「ルールは試験と同じでぇす。制限時間5分。降参は可能。二回行いますが、いずれかで時間制限まで耐えるか、試験官に勝利すれば合格。降参や、場外といった場合も評価によって合格になりますが……命を賭けると言っていたので」
「……?」
ニヤリと、ディダルの表情が浅ましく歪んだ。
「敗北は
「……!」
ここで俺は察した。
ディダルは俺を合格させる気がない。俺を潰す気なんだ。一切の容赦も、手加減もなく。自分にたてついた小生意気な新人を蹴落とすつもりだ。
だとすれば……。もうこれは試験ではない。
Aランクの冒険者による、公開処刑。
ただの見せしめ。
そんな残酷で無慈悲な場となっていた。
「まぁ? 一回の敗北は認めて差し上げますけれど? なんと優しいのでしょうかぁ!」
白々しい……。俺を合格させるつもりなんて、元からない癖に。
とはいえ、勝機がないわけじゃない。
「では、試験を開始する。両者構えて」
審判役の試験官の声を聞きながら、俺は思考を加速させる。
俺の勝利条件は時間制限まで耐える、ディダルに降参させる、ディダルを場外に持っていく、ディダルを戦闘不能にするの4つ。そして、2回チャンスがある内の1度でも勝てばいい。
なら……まず最初の1回は捨てる。
勝つための布石を散りばめることに徹しよう。
「試験、開始!」
俺の方針が固まった瞬間。試験の開始が告げられた。
合わせて、ディダルが消えた。
人が消失するわけがない。そういう魔法はあるが、ディダルは剣士。そんな魔法を扱うとは考えにくい。単純に、速すぎる。
とにかく、俺は懐から取り出した宝石を前方に投げる。
まずは1手目。
俺の勝利のための行動。
「宝石魔――」
「遅すぎでぇす」
甲高い金属音が聞こえたかと思えば、俺が投げた宝石は真っ二つに斬られていた。
悪寒が背中を走る。
何かに追い立てられるように、俺は身を屈めた。刹那、頭上をディダルが突いた剣の柄が掠めていく。
紙一重。
もし僅かでも回避が遅れていれば、俺はもう負けていた。
「宝石魔法とは、珍しいものを扱いますねぇ? マグレ回避、ご苦労様でぇす」
俺を見下して、ディダルは刃を俺の方へと向けてそのまま振り降ろす。
それを横転して避け、2つ目の宝石を打ち出した。
「この距離なら――」
「甘い。甘いですねぇ!」
ちん。
そんな高音が耳を突けば、やはり宝石は砕かれる。
「本来なら貯蓄した魔力を使って即席で強力な魔法を扱うのが強み。ですが、落ちこぼれの君では大した魔力も用意できないようで……宝石を近くに持っていかないと意味がないから投げる。しかしぃ? 触媒となる宝石が砕けてしまえば、それも無意味。宝石魔法とは、達人でもなければ実戦で通用しないものなんですよぉ?」
至って正論の講釈を垂れ流しながら、一切の乱れなく俺を追い立てるディダル。
彼の言う通りであるし、俺が用意する全ての宝石魔法が為す術もなく打ち砕かれていく。これがAランク……。
どんどんと俺は舞台端に追い詰められていき。
そしてもう逃げることもできなくなった俺に、剣を突き立てて。
「さて、場外か降参か、戦闘不能。どの負け方がいいですかぁ?」
「……」
「そうですか」
黙る俺に返事は求めないというように、腹に蹴りが刺さった。
そのまま、俺は場外に。鋭い痛みが腹に響いた。
呻き声を出して地面に伏す。
分かりきっていたが、やっぱりAランクの冒険者は強い。まさか、ここまで正攻法が通じないとは……。
だから、最初から真っ当な勝利を求めている訳じゃなかった。
これで、ディダルに対する仕込みは終わった。
「さて、私は優しいのでぇ? 今なら、落ちこぼれ君にも逃げる権利を差し上げましょう。自分が間違っていたと、認めて土下座なさい。そうすれば、命だけは見逃して差し上げまぁす!」
クスクスと意地の悪い笑みを浮かべたディダルは、舞台の上から俺を見下した。
そんなディダルと俺の間に剣士さんが割り込む。
