「どうして俺とクラノスが喧嘩をしなくちゃいけないんだ……」
突然の誘いに俺の口から出た言葉は困惑のそれだった。
用件って俺と戦いたいってこと? 冗談じゃない!
何が目的でSランクの冒険者がEランクなりたての俺に喧嘩を売るんだ。同じSランクでも親父は俺にこれっぽっちの興味を示していないというのに。
「ディダルを倒したんだろ? 試験官を倒したってだけでも珍しいのに、Aランクを倒したってんなら、多少食い応えがあるだろうよ。だから、戦え」
「どういう理由なんだ……」
圧倒的身勝手かつ偏見に塗れた理由が語られた。理由になってない。
それを聞いて、はい分かりました戦います。なんて言う奴は戦闘狂だ。
「丁度暇してたんだよ。この雑魚共は根性がねぇ――てかアイツ等どこ行きやがった!」
さっきまでそこにいたはずの4人は綺麗さっぱり消えていた。まぁ、クラノスが俺に喧嘩をふっかけた頃から既にいそいそと退散していたが。
「テメェに矛先が向いちまうなァこりゃ」
「……」
どうやら消えた4人のヘイトも俺が一身に請け負うことになったらしい。そんな無茶苦茶な……。
「断ると言ったら?」
「は? 断る権利がテメェ如きにあると思ってんのか? 雑魚がよォ!」
話しが通じない!
どうなってるんだ、このクラノスという騎士は。世界は自分を中心に回っていると、本気で思っているのか。
そもそも、雑魚と思っているなら戦う必要だってない。
「言っとくけどよ。オレと戦わない限り、テメェは依頼を受けることはできないぜ?」
「え……?」
「決まってんだろ。Sランクのオレはギルドの虎の子だ。ギルドもオレのご機嫌取りに忙しいってわけ。EランクのカスとSランクのオレ、どっちを大切にするよ」
俺は一応確認のため、受付嬢さんを見た。
変わらずニコニコとした笑顔で首を縦に振るのみ。なるほど、合理的な考えだ。
クラノスの言うことは正しい。
現状Eランクの俺はいくらでも補填が聞く人材なのに対して、クラノスはS。多少、いやそれ以上の横暴だって認められて然るべきなのだ。
つまり、俺が冒険者として活動するためにはクラノスと戦うことは必須事項らしい。
Aランクだの、Sランクだの……。どうして俺はこう不運なんだ。
「さぁ、どうすんだよ」
腹を括るしかない。
とはいえ――。
「分かった。だが、1つ条件がある」
「あぁ!? テメェ如きがオレに条件を出すなんざチョーシ乗んじゃねぇよ!」
なんだコイツは……。
ドン引きするくらいの俺様気質。自分の実力に対する自信が強過ぎると、こんなにも肥大化してしまうのか。
あぁ、この感じ……毛色は違うが親父に似ているように思える。
特に自分以外を格下と見下して話しを聞かないところがそっくりだ。
なら、その性格を利用してやるとするか。
「強い奴と戦いたくて俺を選んだっていうなら最も強い時の俺と戦う方が都合がいいだろ? まさか本領を発揮した俺と戦うのが怖いのか? ならしかた――」
「――あ?」
瞬間、背を死神が撫でた。
そう表現するしかない悪寒が、背を過ぎる。誰もが、息を呑んだ。
あまりにも、クラノスが放った殺気が黒すぎたから。
この場で殺気に呑まれなかったのはただ一人。いまだ笑顔を崩さない受付嬢さんだけ。
俺を含めた全員が、どす黒い殺気に捕まった。
「なんだって? もっぺん言ってみろよ、なァ?」
「ああ、何度でも言ってやるさ」
ピリ。
肌が震える。
本能が、大音量で警笛をかき鳴らした。だけど、ここで退いてしまえば、それこそクラノスの思うつぼ。
それに、圧をかけられるのは慣れている。
親父に詰められた経験がまさかこんなところで役立つとは思わなかった。
「俺に三日くれ。なら、アンタに膝を着かせてやるよ……クラノス」
「……はっははは! あーはっはっはっは!」
鎧から笑い声が響く。
てっきり凄まじく怒鳴り散らすんだろうな、なんて思っていた俺は意外な反応に目を丸くした。
「いや、傑作だ。本当に。道化の才能はオレが保証してやるよ」
ひとしきり笑ったクラノスは一息ついて。
「――で。このオレに、膝を着かせてやる……だとォ! 言ったなァ! テメェ! 舐めやがって! 三日だな、首を洗って待っていろよ。二度と冒険者できねぇ身体にしてやるからよォ!」
吠えた。
獅子の如く。
怒号でこの建物が揺れていると錯覚してしまうほどの剣幕。そのまま、ギルドから出て行こうとするが。
「クラノス様。では、3日後。この冒険者ギルド地下闘技場にてメイム様と決闘を行うということで?」
あれだけ怒り狂っているクラノスにさらりと声をかける受付嬢さん。この人も大物だな……。
「あぁ。用意は頼む。オレの敗北条件は片膝を地面につけたら、雑魚の敗北条件は雑魚に聞いとけ」
「はい。承知致しました。では、3日後を楽しみにしていますね」
クラノスも受付嬢さんには怒鳴り散らさなかったな。
分別がないというわけでもないのか。そのままクラノスは去って行った。
嵐が過ぎ去っていったようだった。
それも、とびきりタチの悪い嵐が……。
「メイム様。差し出がましいようですが、あんなことを仰ってもよろしかったので?」
クラノスを見送った受付嬢さんが、ニコニコと笑顔を見せたままそう言った。
「えーっと。まぁ、その……」
「決してメイム様を過小評価しているわけではないと断っておきますけれど。クラノス様はあのような立ち振る舞いでもSランク。適当に戦って、適当に敗北すればここまで大事にならなかったと存じますが」
「ええ、それは分かっていました。でも……」
「でも?」
そう。
クラノスは俺と戦いたいわけではなく、強い奴と戦いたかっただけ。俺が弱いと分かれば、すぐにでも興味をなくしていたことだろう。
しかし、俺はそこに油を注いだ。
結果としてクラノスという火は燃え盛った。それはもう見事に。
受付嬢さんが言うように、適当にボコられていればよかったのだ。それが一番平和に収まりがつく。そのうえ、俺の安全も約束されていた。
でもそれは……。
「嫌だったんです。腹立たしいというか、なんと言いますか」
「つまり、負けず嫌いでクラノス様を煽ったと……?」
「そう、なりますね……」
ここで初めて、受付嬢さんの笑顔が消えた。
「ふふ……そんなことってあります?」
その代わり、彼女が見せたのはビジネススマイルではない本物の笑い。いや、この笑顔を見たからこそ、さっきまでの笑顔がビジネススマイルだったと分かった。
でも、ちっぽけなプライドと勢いに身を任せたわけじゃない。
「勝機はあります。多分ですけど……」
「え? 本当に?」
「はい。じゃないと流石にあんなことしないですよ」
「それも……そうですね? ともかく、3日後楽しみにしていますよ」
そう言って受付嬢さんはお辞儀をした。
そのままテキパキと仕事に戻っていく。俺は彼女の整った背を見送って手を叩いた。
気合いを入れるためだ。
そうと決まれば、俺に時間はそこまで残されていない。
勝つための仕込みを今から開始しないと。
Sランクと戦う覚悟を決めた俺はギルドを後にして、街の散策に乗り出した。