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第9話 大物喰い

 勢いよく両の腕を振り抜いて、俺は宝石と香水をぶちまけた。

 狙いはもちろんクラノス。

 だけど、彼女にダメージを与えるつもりはない。いや、俺ではダメージを与えることは難しいだろう。


 ディダルにさえ、僅かなダメージしか与えることのできなかった俺の魔法だ。

 一流のタンクを前では賑やかしにしか過ぎない。

 それで


「代償魔法!」


 両手を合わせて、2つの宝石を生け贄に捧げる。

 砕かれた宝石は爆発を起こしはじけ飛んだ。付近にあった香水の瓶を砕き香りをぶちまけながら。


「はぁ……?」


 俺が何をするのか、クラノスは勘づいていないようだ。

 好都合。

 次の手を準備しつつ、俺は成り行きを見守った。宝石が爆ぜただけじゃない。砕かれた宝石は、砕かれたことをトリガーとして魔法を発動する。


 サファイアとルビー。

 氷の魔法が込められたサファイアに。

 炎の魔法が込められたルビー。

 同時に発動したそれらはお互いを打ち消し合って……姿を変えた。


 水蒸気がクラノスを取り囲むように発生。完全にその姿を白煙に隠していく。

 それは裏を返せばクラノスからも、俺を捉えることが難しくなったということだ。


 それを視認後、俺はクラノスに呪符を放り投げる。

 これですべての準備は整った。


「なるほどな。視覚を奪ったか……だがよ、音でテメェの居場所くらい分かるんだよ!」

「だろうな……」


 もちろん。その可能性は考慮していた。

 だからこそ、この召喚符だ。


 懐から召喚符を5枚取り、周囲に放り投げる。


 地面に着弾した瞬間。呪符は溶け蓄音機を召喚。俺は一斉にそれを己の魔力で操った。


「~~ッ!」


 不協和音。

 5つの蓄音機が、まったく噛み合わず耳障りな音楽を奏でた。それも、かなりの大音量で。

 観客の悲鳴も聞こえ始めた。


「は! そういうことかよ! 視覚、聴覚、嗅覚を潰したつもりかァ! 雑魚にしちゃあよく考えてきたじゃねぇか!」


 俺が用意した音をかき分けて、クラノスの怒声が耳をつく。

 大した声量だ。観客たちの声も、フィリアさんの声も、すべてかき消されているというのに。蓄音機の出力を引き上げるとしよう。


 クラノスは喋っている途中だが、二の句は読めている。


 そこまでやっても、オレに傷1つつけられねぇ雑魚にしちゃあなァ!


 くらいだろうか。


 なんたって、その通りだからな。


 ここまでお膳立てをしても、クラノスに対する有効打はゼロ。こうして時間を稼いだところで1分持てばいいところ。

 その1分間であの鎧を崩す術を用意するのは――俺の力では天と地がひっくり返ったって不可能だ。

 俺の力では――だが。


「そろそろ時間だな」


 俺はトドメの準備をして、蓄音機の音が切れかかっていることを確認した。

 同時に白煙も薄くなっていく。

 ぼんやりと、あの巨大な鎧の輪郭が浮き彫りになった。


 音が止んだ。


「結局何もできてねぇじゃねぇか。一発ぐらいは思い出にオレを殴らせてやろうと思ったんだが、ビビっちまったか?」


 クラノスが盾を振るえば、水蒸気が一気に晴れる。


「ビビってるのはどっちだ? 水蒸気が晴れるまで微動だにしなかったのは、恐かったからだろう? 今だって、自分から仕掛けずに様子見をしてるのが何よりの証拠じゃないか」

「は……?」


 一気に煽る。

 ここでクラノスに冷静になって貰っては困る。絶対に状況を俯瞰させてはいけない。冷静さを取り戻した時点で、俺の敗北が決定してしまう。

 だから俺は間髪入れずに、ドバドバと油を注ぎ入れた。


「Eランク冒険者にこうまで時間をかけて、Sランクの名が泣くぞ。悔しかったら大技の1つでも見せてみろよ。まぁ、臆病なクラノス・アスピダには――難しい話だろうけどな」

