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第4話 平凡な魔術師【メイム】

「ん……」


 小鳥たちのさえずりで俺は目覚めた。

 ゆっくりと身体を起こして、うんと伸びをする。


 昨日は試験で疲れが溜まっていたのか、よく眠れた。


「随分と遅い起床だな」

「は……?」


 窓から風に乗って声が聞こえてきた。

 ここ、三階なんだけど……。

 聞き覚えしかない声。誰かは分かった。


「ミア……どうしたんだ?」

「貴殿の寝起き姿など、微塵も価値がない。さっさと身支度をしろ。もしくは、その不抜けた顔のまま私と対峙するか、だ」


 ギロリ。

 鋭い視線が俺を見下した。多分、後者を選んだら俺はこの宿ごと爆散させられてしまう。


 素直に俺は顔を洗ってくることにした。毎朝やってるわけだし。


 冷や水が顔に染みて、ようやく夢の世界から戻って来られた。

 欠伸を噛み殺しながらミアの前に戻る。なぜか一歩も部屋に立ち入ろうとせず、窓にこしかけているミアの表情は相変わらずキツかった。


「ミア、で何のようだ? もう俺たちは他人同士なんだろ? 不必要に会ったら怪しまれるぞ?」

「……っ! 用件があった。窓から入っているのも、それが理由だ」


 一瞬ミアの表情に陰りが見えた……ような気がする。

 すぐに令嬢モードの仏頂面へと戻ったから気のせいだろうか。そんなことを考えている俺に、ミアは何かを投げた。


「私が直々に冒険者証を持ってきてやった。感涙にむせべ」


 乱雑に投げられた冒険者証をなんとかキャッチして、俺はそれを眺めた。

 木製のプレートには俺の偽名と年齢、そしてEという文字が刻まれている。


 Eというのは、冒険者のランクだ。EからSまでの6段階。もちろん、Eが最低。

 新人冒険者は大抵Eになる。たまに最初からDやCと認められる人もいるけど……俺はそうじゃないみたいだ。


「ディダルを倒したと聞いたが……まぁ、どちらでもいいが」


 気まぐれなミアの視線が俺に向けられる。


「それと、私のことは以後ミア様と呼べ」

「え、なんで?」

「メイム。貴殿は既にアルファルド家の一員ではない。そんな下民が貴族である私と対等に接すことが許されると?」

「あ……」


 それは確かに……。

 ミアの言うことには一理、いや完全にそうだ。兄のプライドが乱されるということ以外は……。


「嫌なら、家に戻る努力をしろ」

「家に戻る努力?」

「どうして下民たる貴殿のために、私がわざわざ独自のコネクションを使用して推薦枠をくれてやったと思っているんだ」


 はぁ、というため息と共にミアは続けた。


「貴殿はこう宣っていたな。アルファルド家の末席に加わるくらいなら可能だ……と。ならば、示せ。アルファルド家の末席ならば、一角の冒険者として名を挙げることなど難しくないだろう。父上も、そうなれば考えを改めるかもしれん」

「冒険者として名を挙げる……」


 そうすれば、家に帰れるかもしれない、か。

 どうなんだろうか。俺は家に帰りたいんだろうか?


 分からない。


 でも、確実に言えるのは生活を安定させるためには冒険者としての活動が必要で。

 そうなると、俺の限界が訪れない限りはいずれ名を挙げることにはなるということだ。だから、家に帰りたいかどうかはひとまず置いておくとして。


 冒険者としての活躍は何にしても必要になってくる。


「それだけだ、もう用はない」


 気まぐれに晴れた空に視線を寄せたミアは、そのまま飛び降りていってしまった。

 ここは3階なのに……。まぁ、ミアなら簡単にやってのけるだろう。


 さて、妹や家のことばかり考えても今は仕方がない。

 今日から俺は冒険者なんだ、準備を整えてギルドに行こう。そこでまず最初の依頼を受ける。


 目下の目標は安定した活動とお金の獲得。


「よし」


 俺は自前のローブを引っ掴んでそれを羽織る。インナーに様々な道具を仕込んでいく。


「宝石よし」


 各種ポケットに宝石を1種類ずつちりばめる。これがないと俺の戦いは始まらない。


「仕込み刃よし」


 ブーツに仕込んでいる刃の調子を確かめる。問題はない。


「鉄板よし」


 胸当てとして鉄板をローブの下に装着する。動きやすい軽装なので、こういったもので少しでも急所をガードしたい。


「鞄の中身も大丈夫」


 鞄の中身を確認、問題なさそうだ。

 一つ、冒険者としてやっていくのに不安があるとすれば……。


「火力不足だ」


 ディダルと戦って分かったことがある。

 コンボのつなぎ方や速度に問題は何一つなかった。でも、火力が全く届いていない。

 俺の魔力量は人並みだし、すべてに適正があるといっても専門家には敵わない。だから、この火力問題をクリアしないと、いずれ俺は壁にぶつかってしまうだろう。


 とはいえ……。


「今はまだ何も、思い浮かばないな」


 身支度を済ませた俺の口から出たのはそんな言葉だった。

 まぁ、最初からディダル並の魔物や人と戦うわけではない。むしろ、Eランクの依頼なんて簡単なものばかりだと聞く。大丈夫だろう。


 そんな甘い考えと共に俺は部屋を出た。

 初めての依頼を受けるために、冒険者ギルドを目指す。


 序章 平凡な魔術師<了>

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