時に、一瞬が永遠と思われるような時間を過ごす事がある。その一瞬の永遠には、張り詰めた空気が流れる。緊張感が高まり、息が詰まる。海の中で水を掻き分け、もがき、足掻き、やっとの事で海面にたどり着いて空気を吸う。
何故こんな事を書いたかって? たった今、そんな時間を過ごしたからだ。
美香も同じような時間を過ごしたのか、口をパクパクさせている。二の句が継げないのだろう。無理もない。変な宗教絡みの相談でここに来たと言うのに、来たら来たで神は存在すると言われたのだ。明らかにディサエルを見る目が変わっている。ここは私が何か言うべきだろう。
「美香さん。信じられないかもしれないけど、本当にいるようなんです。その……神が。ディサ……ディースさんはそのカルバスという神に実際に会ったそうで、しかも追われていると言うので、それもあってここで匿っています」
魔力が蓄えられるまで住まわせろと言うからでもあるのだが、それは黙っておいた。
「それじゃあ……ディースくんは、別に、その……洗脳されているわけでは、ないんですね……?」
恐る恐る口を開いた美香は、強張った顔でディサエルを見る。その目には疑惑の色が浮かんでいる。
「そのように思われるのも無理はありませんが、ボクは事実を言ったまでです。カルバスはこの街のどこかにいます。今もなお、妹を捕らえたまま……」
ディサエルは悔しそうな顔で歯噛みする。それを見た美香ははっとした表情を浮かべ、申し訳なさそうに俯いた。
「あ……妹ちゃんが攫われてるんだったね。ごめんなさい。心配だよね、妹ちゃんの事」
「いえ、いいんです。ボクも妹から話を聞いた時は信じられなかったので。でも、この目で本物を見たら、信じるしかなくって……。妹の心配をしてくださり、ありがとうございます」
ディサエルは口元に微かな笑みを浮かべてそう言った。何だか私まで心を痛め、ディサエルのこの発言を全て信じきってしまいそうになる。そんな笑みだ。危ない危ない。妹から話を聞くも何も、その妹も、このディサエルも、本物の神なのだ……多分。
とりあえず美香が相談しに来た話と、ディサエルの依頼内容に共通点が存在する事が判明したのだ。話を先に進めよう。
「美香さんが聞いた話と、ディースさんの妹さんが聞いた話が同じなら、美香さんの学校に来た臨時講師が妹さんの事を、何か知っている可能性がありますね。きっとその臨時講師はカルバスの信者でしょうし、何の為かは分かりませんが、妹さんが捕らえられている拠点から送り出されたのかもしれません」
相手も信仰心を力に変える神なのだ。ならば送り出された理由は、信仰心を集める為だろう。だがそれを美香のいる前で言う訳にもいかず、はぐらかした。しかしそんな私の気持ちを知ってか知らずか、ディサエルが口を開く。
「妹は、神には信仰心が必要なんだと言っていました。なので、信仰心を集める為に来たのではないでしょうか」
折角言わないでいたのに、言われてしまった。でも私が言うよりは、ディサエルなら「妹がそう言っていた」という一言を加えるだけで自然に聞こえるからいいのかもしれない。
「信仰心? それを集めてどうするの?」
魔法や神のことを知らない一般人の美香は、当然のように疑問を口にする。
「信仰心の強さが、神の強さに繋がるんだそうです。信じる力が強い程、神も強くなる、と」
「はぁ……そういうものなんだ。でも、何でうちの学校なんだろう。他にも学校あるのに」
「それはボクも分かりません。他の学校にも来ているかもしれませんが、わざわざ一校一校訪ねて変な教師が来ていませんか、と聞く訳にもいきませんし……あ、そうだ」
何か思いついたのか、ディサエルが目を輝かせ、唇の端を吊り上げる。
「美香さんの学校へ行って、その臨時講師に会わせていただけませんか?」
ディサエルの思いつきに、私と美香は目をぱちくりさせた。
「直接会って話を聞けば、詳しいことが分かるじゃありませんか! 授業を聞いてカタ神話に興味を持ったからもっと詳しく知りたいとか、本物のカルバスに会いたいとか言えば、きっと奴らの拠点に連れていってくれますし、拠点に入っちゃえば妹を探し出して連れ出す事もできます!」
自信満々に言い切るディサエル。だがしかし、危なくないのか? まだディサエルの魔力は十分じゃない。それなのに拠点とやらに行っても、返り討ちに合ってしまうのではなかろうか。
「でも、それって……ミイラ取りがミイラに、って感じにならない?」
美香もごく一般的な視点で心配している。自分たちまで変な宗教に染まらないか心配するのは、当然の事だろう。
「大丈夫です。ボクを信じてください!」
「……!」
そうか。そうじゃないか!
ディサエルも神だ。信仰心を力に変える神なのだ。ディサエルには奴らの拠点に行って妹を連れ出すことができる。そう信じればそれが力となり、本当にその通りになるかもしれない!
「私は信じるよ、ディースの事。私達なら、その拠点に行って妹さんを助ける事ができるって信じる」
己の言わんとする事が私に伝わって嬉しいのか、満足したようにディサエルは頷いた。その顔は美香向けのディースのものではなく、何だか鼻につくディサエルのものだった。