「ディダルさん! 元々は私が悪いんです! メイムさんに代わって、私が土下座を……!」
「やめろ」
俺は立ち上がって早まる剣士さんを止めた。
確かに、俺の戦いは傍から見れば無謀もいいところだ。落ちこぼれと揶揄されても仕方がないスペックだ。
でも、だからといって尊厳を踏みにじられる理由はどこにもない。それは、俺も剣士さんも同じだ。
「ディダル……先人のアンタが、後輩の未来を摘もうとした挙げ句、恥までかかせようとするのか?」
「ンン? 落ちこぼれが何か言ってますよぉ!? えぇ? 何々、あ、すいませぇん。流石の私でも、負け犬語は分かりませんでしたぁ!」
ゲラゲラとディダルが笑えば、周囲の野次もそれに続いて大笑い。
こだまする嘲笑に、俺は拳を握り絞めた。
「……いいですかぁ? 冒険者の世界は実力がすべて、結果がすべて。弱者はこのように食い物にされるだけなのです。今は土下座程度ですみますが。生物としてすべての尊厳を踏みにじられることなど、珍しくもありません。身の程をしれ、冒険者は弱者が自己満足のためにやる遊びじゃねぇんですよ」
「誰だって、遊びで命は賭けない」
俺は俺を見下すディダルにハッキリと言い返して、一歩進んだ。
そんな俺の腕を、剣士さんが掴む。
「なんで……まだメイムさんは戦うんですか? 勝てるわけないじゃないですか。だって、相手はAランクの冒険者で、ここにいる誰もが、メイムさんの勝ちを信じていない。助けてくれようとしている、私だって貴方が勝つとは微塵も思えません! やめてください!」
「まだ、そっちの落ちこぼれの方が現実を見えているようですねぇ?」
「確かに最初はお節介だったかもしれない。でも、今はもう違う」
二度目、俺は彼女の手を振り払って舞台にあがる。
「これはもう俺の戦いで。俺が勝たないといけない戦いになったんだ。だから、俺は立ち向かう」
「そんな――」
「それにさ」
俺は背後に立つ剣士さんに視線を向けて、できる限り不敵な笑みを浮かべて見せた。
「そんな状況を覆して、勝ったら……どうしようもなくカッコイイだろ?」
「え……?」
まぁ、それはちょっとした強がりだけど。
それだけ言って俺は真正面に居座るディダルを睨めつけた。
彼は大きくため息を吐き、肩を竦める。
「そうですか。バカも度を過ぎれば清々しいといいますが、あれは本当でしたねぇ。虚勢とやせ我慢で命を賭けたバカは、死ななければ治らないでしょう」
鈍い光沢を放つ剣の切っ先を俺へと向けて、ディダルは淡々とそう告げた。その輝きが、俺の身体を既に断ち切っているようだった。
「……」
深呼吸。
整える。
勝機はある。実戦で使用するのは初めてだが……やるしかない。
「では、摘むとしましょう。芽をね……いや、種かも怪しいですがぁ!」
「両者、構えて」
サファイアを握り締めて、その時を待つ。
「試験開始!」
合図と同時にディダルはゆっくりと歩み始める。
それに合わせて、俺は彼に宝石を投げつけた。
「バカの一つ覚えですねぇ! こんなもの、何の脅威にもなりませぇん!」
ディダルは余裕綽々とした態度で、何度もそうしてきたように宝石を切断。
それを、俺は待っていた。
ディダルは言っていた。触媒が砕かれてしまえば、意味はないと。
逆だ。
俺の宝石魔法は、
1戦目はすべてブラフ。
俺がバカで身の程知らずで、教科書通りの宝石魔法使いだとすり込むための仕込みだった。
「は……?」
宝石から魔力が溢れる。
それはすぐさま固形物と化して、ディダルすらも飲み込む。
巨大な氷塊がそこに現れた。
「……ディダル試験官が魔法を!?」
「バカ、確かに威力はそこそこあるようだが……あの程度の呪文でAランクの冒険者が仕留めきれるわけがないだろ」
その通り。
野次の言葉を俺は心の内で肯定した。だからこそ、俺は既に詠唱を始めている。
少しでも、行動が阻害されればいい。
「甘いですねぇ……!」
大方の予想通り、すぐさま氷塊にヒビが入り砕け散る。
分かっていた。
だから……!
