「クラノス・アスピダについて知っていることぉ? あぁ、恐ろしく強い。Sランクの中でもタイマンじゃ最強だっていう奴もいやがる。
「クラノスは確かに強い。だが、素行は最悪だ。Sランクじゃなけりゃ、とっくの昔に冒険者証を取り上げられてるだろうさ」
「ロールは
街を歩いて冒険者事情に詳しそうな人と話して得られた結果がこれだ。
クラノス・アスピダ。その実力はやはりSという称号に相応しいものらしい。噂話ばかりなので、どこまでが本当なのかは分からないけれど……。
何の策もなしに戦って勝てる相手ではないだろう。
そのうえ、今回は試験という場でもない。当然ながらクラノスはフルスペックで俺を潰しにかかってくる。
さて、どうしたものか……。
カフェの軒先で俺はため息を吐いた。
「情報がなさ過ぎる」
手持ちの情報は3つ。相手がタンクなのと、強いということ、素行が悪いこと。こんな情報では、集めたって意味はない。
「もう少しマシな情報があればなぁ……」
「おや、お困りですか?」
「あ、受付嬢さん……」
「どうも。フィリアですわ」
受付嬢さん改め、フィリアさんと出会った。
いつものニコニコとした笑顔で綺麗に一礼。俺もつられて頭を下げる。
「それで、メイム様はクラノス様の情報収集中とお見受けしますが?」
「ええ。その通りです」
「そうでしたか。では、私にご相談くだされば一発でしたのに」
水臭いですねぇ。とつけ加えてフィリアさんは当然のように俺の向かいに腰を降ろす。
そして、当然というようにこの店で一番高い飲み物を頼んだ。
俺持ちで。
情報を教えてやるんだから、これくらいはサービスしろよ。そんな意志を感じる。
強かな人だ……。
「さて、ロクな情報が集まらなかったのでは?」
ドリンクを受け取って、フィリアさんは話しを切り出した。
俺は頷いてついさっき集めた情報をフィリアさんに伝える。それを聞いてフィリアさんは予想通りだというように頷いた。
「なるほど、なるほど。そんなものでしょうねぇ。では、どのような情報が知りたいので?」
「
「大胆な要求……ええ、ふむ。そうですね、いいですよ。ギルドがまとめた調書を用意しましょう」
「え……」
「あら、不都合でした?」
「いえ」
こんなにあっさりと調書を貰えるとは……。調書というのは、冒険者の活動をギルドがまとめたもので、大まかな性格、活躍、パーティー遍歴などその冒険者が歩んだ歴史そのものと言える。
そのため、おいそれと他人が見られるものではなく。
個人情報保護の観点からも基本的にはギルドの関係者でなければ見ることができない。例外があるとすれば、パーティー募集をしている冒険者や、パーティー加入を申し込まれた冒険者パーティーが参考にすることもあるくらいか。
当然断られるものだと思っていたので軽く聞いてみたが……。
そもそも、調書を一人の判断で開示できるなんてフィリアさんってもしかして……。
「これくらいのハンディキャップはないと、面白くありませんし。本当に、貴方には期待してるんですよ?」
グラスを揺らして、フィリアさんは仮面のように張り付いた笑顔のまま続けた。
「あんな大口を叩いたのですから。肩透かしはやめて欲しいですね。私、嘘は嫌いですし……?」
真顔。
普段は笑顔で分からないが、フィリアさんの目つきは鋭かった。
この感じ、ミアの脅しに似てるなぁ。これ、遠回りに負けたらタダじゃおかないぞって言われてるのか?
安心して欲しい、そもそも負けた場合はミンチにされる予定だから。
「はは……善処しますね」
フィリアさんに言うように。自分に言い聞かせるようにそう言った。
「ではドリンク、ご馳走様でした。ギルドに向かいましょう。お渡ししますよ、調書」
「あ、ありがとうございます」
上品に口元をハンカチで拭って、フィリアさんはゆっくりと立ち上がった。さっさと会計を済ませて、俺は冒険者ギルドへと向かう。
◆
「クラノス・アスピダ。パーティー遍歴93!? 一日すら持ってない時もあるのか!?」
俺は宿に戻って調書を読んでいた。
まず目を疑ったのが、93ものパーティーに所属していたこと。どれだけパーティーが定まらない冒険者だとしても、多くて20。大抵は10のパーティーをとっかえひっかえすれば居場所は決まるものである。
でも、クラノスは違った。
どのパーティーに入っても長居しない。いや、できない。
「不和、不和、不和。どのパーティーも最終的にはクラノスの素行不良が原因で追い出されてるのか」
でも、クラノスはSランク冒険者。そんな大物を自分たちのパーティーに引き込めれば……そう夢見た新しいパーティーがすぐにクラノスを誘う。
結果として、耐えられずまた追い出される。
そんな悪循環が繰り返されているようだ。
「ん、最初のパーティーは長く続いてるな。
そうやって経歴を遡っていくと、クラノスが最初に組んだパーティーに行き当たった。ここではしっかりとそれなりの年数を付き合っていたらしい。
最初だから、クラノスも丸かったのかもしれないな。
と、そんなことよりも。
パーティー遍歴の無茶苦茶さに目を
「自分の凄まじい防御力を活かしてダメージレースに勝つタイプか」
調書を読み切って、俺はそう結論付けた。もちろん、ギルドでの立ち振る舞いから膂力も並外れていることは確認したが、タンクというだけあって真価は防御力らしい。
実力が拮抗している相手なら、長期戦に持ち込んで
格下は強引に勝つ。
格上に当たるような相手でも、持ち前の耐久性を駆使して立ち回って勝ちを取る。
堅実かつ大胆。
荒くれ者に見えるが、多分クレバーだろう。あの横暴さも、自信の高さから来るものだろうしな。
「と、なってくると……」
まず前提としてクラノスには俺を舐めきって貰わないといけなくなる。そのうえで、相手が冷静になるような状況に持ち込んではいけない。
クラノス相手なら常に怒らせた状態で戦うべきだろう。
怒りは判断を鈍らせる。我を忘れさせる。これは、俺が弱者という立場だからこそできることだ。
そもそもとして、クラノスは戦う前から俺を相手に本気を出すことはない。そして、その判断は正しい。
だからこそ、利用できる。
次に、どうやって勝つかだ。
「勝利条件は……確か片膝が着いたら、って言ってたな」
なら、やりようは
そうだな、俺が今回用意するべき仕込みは4つ。
1つ、香りの強い香水が3種類。
2つ、サファイアとルビーの宝石。
3つ、蓄音機。
4つ、蓄音機を召喚するための呪符、いわゆる召喚符だ。
それと、扱う魔法は3つ。
1つ、音の魔法。
2つ、宝石魔法。
3つ、空間魔法。
あとは奥の手が1つ欲しいけど……。これは、空の宝石に細工を加えれば大丈夫か。多分、使うことにはならない。
よし、やることは決まった。
後は準備するだけだ。
これらを準備するのに、非常に手間取ったのはまた別のお話。