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第2話 冒険者試験

 朝日が目に眩しい早朝。

 俺は欠伸を噛み殺して、木の扉を押し開けた。


 軋む扉の音と共に聞こえてきたのは喧噪。

 広がった景色には、大きな会場にざっと人が100人以上。俺を含めて、全員が同じ目的でここに集っていた。


 取り敢えず適当な場所に腰を降ろして、俺は4日前の嫌な思い出を振り返る。

 あれはそう、荷物をまとめて家を出ようとした時だった。



「メイム。3日後に冒険者試験がある。それを受けろ」

「え?」

「トロい。二度も言わせるな。試験に合格し、冒険者を目指せ。できなければ、殺す」


「そんな急に――」

「貴殿に選択権はない。禁止事項を課す。絶対に、貴殿がアルファルド家に連なる血筋にあると知られないこと。これを破っても殺す。いいな?」



「はぁ……」


 あの眼。マジだった。


 妹はもう妹じゃなく、アルファルド家の家督ミア・フォン・アルファルドになっていた。俺が居なくなったあとの立ち振る舞いも完璧らしい。それが悲しいやら、妹が逞しくて安心したやら……。


 もうない兄の立場にまだ縋ろうとしている気持ちが、余計に俺の心を苦しめる。


 どの道、冒険者試験に合格しないと俺に明日はない。

 妹に殺されてしまうのだから。


「あ、あの……」


 冒険者試験の合格率は低くはない。半年に一回開かれるし、80%以上は合格する。

 そう考えれば試験自体は容易いものだと思われがちだ。ただし、それはある条件を満たした者に当てはまる話だ。


 その条件というのが――。


「あの!」


 と、思考を巡らせていればローブの裾が引っ張られた。そこでようやく、声が俺に向けられたものだと理解した。

 俺は怪訝に思いつつも顔を向け、返事をする。


「はい、何か用ですか?」


 無難な言葉と共に声の主を見る。1つ分席を空けて座っていたのは黒髪の女性。俺が座った時にはいなかったはずだけど……いつの間に。


「い、いえ……その、貴方からは私と同じ匂いがしたので……」

「……同じ、匂い?」


 ぼそぼそ。小さな声で消極的に話す女性。テーブルに置いた剣から考えるに、彼女は剣士を目指しているようだ。

 吸い込まれるような黒髪に、切れ長の目からクールな印象を受ける。が、あたふたと次の言葉を模索している様子を見ると、そうでもないようだ。


「あ、その変な意味じゃなくて……ですね! そ、そう、アカデミア出身じゃないんですよね?」


 頬を軽く赤らめて、剣士さんはそう言った。

 そこで初めて話が見えてきた俺は首を縦に振る。


「あぁ、はい。ということは剣士さんもですか?」

「あ、やっぱり!」


 花が咲くように、剣士さんの表情が明るくなった。俺も同じ立場の人がいたので、なんとなしに嬉しくなる。


「ほとんどの人がアカデミアから来てるみたいで……昨日から孤立しちゃって……同じく孤立してる貴方を見つけたので、思い切って声をかけてみました」

「今の時代、冒険者になる一番の近道はアカデミアに通うことですからね。僕以外にもそんな人がいるとは思いませんでしたよ」

「私はアカデミアに通うお金も時間もなくて……」

「僕も似たようなものです」


 互いにあははと笑い合った。

 実際のところ、俺は少し込み入った事情があるのだが……。多分、それはこの剣士さんも同じだと思われる。


 アカデミアを通らずに冒険者試験を受けた者の合格率は著しく低い。やはり、アカデミアで効率的に学んだ者とそうでない者の差は大きいようだ。

 加えて、アカデミア以外からの参入を難しくしている要素がもう一つ。

 それが冒険者試験の参加資格だった。


 アカデミアの卒業生は無条件で参加することができる。そうじゃないものは、原則として冒険者ギルドの運営に関わる貴族からの推薦を必要としていた。

 これは、冒険者証が身分証明にもなるからで、素性の分からぬ者においそれと配るわけにはいかないからだ。

 しかし、これがまたくせ者で……。


 こういった推薦枠は貴重だ。

 貴族の面子にも関わる。推薦をしたのに不合格ともなれば、その貴族は二度と推薦をしてくれないことだろう。そして、そんな奴は他の貴族も相手をしてくれなくなる。いや、それだけならいい方で、恥をかかせたと難癖をつけられることだってある。

