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第5話 魔法使いになった訳②

「あ、でも、杖って必要じゃないんですか?」


 魔法を信じる事が大切だと言われても、やっぱり杖は欲しい。私は昔から杖を振って魔法の呪文を唱える事に憧れを感じていた。


「魔法の杖が欲しいのかい?」


 こくこく、と興奮しながら首を縦に振る。


「私は杖を使わないから持ってなくてねぇ……。持ってそうな人に電話するから、ちょっと待ってて」


 桃は立ち上がって座敷を後にしようとし、あ、と何かに気づいたような声を出して振り返る。


「ごめんごめん。お菓子出してなかったねぇ。生八ツ橋はニッキとチョコ、どっちが好きだい?」


「えっと、チョコが好きです」


「チョコだね」


 さっと桃が手を振ると、机の上にチョコレート味の生八ツ橋が出てきた。


「魔法って便利だろう?」


 桃はウインクをして、今度こそ座敷を後にした。


「凄い……」


 その後ろ姿に尊敬の眼差しを向けながら、私はいつか自分もああなるんだ、と強く願った。


 お茶を飲み、生八ツ橋を食べながら待っていると、一つ食べ終えた頃に桃は笑顔を浮かべながら座敷に戻ってきた。


「お待たせ。私に魔法を教えてくれた人が魔法道具を作る職人でね、その人が自分で作った魔法の杖をあげてもいいって言うから、今からその人の所に行こうか」


 この知らせを聞いて、私は興奮して立ち上がりながら返事をした。


「はい! 行きます!」


 遂に自分の杖が手に入るんだ!


「うん。いい返事だ。それじゃあ先生のお店はこの近くだから、一緒に歩いていこうか」


 桃に連れられ店を出る。先生のお店、とやらに着くまでの短い時間の中でも、桃は色々な事を教えてくれた。防犯用の魔法を掛けているから店の周りの魔力が濃く見える事、魔法使いは大抵の場合魔法使いの家系に生まれる事、そういう魔法使い達は魔法使いだけが暮らす街に住んでいる場合が多い事、生まれつき魔力が見える魔法使いはそう多くない事、両親が魔法使いじゃないのに魔力が見えるのは、先祖に魔法使いがいる場合がある事、等々。


「さぁ、着いたよ」


 辿り着いたのは、老舗の二文字が似合いそうな、いかにも京都っぽい雰囲気を醸し出す古めかしい建物の店だ。『篠原道具店』という看板が掛かっている。そしてやっぱり建物の周りの魔力が濃く見える。ここも防犯用の魔法が掛けられているのだろう。


 桃が戸を開けながら挨拶をする。


「先生、こんにちは。お邪魔しますよ」


「お、お邪魔します」


 私も後に続いて入っていく。魔法道具を作る職人、と言っていたが、店内に並べられた品物は箪笥や茶道具や何に使うのか分からないが昔から日本にありそうな道具等であり、魔法っぽさはどこにもない。


「やあ桃、いらっしゃい」


 店の奥から低い声がした。暗がりから出てきた声の主は、白髪交じりの髪と作務衣の似合う男の人だ。この人が桃の言う先生だろう。


「その子がさっき言ってた子?」


「ええ、そうです」


 先生は私の目線の高さまで屈み、優しそうな笑顔をこちらに向ける。


「初めまして。僕は篠原聡です」


「あ、は、初めまして。えっと、翠です」


 緊張して苗字を言い忘れたが、先生は気にする事なくゆっくりと頷いた。


「ミドリさんだね。名前はどんな漢字で書くのかな」


「羽の下に卒業の卒です」


「なるほど。翡翠のスイの字だね。カワセミとも読む。なるほどなるほど。参考になったよ。ありがとう」


 参考? 何の参考にするのだろうか。私が首を傾げていると、先生は立ち上がりながら説明した。


「桃から聞いたかもしれないけど、僕は魔法道具を作る仕事をしていてね。依頼されて作る時もあれば、自分の気の向くままに作る時もある。依頼されて作る時にも、気の向くままに作る時にも、大切にしている事があってね。それは、どんな人がこの道具を使うのか想像する事なんだ。大人か子供か。男か女か。背が高いか低いか。大人しい人なのか溌剌とした人なのか。こんな人に使ってほしいと思いながら作ると、良い道具が出来上がるんだ」


 こっちに来てくれるかな。と言って先生は店の奥へと歩いていった。私と桃はその背を追いかける。歩いている間も先生は説明を続けた。


「実は名前も大切でね。その名前に込められた想いや意味、それは魔法を使う時にも重要な役割を果たす。火を出す魔法を使うのに、水よ出ろ、なんて言わないだろう?」


 なるほどな、とぼんやり思いながら聞いていると、先生は大きな扉の前で足を止めた。その扉は普通の人が見れば何の変哲もない木製の扉だが、私の目には魔力で出来た模様が描かれているのが見えた。


(どんな魔法が掛かっているんだろう)


 小さな花のような美しい模様に、私は少しの間見とれていた。


「君は魔力が見えるんだってね。これは魔除けの魔法なんだ。ちょっと矛盾してるけどね。この扉に使われている木材も、描かれているのもナナカマドだよ」


 先生はそう説明してくれたが、ナナカマドがどんな花を実らせる木だったか覚えがない私は「そうなんですか」としか返せなかった。家に帰ったら調べてみよう。


「表向きには古道具屋だから店内にはそうした商品を並べているけど、魔法使い向きには魔法道具屋だからね。そうしたお客にはこの中に入っている魔法道具をご案内するんだ。君にぴったりな杖もあるから見てくれるかい?」


 柔和な笑みを向けてくる先生に、私は頷きを返した。私にぴったりな杖! どんな杖なんだろう!

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