教師が臨時講師の存在を知らないのか調査する為)

・まずはより詳しくカタ神話の事を聞き、後日カルバスに会えないかと相談する。

・翠と美香は従姉妹、ディースはホームステイに来ている留学生で翠はそのホスト、という設定。

・学校に入る時はディースに日本の学校を紹介させる為に来た、と言えばいけるか?


「とりあえずは……これでいけるかな」


 最後の「?」に不安が表れているが、上手くいくかどうかなんてやってみなければ分からない。


「まずはその先生がボク達に会ってくれるかどうかが問題ですからね」


 それもその通り。臨時講師が私達に会ってくれなければ、計画した意味が無くなってしまう。


「う……責任重大ですね。頑張ります!」


 この計画は、美香が臨時講師に私達と会う約束を取り付けてくれるかどうかに掛かっている。その責任を感じた美香は、自分を鼓舞するように拳を握りしめた。


「美香さん、お願いしますね」


「はい!」

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