「代償魔法!」
「は!?」
宝石が生成した氷塊。それを生け贄に捧げる魔術行使。理論的に言うなれば、魔力によって構成された氷塊を魔力に戻し、別の属性に再変換する。それだけの工程。
氷は姿を変えて、迸る雷電に。
「おい、宝石魔法と代償魔法を同時に扱ってるのか……? あのメイムとかいう奴は……」
「いや、あり得ない。そもそも、2つの適正を持つだけでエリートの魔法使いだろ? 適正がなくても扱えるようにはなるけど……だとしても、それには凄まじい努力が必要で……」
砕け散った氷たちが、それぞれ雷に姿を変えてディダルを包囲する。いくらAランクの冒険者といえども、雷の包囲網から抜け出せるわけもない。
ただ、ダメージはないだろう。俺の魔法は威力が低い。そのうえ、装備も肉体もAランクは化け物だ。
だからこその雷電。
電気が身体を流れれば、ショックによって身体の動きが停止する。
その少し時間。それだけあれば、俺は次の手を生み出せる。そして、これはディダルが特異な体質を備えていない限り、防ぎようがないものだ。
「魔力抽出! 錬成!」
「まさか……錬金術も扱えるのか!?」
外野が驚いているようだが、今はそんなことを考えている暇はない。ひたすら、目の前のことに専念する。
放った雷電。これが完全に消える前に、それを構成する魔力を回収。
その魔力と、砕け散った宝石を素材に簡易錬成。宝石魔法を構築する魔術式を逆行させることにより、再度……宝石を生成する。
ならば、やることは決まっている。
「代償魔法!」
宝石を生け贄に捧げ、砕く。
発生するのは雷電。間髪いれずに、またディダルはスタン。宝石は破壊されたことがトリガーとなり、氷塊を生成する。
ならば、その氷塊を……。
「代償!」
再度コストにする。
雷電。
そこまで行けば、雷電の魔力を抽出。散った宝石片と組み合わせて再錬成。この循環が描き出された。
砕かれた場合に魔法を発動させる宝石、形ある物を生け贄に捧げて魔法を発動する代償魔法、そしてそれらを再利用する錬金術。
この3つでいい。これを繰り返すだけでいい。
器用貧乏。
中途半端。
そう呼ばれた俺の。
すべての魔法を扱えるが故に、すべての魔法を極められない俺が到達した答えだった。
魔法には決まった技術体系や系統といったものが存在する。宝石魔法に適正があるものは、宝石魔法を扱うことに秀でる。後天的に他の系統の魔法を扱えるようにもなるが……それは身体の動かし方やルールが何もかも違うものを覚えることに似ている。
戦場のような目まぐるしく状況が動き、素早い判断が求められる場所において複数ある魔法系統を使い分け、あまつさえコンボを考えることなど誰もしてこなかった。
非効率的だし、それなら自分の適性がある魔法を極めて有用な戦い方を見つけた方がいいからだ。
でも、俺はそうしなかった。できなかった。
俺がしたのは、ひたすらにつなぎ目をなだらかにする努力。つまり、本来なら組み合わせることのできない魔法を合わせて、そこにシナジーを生み出すこと。
これなら、俺だってアルファルド家の末席には座ることができそうだったから。ひたすらに、それだけを訓練した。
結果はお察しだが……。
このサファイアから始動するコンボは、俺が一番最初に考えついたループコンボ。1対1で電撃によるスタンが通用する相手なら……まず、破られることはない。
「ディダルさんが手も足も出てないぞ……」
外野が騒がしくなってくる。
