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第4話 魔法使いになった訳①

 この世界にも魔法が存在する。私がそれを知ったのは、小学六年生の頃だった。


 物心がついた時から、他人には見えていないものが見えていた。見えているから「あれ見て」と言っているのに、家族も、友達も、先生も、誰も彼もが何も見えないと顔をしかめる。どうやらこれは見えてはいけないものらしいと悟った時には、周囲の人間からは見えないものとして扱われるようになっていた。


 小学六年生の修学旅行で京都に行った時の事。班ごとの自由行動で京都市内をぶらぶら歩いていると、今まではぼんやりとした靄のように見えていたそれが、突然くっきりと見えた。驚いた私は、瞬きして、目をこすって、もう一度それを見てみると、やっぱりはっきりくっきり見える。


「どうかしたかい?」


 誰かに話しかけられはっとして我に返ると、目の前に着物姿の女性が立っていた。話し掛けてきたのはこの人らしい。


「修学旅行生かい? 着物好きなの?」


「あ……えっと……」


 言われてここが呉服屋である事に気がついた。周りを見ると、自分とこの女性しかいない。同じ班のクラスメイト達はとっくにどこかへ行っていた。きっと私が呉服屋の前で立ち止まった事にも気づいていないだろう。


「はい。修学旅行で来ました。着物は、その……綺麗なので好きです」


 何か言わねばと思った私は、先の質問に答えた。


「そうかい、嬉しいねぇ。それじゃあ魔法も好き?」


「え……?」


 予想外の質問に、私はぽかんとした表情を浮かべた。幼少期に魔法少女が出てくるアニメを見たり、魔法使いが主人公の映画を見たりしていたのもあって、魔法は好きだ。だが何故今そんな質問をするのだろう?


「おや、気づいていないのかい? 見えたからここで立ち止まったものだと思ったんだがねぇ」


 見えたから……?


「あの、お姉さんも見えるんですか?」


 今までずっと、これが見えるのは自分一人だと思っていた。まさか他にも見える人がいるというのか!


「ああ、よく見えているよ。まだ時間は大丈夫かい? よかったら中に入って、美味しいお茶とお菓子を食べながら、君と私が見えているものについて話をしようじゃないか」


 そう言って着物の女性は私を店内へ招き入れた。色とりどりの着物が飾られた店内は、心が落ち着く香りで満たされていた。


 それが私に魔法を教えてくれた恩師、篠原桃との出会いだった。


「君に見えているものは、魔力と呼ばれるものだよ」


 私を店内の座敷に案内し、急須に入ったお茶を湯呑に注ぎながら、桃はそう言った。


「魔力は大気中に存在しているから、魔力が見える人はいつも視界に薄い靄が掛っているように見えるんだ」


 君もそうだろう? と言いながら、桃は湯呑を差し出した。お茶は綺麗な薄緑色をしている。いただきますと言って私はそれを一口飲んだ。美味しい。


「魔法を使うと魔力がそこに集中するから、散らばっていたものが一気に集まって、それで濃くはっきりと見えるようになる。たとえば、あそこの兎の置物」


 桃は部屋の隅に置かれている古めかしい戸棚の上の、可愛らしい兎の置物を指さした。


「あれを魔法でここまで持ってくると……」


 兎の置物はひとりでに宙に浮き、ふわふわと漂いながらこちらにやってきて机の上に着地した。


「通った所に魔力が集まって、線を描いたように見えるのが分かるかい?」


 桃の言う通り、兎の置物が置かれていた場所から机の上まで線を引いたようにそれが――魔力が見えていた。そしてその線は、少し細くなってはいるが桃にも繋がっていた。


「凄い……!」


 生まれて初めて目の前で見た魔法。物を動かす、という単純そうな魔法ではあるが、魔法が現実に存在する事、今まで見えていたものは魔力である事を知り、私はいたく感動していた。


「そんなに目を輝かせてくれるとは嬉しいねぇ」


 桃は朗らかに笑いながらそう言った。


「あの、私にも魔法が使えるようになれますか? 両親が魔法使いじゃないのでマグル生まれなんですけど……」


 私の言葉に桃は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにまた笑い出した。


「大丈夫だよ。私もマグル生まれだけど、こうして魔法が使える。魔法を使うのに大事なものが何か知っているかい?」


「えっと……魔法の杖、ですか?」


 桃は頭を振った。


「それじゃあ、呪文?」


 またしても桃の頭は左右に振られる。


「ううん……」


 杖でも呪文でもないのなら、一体何が大事なのだろう。私は頭を悩ませたが、何も思い浮かばない。


「ちょっと難しかったかな。でも、答えは簡単なものだよ。君は魔法を信じているのかい?」


「はい」


「ほら、簡単だろう? それが答えだよ」


「?」


「正解はね、魔法を信じる事」


「魔法を、信じる? 魔法を信じれば、魔法が使えるんですか?」


 首を傾げる私に、桃は頷きを返した。


「そう。今やったみたいな物を動かす魔法であれば、その物が今ある場所から別の場所まで動く事を信じたから、魔法で動かす事ができた。魔法を使って何をするか。これをイメージして、それができる、と信じるだけで魔法は発動する。まぁ、魔法使いの家系に生まれたなら魔法の存在は当たり前だから、そういうのを意識していない人もいるみたいだけどね。でも、信じることは、本当に大切な事だよ」


 桃は私の目を見据えて言った。信じれば魔法は使える。魔法使いになれる。桃の目はそう物語っていた。


 私でも、魔法使いになれるんだ!

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