「……」


 よし。

 ここまで煽れば、大丈夫だろう。

 俺は衝撃に備えた。


「よぉし! ぶっ殺す!」


 盾を構えて、クラノスは叫んだ。

 赤黒い魔力が盾に集まっていく。最早視認する必要すらない。クラノスの大技だ。

 迸る魔力が、こちらの肌までひりつかせた。これ、受け方を間違えたら死ぬな……。


 そんな嫌な確信と共に、俺も腹を括る。

 俺の勝機はここにしかない。


「地の果てまで……吹き飛びなァ!」


 雷鳴が鳴った。

 盾が爆ぜる。凄まじい推進力を伴って真っ直ぐに向かってくるそれ。最早盾ではなかった。


 ギロチン。


 赤と黒が混じり合った禍々しいそれ。人の首を断つには十分過ぎる威力。いや、龍の首ですら取るだろう。そう思わせる迫力があった。


 だから俺は――これを利用する。


「空間魔法! 座標固定。呪符起動!」


 ずっと、用意していたそれを手繰る。

 速すぎて目では追いきれない。

 でも、クラノスの攻撃を目で追う必要はなかった。ただ、俺を真っ直ぐに狙わせればよかった。


 そのための、挑発だ。

 そのための、大技だ。


 俺の前方に、異空間が出現する。

 空間魔法。その中でも基礎とされているA地点とB地点を繋ぐ転移魔法を俺は用いた。もちろん、俺の転移魔法はそこまで練度が高くない。

 繋ぐと言っても精々半径10mが限度。だが、その距離さえあればよかった。


「お返しだ。クラノス」

「は?」


 俺が生みだした異空間に盾は吸い込まれ。

 そして、クラノスの足元に貼り付けた呪符が起動。異空間の出口となりクラノスが全力で放った盾が、クラノスへと返却された。


 もちろん。


「グッ!?」


 威力も速度も、赤雷だってそのままで。

 重厚なクラノスの身体も、堪らず飛び上がった。そのまま、盾は天井に突き刺さり――纏った魔力がクラノス自身に落ちた。雷のように。


 打ち上げられたクラノスは自らの赤色雷電を一身に受け、地に伏す。


「こ、これは――!?」


 フィリアさんの声が聞こえた。


「がぁ……グッ!」


 立ち上がろうとするクラノスだが、勢いよく吐血。兜から鮮血が滴った。


「オレが立ち上がれねぇ……だと!? いくらオレの大技でも……ここまでのダメージを喰らうわけが!」

「ああ、普通ならそうだろうな」

「ま、まさかテメェ……! オレにデバフをかけやがったのか! どうやって! オレはテメェ等みたいな、クソ魔法使い共が使うデバフ魔法には全部オートディスペルを……!」

「違う。逆だ」

「逆……?」


 もう既にクラノスは敗北条件を満たしている。

 だからこそ、俺は種明かしをしてみせた。そう。俺が真正面から立ち向かっても勝てるわけがない。

 だからといって搦め手を使おうにも、Sランクのタンクともなればそういった搦め手に対する対策を講じていないわけがなかった。


 だから俺が思い至った攻略法は。


「バフしたんだよ。アンタの力を」

「は……?」

「音の魔法は知ってるか? 音と魔力の相乗効果で色々な能力を底上げする魔法だ」

「……まさか、あの不協和音は!」

「そう、5つすべてアンタの力を強化する魔法だ。効果時間は短いが……十分だっただろう?」


 さらにつけ加えるなら、途中でクラノスに投げた呪符は座標指定の効果を持つ。魔法を細かく解体すると、現象を起こす場所の指定が必要となる。

 今回で言うなら音の魔法で強化する人間。そして異空間の出口。


 その指定をあの呪符で行った。


「とはいえ、俺としてはアンタの攻撃でアンタを吹き飛ばすくらいの考えだったんだが……思った以上に深手を与えてしまったみたいだな」

「そうかい……どうでもいい情報ありがとよォ!」


 勢いよく、クラノスが立ち上がった。

 先程までのダメージを全く感じさせない身のこなし……まさか!


「オートリジェネ、標準装備に決まってんだろ! ボケがァ! 死ねやァ!」


 拳が振り上げられた。

 不味い……。この距離は躱せない!

 しまった。相手が激昂していることを忘れていた。勝負度外視で攻撃を受けることを考えていなかった。


「クラノス見苦しいぞ」

「――!」


 鶴の一声が響いた。

 瞬間。クラノスが静止。寸でのところで拳も止まった。

 声のした方向へ見れば、そこに立っていたのは壮年の男性。クラノスと同じく騎士然とした装いだが、その趣は随分と異なっていた。


 どちらかというと、男の方が清廉だった。


「ロウェン・ヴァン・ロンヒルズ! テメェ、何つった?」

「見苦しいと述べたのだ。クラノス・アスピダ。貴様一人が無様を晒すのならば見過ごせよう。しかしだ、新芽を摘むことは許されん」

「優等生ぶりやがって――ならテメェを今ここで摘んでやろうかァ!? あぁん!」


 俺をそっちのけで言い争いが始まってしまった。

 ロウェン・ヴァン・ロンヒルズ。クラノスを知らなかった俺ですら知っている。この国の騎士団、その総長だ。

 同時にSランクの冒険者筆頭でもある。丁度、三王の一人に数えられていたはずだ。

 その異名を――騎士王。

 ちなみに、俺の親父も三王に一角を担っている。異名は魔法王。


 実際それはどうでもいいんだけど、そんな大物が目の前にいるというのは異常事態だった。


「クラノス様、ロウェン様に此度こたびは義があるかと。敗北条件を設けたのはクラノス様自身ですし……それを反故ほごにするということは、冒険者としての信頼を失うことにつながりかねませんわ? そうなってしまえば、困るのはクラノス様ご自身では?」