十数回、コンボを循環させて俺は締めに入った。
氷塊を生成、それを生け贄に代償魔法を発動するところまではさっきまでと同じ。でも、変換する属性は雷ではなく……爆発。
簡易的な詠唱を終えて、俺は駆け出した。
あれだけ魔力を使い回して、何十の工程を経てもディダルには微々たるダメージしか与えられていない。
それでよかった。
爆発がディダルをさらに押し込んで、俺はトドメと言わんばかりに懐に潜り込み。1戦目の意趣返しをするように腹に蹴りを入れる。
「だからなんだと言うのです――」
「――俺の勝ちだ」
「はぁん!? あ……」
そう。
繰り返されるコンボによってディダルは僅かずつではあるが後退していた。そこに爆発による大きなノックバックと、蹴りの押し込み。
自分の陥っている状況に気がついたのか、ディダルは抜けた悲鳴を上げて転落していく。
「ノォォォオン!?」
ディダルが地面に落ちた音が、会場に響けば。
会場はしんと静まった。
「勝者、109番……!?」
そう告げる試験官ですら、目の前で起きたことを信じられていない。
だけど、その勝利宣言によって糸がぷつりと切れたように会場が騒がしくなった。
「Aランクだぞ!?」
「ディダル試験官が手を抜いていたんだ、そうに決まってるだろう」
「まぐれ勝ちに決まってる……」
そんな声が方々から聞こえてきた。
確かに、試験という状況でなければ勝ちはなかった。ただ、この場においては俺の方が上手だったというだけだろう。
「メイムさん!」
舞台を駆け上ってきた剣士さんが、力強く俺の手を握る。
「す、凄いです! 本当に勝っちゃうなんて……」
煌々と目が輝いているが、特に誇れることはしていない。強いて言うなら、ディダルを意図的に油断させ、その油断につけ込んだだけ。
それでも、勝ててよかった。
「ごめんなさい……。助けて貰っていたのにメイムさんを信じられずに……あんなことを」
「気にしてないですよ。当然の判断だと思いますから」
騒然とする会場で、俺と剣士さんはそんな会話を交わした。
◆
冒険者にもなっていない男がAランクの冒険者を倒した。前代未聞らしい。
が、受けは悪かった。
恥をかいた腹いせか、俺は半分追い出されるように試験会場から退出していた。
ディダル本人の反応をしっかり見ることはできなかったけど、よろしくはないだろう。
「これじゃ、
妙に重たい扉を押し開けて、俺は自嘲気味に呟いた。
まぁ、追い出されるのはこれで2回目だし、慣れていないわけじゃない。
何度経験したって、好きになれそうにもないが。
「あ、あの!」
足早に会場から立ち去ろうとした瞬間。背後から剣士さんの声が聞こえてきた。俺は足を止めて振り返る。
「ありがとうございます。いくら感謝したって、全然足りないかもしれませんが……救われました。あの、私の名前はサクラっていいます! 次に会った時は、貴方に負けないくらいの素敵な冒険者になってます! だから、その……いえ、とにかく頑張ってください!」
最初にあった時が嘘のように、声を張り上げて剣士さん、もといサクラさんはそう言ってくれた。俺もそれに応じるため、片手を振り上げる。
「ああ、お互い頑張りましょう。次会う時を楽しみにしてますね」
「はい!」
手を振って、別れを告げる。
「あ、あと……凄く
そこまで言ってくれたなら、俺も出しゃばった甲斐があった。
心地良さを覚えつつ、サクラさんの言葉を手土産に俺は宿を目指した。