目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 もう一人の依頼人②

「いらっしゃいませ。話声が聞こえてきたものですから、何かお茶請けをと思ってゼリーをお持ちしました。みかんゼリーなんですが、アレルギーはございましたか?」


「いいえ。アレルギー無いので大丈夫です。ありがとうございます」


「それはよかった。どうぞ、お召し上がりください」


(誰だ?)


 ディサエルだ。


「所長もどうぞ」


「あ……ありがとう……」


 ディサエルなのだが、こんな丁寧な喋り方をする神だったろうか? こんなにこやかな笑みを浮かべる神だったろうか? しかもちゃっかり自分の分のゼリーも持ってきている。ティーカップまで用意して、私の隣に座った。真っ黒なスーツを着て紅茶を注ぐ姿は、執事の様に見えなくもない。


「何のつもり?」


 私は小声で尋ねた。


「こいつの話はオレの依頼と関係がありそうだからな。もう少し詳しい話を聞きに来た」


 笑顔のままいつもの口調に戻ったディサエルも小声で返す。そうしてまた美香に向き直った。


「申し遅れました。ボクはディースと言います。ボクもこの探偵事務所の依頼人ではありますが、まだ高校生なのでお金も無くって、その分ここでお手伝いさせていただいてます」


 今の話にどこからツッコミを入れればいいのか迷いつつも、それを顔に出さないよう何とか堪えた。


「え、あなたも高校生なんですか? 大人っぽく見えるから、てっきり年上かと思いました」


 私の表情でディサエルの噓がバレることも無く、美香はこの話を信じたようだ。


「まだ高校一年生です」


「しかも年下⁉ 全然そうは見えない……」


 しかも口元を抑えながら驚いている。美香ちゃん、そんな簡単に信じないで! ここの依頼人だって話以外嘘だから! むしろよく怪しい先生の話を信じなかったね⁉


 対するディサエルは「よく言われます」なんて言いながら笑っている。なんてこった。私も初対面で神だとか言われなければ、信じてしまいそうな笑顔だ。実際、十五、六歳と言われても「外国人だとそれくらいだろうな」と納得しそうな見た目をしているのだ。


「盗み聞きをする訳ではなかったんですが、話が聞こえてきて……。変な宗教の勧誘みたいな事をされたと言っていましたよね。実はボクも似たような事があって、それで……妹が、奴らに洗脳されて……奴らの拠点に捕らえれれて……」


 しおらしく項垂れて、可哀想な被害者を演じている。いや、実際に被害者だし、妹は攫われているのだが、第一印象が第一印象なだけに大した役者だなと思ってしまう。


「そんな事が……」


 美香の方もディサエルの言っている事を信じきって、可哀想な被害者を見るような目でディサエルを見ている。本当に大した役者だ。


 この辺りで何か言っておかないと、またディサエルに主導権を握られる。そう思って私も口を開いた。


「それで、この子達二人だけで日本に来ているそうですから、一人にしていたら危ないだろうと思ってここで匿っているんです。依頼料の事なんて気にしなくていいって言ったのに、手伝いまでしてもらって……」


 何勝手に話を作っているんだ。という目でディサエルを見る。


「ただでここに置いていただくだけでは失礼ですから」


 にこにことした笑顔で返してくる。くそう。表情から何も読み取れない。ただの良い子にしか見えない。


「ええっと、お名前は……」


「羽山美香です。美香でいいですよ」


「はい。それでは、美香さん。もしよろしければ、もう少し詳しいお話を聞かせていただけませんか? もしかしたらボクの依頼と関係があるかもしれません」


 やっぱり主導権を握られた。どうもディサエルには敵いそうにない。そもそも神なのだから、端から勝てる相手ではないのだろう。それでも何か言っておかないと、所長としての立場が危うい。「私からもお願いします」とだけ言っておいた。


「詳しい話……何を話せば……あ、そうだ。ノート」


 美香は鞄から一冊のノートを取りだした。表紙には丸っこい文字で『世界史』と書かれている。


「怪しさ満点の内容でしたけど、一応授業なのでちゃんとノートはとらないとダメかな、と思って人の名前とか、何をしたのかとか、書いておいたんです。これを見れば、ディースくんの依頼と関係あるか分かりますよね?」


 該当するページを探し出した美香は、こちらが文字を読みやすい向きにしてノートを机の上に置く。美香が「聞いた事も無いような国とか人の名前が出てきた」と言ったように、確かに聞き覚えの無い名前がズラリと並んでいる。中には上手く聞き取れなかったのか、合っているのか自信がないのか、横に小さく「?」と書かれているものもある。


 そこにはこんな事が書かれていた。


・カルバス

 カタ王国に伝わるカタ神話の最高神。カタ王国の王子だった。女神のスティルに一目惚れして、自分を神にするように頼んだ。戦いの神でもある。


・スティル

 カタ神話の女神。一番美しい女性。カルバスの妻。太陽の神。魔王に操られカルバスを神にするのを拒んでいた。


・ティサエル?

 カタ神話に登場する最悪の魔王。破壊の限りを尽くす。スティルを裏で操っていた。悪い事が起きるのは全てこの魔王のせい。


・アドルスクの戦い?

 カルバスがティサエルを倒した戦い。カルバスは国の騎士団を率いて戦った。勝利した後魔王を封印したが、最近復活した?


 ここまで読んだ私は、隣に座るディサエルを盗み見た。侮蔑するような目でノートを見ていたディサエルは、私の視線に気づいたのかこちらを向いた。その表情は真剣そのものだった。私が何か言おうとする前にゆっくりと頷き、美香の方を向いて言う。


「まさにこれです。妹が言っていた事と同じです。このカルバスという奴に妹は捕らえられました」


 やはりそうか。ノートには濁点がついていないが、ティサエルは勿論ディサエルの事だろう。スティルというのはきっとディサエルの妹だ。そしてそのスティルを捕らえたのがカルバスという神なのか。


「それじゃあ私が聞いた話とディースくんの依頼は、関係あるって事だね。でも……あれ? カルバスってこの話の中に出てくる神の事だよね? その神が実在するって言うの?」


 何おかしな事を言ってるの? とでも言わんばかりに美香は笑った。だが真顔のディサエルを見て、その笑い声は止まった。


「実在……するの?」


 美香の目を真っ直ぐ見つめ、ディサエルははっきりと言い放った。


「神、カルバスは実在し、今この街にいます」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?