「……ちっ。そーだな。だが、メイム! この借りは近いうちに返す。必ずな。その時が、テメェの命日だァ!」


 荒々しく吠え立てて。クラノスはそのまま地下闘技場を去って行く。

 本当に殺されるんじゃないかと思って冷や冷やした。ロウェンとフィリアさんに感謝だな。


「さてと、なんとなんと……勝者! メイム! またしても大物食いを成し遂げました!」


 フィリアさんの宣言に、闘技場が歓声で包まれた。

 ディダルの時と同じで、本当の意味で勝利したわけではないが、勝ちは勝ち。今は勝利の美酒に酔いしれるとしよう。



「まさか本当に勝ってしまうとは……」


 熱りも冷めて、落ち着きを取り戻したギルドの一角で俺はフィリアさんと話していた。

 言葉だけを聞けば驚いているように見えたが、その表情は相変わらずの経済的笑顔ビジネススマイル。驚いているのか疑わしい。


「相手の油断につけ込んだだけですよ。クラノスが本当に俺を潰す気なら勝ち目はありませんでした」


 ディダルの時とは違って対策などを用意する時間が十分にあったのも勝因の一つだろう。

 とはいえ細い綱渡りに勝利したのは間違いないけど……。


「私も遅ればせながら君の戦いを観戦させて貰ったよ。あのクラノスが膝を着かされるとは……気味のいいものを見たよ。久しぶりにね」


 グラスをテーブルの中央において、俺たちの会話に混じる人が1人。視線を上に向ければ、ロウェンさんがそこにいた。

 流石に立て続けに大物に接しすぎたのか、今になって緊張がこみ上げてくる。なんと返事をすればいいか見当もつかなかった俺は、あははと薄っぺらい笑みでお茶を濁した。


「しかしディダル・カリアの件も聞き及んでいたが……メイム君、君は本当に新人かね?」

「え」


 ロウェンさんの眼が俺を見据えた。

 決して鋭くはない。むしろ穏やかで優しい目つきなのだが――自分の腹の底を見抜かれるような、そんな不快感を感じてしまう。


「出身は? ご両親の職業は? アカデミアに通えなかった理由は?」

「……」


 そして降り掛かる質問攻め。

 もしかして俺、疑われてる? 不味い、もし俺がアルファルド家の長男、キリア・フォン・アルファルドとバレたなら……。

 殺されてしまう、実の妹に!


 どうする。

 どうすれば取り繕える?


 そう考えれば考えるほど、悪循環に陥っている気がした。

 鼓動は早くなるし、言葉がうまく出てこない。しかも相手は治安維持機構のトップ。ここで少しでも不審な動きをしてしまえば、さらに疑いが深くなるに違いなかった。


「ロウェン様? 職業病も過ぎれば困りものですね? 仮にもメイム様は我がギルドが認めた冒険者。確固たる証拠もなく疑われてしまっては、ギルドの面子が立ちません」

「おっと……それは済まない。メイム君の顔に見覚えがあった気がしてね。あり得ない可能性だが、少し気になってしまったよ」


 もう諦めかけたところ、フィリアさんの助け船に救われた。

 ちなみに、ロウェンさんが言っている見覚えだが恐らく当たっている。というのも、俺とロウェンさんは面識があるからだ。


 まぁ、俺は子供だったし何年も前のことなのでロウェンさんが気がつかなくて当たり前なのだが……。見覚えがあるというのが恐ろしい。

 俺としてはそんな些細なこと、綺麗さっぱり忘れてくれていい。というか、今すぐ記憶から消してくれないかな。


「さて、私はこう見えても多忙なのでね。メイム君、今回の非礼はいつか詫びさせて貰うよ。では、君の活躍に期待しているよ。早くSに来てくれ!」


 俺の肩を叩いて、ロウェンさんは爽やかに立ち去っていった。

 軽はずみに凄いことを言う人だ……。俺としては正体がバレる可能性があるので必要以上に接したくはないんだけど……。


「ふふふ。メイム様は面倒な人を引き寄せる才能があるのかもしれませんね?」

「……かもしれません」


 俺はため息を吐いた。

 ロウェンさんやクラノスが俺に興味を持つくらい、親父やミアが俺に興味を持ってくれればこんなことにはなってないんだろうなぁ。


 なんて、少し思ってしまった。


 本当は依頼を受けて帰ろうかなとも思ったのだが、クラノスとの戦いとロウェンさんとのやり取りで想定以上に疲れてしまった。

 今日は大人しく宿に戻って英気を養うとしよう。


 流石にもう面倒事は起こらないはずだ。

 明日からはゆっくりと冒険者稼業をこなしていこう。そう決意して俺は宿へと戻っていった。

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