「オレはディサエル。神だ。妹を探すのを手伝ってほしい」
そう言ってソファに座りながら、出した覚えもない紅茶を優雅に飲む目の前の人物を見て、私――
(新手の宗教勧誘か?)
ここは開業一日目の探偵事務所である。とある事情から大々的に宣伝はしていないし、私は名前が売れている訳でもない新人だ。その為、初日から客が来るとは思ってもいなかった。だが己を神と名乗る人間が来るなんてそれ以上に思ってもいなかった。
(でも妹を探すのを手伝ってほしいって言ってるから、依頼人なのか?)
この恐らく依頼人と思われる人物は、褐色の肌に漆黒の髪、シャツまで真っ黒なスーツに黒いツヤのある革靴と、あれこれ黒づくめだ。しかし瞳の色と、それに合わせたようにネクタイの色の二ヶ所だけが赤い。それに加えての神発言に出所不明の紅茶である。勧誘に来たにせよ依頼を持ってきたにせよ、そして本当に神であるにせよ、ディサエルと名乗ったこの人物がどんな人なのか気になった私は、ひとまず当たり障りのないところから質問する事にした。
「妹さんは行方不明なんですか? 警察には相談しましたか?」
「行方不明と言えば行方不明なんだろうが、この街にはいるはずだ。あと警察には行ってない。警察に相談できないことを相談する為に、この探偵事務所が存在しているものだと思っていたんだが……違うのか?」
「ああ、ええ。まぁ」
警察に相談できない事を相談する場所を作る為にこの探偵事務所を作ったのはその通りだ。それは大々的に宣伝していない事情にも繋がっている。だがその事情を知るのは私を含めて数人しかいない。その中にディサエルは当然含まれていない。何故それを知っているのか、どこでそれを知りえたのかが分からず、生返事をするしかなかった。
「て言うか、お前の力を必要としているからここに来ることが出来る。そういう場所だと思っていたんだが?」
「まぁ……確かに、そうです。そういう場所です」
この人物は何をどこまで知っているんだ?
「そういう訳だから、手伝ってくれるよな?」
ただひたすらに事実だけを――神だというのも事実だとすればだが――述べていくディサエルに、私はただひたすらに圧倒されていた。この場を制しているのはこの事務所の主である私ではなく、目の前でソファにゆったりと座り紅茶を嗜む自称神、ディサエルなのだ。相手が第一声を発した時点から、相手のペースに飲まれていたのだ。そのことに漸く気がついた。
「手伝うかどうか決める前に、いくつか質問してもいいですか?」
「もちろん」
ディサエルはニヤリと笑った。まるで今からどんな質問をされるのか、全て分かっているかのように。
「まず、本当に神様なんですか? ディサエルなんて名前の神様、聞いた事ないんですが」
「正真正銘、本物の神だ。だがこの世界の神じゃない。別の、幾つかの世界で神と崇められている。ああ、もちろん妹も神だ。双子の神なんだよ」
「別の、幾つかの世界?」
そういう設定でも考えてきたのか?
「異世界とか、マルチバースとか、聞いた事あるだろ? 世界は無数に存在する。その中の幾つか……幾つだったかは正確には分からないが、とにかくオレと妹は、幾つかの世界で神と崇められている。まぁ中には破壊神と創造神だとか、女神と魔神だとか、話が伝わる過程で神話の内容も変わったのか色々好き勝手に言われたりもするが、神は神だ。証拠もあるぜ」
ディサエルがそう言うと、机の上に本が数冊現れた。どれも見た事の無い文字でタイトルが書かれており、装丁もバラバラ。本がひとりでに開くと、そこにはどれも私には読めない文字が並んでいる。
「これに書かれているのはオレと妹が世界を創造した、という話だな。こっちはオレが世界を滅ぼして、妹が修復した話。これは妹が良い行いをした人を神にしてやる話。おお、頭が三つもある怪物にオレがなってる話もあるぜ」
どうやら破壊神とか魔神とか言われている方が来てしまったらしい。私は己とこの街がどうか無事でありますように、と近所の神社で祀られている神に願った。
「おいおい、目の前に神様がいるってのに、他の神様にお願い事か? 寂しい事してくれるじゃねぇか」
「え……?」
私はぞくりと寒気を感じディサエルの顔を見ると、目の前の神はニタニタと恐ろしい笑みを浮かべていた。
「こんな至近距離にいるんだ。神に何か願えばすぐ感じ取る事ができる。それがオレ以外の神への願いでもな。安心しろ。この街を破壊したりなんかしない。言っただろ、好き勝手に言われたりするって。好き勝手に解釈して書かれたのが神話だ」
「……そんな言い方したら、他の神様に怒られませんか?」
「大丈夫だ。大体みんなそう思ってる……はずだ」
「はぁ……。えっと、それじゃあ、破壊神ではないんですね?」
「破壊しようと思えばできるがな」
答えになってないし不安しかない。
「まぁ、とりあえずオレが神だって事は信じてくれたな?」
この会話でどう信じろと言うのだろうか。だがわざわざこんな設定を考えてまでここに来るメリットは無いはずだ。それに近所の神社の神に向けての願いがすぐにバレた。ここまできてしまっては、一切信じないというのも無理がある。
「半信半疑、ではありますが……」
「それでいい。少しでも信じてくれるなら、オレとしてはありがたい。信仰心がないと力も使えないからな」
「信仰心?」
「ああ、信仰心。人間でいう栄養素みたいなものだ。それがないと生きていられない。力も出ない。オレが神として崇められている世界であれば信仰心は勝手に集まるが、ここはそうじゃないからな。誰かオレを信じてくれる人間がいないと力が使えないんだ。信じる力を魔法に変換する魔法使いなら、この話は理解できるだろ?」
そう言うと、ディサエルは私の目をじっくりと見た。なるほど。次はこの質問をしろ、という事か。ならば質問してやろう。
「何で私が魔法使いだと知ってるんですか?」