 だから、推薦枠で試験に参加している人は多くの場合チャンスが一度しかない。リスクもある。でも、そんな綱渡りをしなければならない理由がある人。それが、俺や剣士さんだった。


「お互い、頑張りましょう」


 それを踏まえて、俺は剣士さんにそう言った。


「はい。頑張ります」


 頷いて剣士さんが微笑んだ。

 その柔らかい笑みが、俺の緊張までほぐしてくれるみたいで正直助かる。


「ところで、昨日の試験はどうでした?」


 と、剣士さんが話題を変える。

 昨日の試験といえば……。


「筆記と魔力測定ですか?」

「はい。ここに残っているということは、お互いボーダーラインは乗り越えられたようですが……」

「そうですね。筆記はともかく、魔力測定があまり……」

「あ、私もです!」


 筆記は自己採点で満点だった。別邸の大図書館が友達だったこともあって、知識量には自信がある。肝心の魔力量に関しては……凡だったけど。そりゃあ、アルファルド家失格だよな。


「魔力測定なんてダメダメで……」


 なんて剣士さんが肩をガックリと落としたその時。

 バタンッ!

 大きな音と共に、勢いよく中央の扉が開いた。ざわざわと騒がしかった会場が、しんと静まり返る。

 そして扉の方に視線が揃う。まず、最初に姿を見せたのは大柄の男性。スキンヘッドとサングラスという組み合わせがなんとも威圧的だった。

 次に赤い眼鏡の女性。その次は男性。そんな調子で4人。連なってぞろぞろと現れる。誰も彼もが腰や背中に得物を持っていた。恐らく、試験官たちなのだろう。


 みんな厳しそうだが、特に最初のスキンヘッドの人とは絶対に当たりたくない。


「最初の人以外でお願いします……」


 隣の剣士さんが心の底から祈っているようだった。

 俺と同じだ。


 試験官が出揃い、いよいよ試験の始まりかと思えば。遅れて扉からもう一人。最後の試験官が姿を見せた。

 その姿に、静かになった会場が一気に騒々しくなる。


「嘘……A冒険者のディダル・カリアが試験官!?」

「あのロウェリト攻城戦の英雄が……?」


 口々に最後の試験官の名や功績を語る受験生たち。


 かん。かん。


 通りのいい足音を響かせて、長い金の髪を揺らすディダル。壮年の顔つき、決して優男と言うわけではない。ただ、歴戦の猛者であることがひしひしと伝わって来た。

 会場の中央にたどり着いたディダルはわざとらしく片足を振り上げて、会場の床を踏みならした。


 その巨大な音で、会場を包んでいた喧噪は見事に止む。


「静かにしてくれませんかねぇ? これでは、おちおち試験も始められませぇん」


 黒いロングコートの袖元を正して、ディダルは会場を一瞥した。

 ある種の圧が等しく俺たちに降り注ぐ。息が詰まりそうだった。


「ふぅむ。君たちが今回の候補生たちですかぁ? なるほぉどぉ……そこ、君。番号は?」


 さっと、近場に座っていた受験生に声をかけた。まさか、自分が当てられると思わなかったのか、おずおずと彼は自分の番号をディダルに伝える。


「21番です」

「21番目にな受験生ですかぁ。よろしい。では、君に簡単な質問をしましょーう。今現在、私の持っている武器を述べなさい」


 しきりに左胸辺りを叩いて、ディダルは告げた。

 21番の人はそんなの簡単だと言わんばかりに即答する。


「腰に差している剣……ですよね?」

「いや、違うな」


 回答を聞いて、俺は独り言を呟いた。

 確実に言えるのは2つ。俺の憶測が正しければもう1つ。ディダルは武器を隠し持っているだろう。


 最初に見せた床を踏む仕草。そして21番さんに回答を求めた時。左胸を叩いていた仕草。この2つの行動には共通の理由があった。

 俺たちに武器を仕込んでいることを気付かせるためなのだろう。


 だから21番さんの回答は少なくとも正解ではない。


「21番。帰ってよろしいでぇす。正解は腰に差したものを含めて4つ。4つ全てを見抜く必要はありませんが、1つも見抜けない腑抜けは必要ありませぇん」

「は!? その程度で失格になるわけねぇだろ!」

「その発想がそもそもナンセンス。試験官との戦いが最終実技試験。だというのに、己が戦う相手の観察もできていない21番に、何ができると?」


 ディダルは厳しいが、その理屈は少し納得できる。

 とはいえ、21番は納得していない様子だった。


「他の奴等だって同じだろうが!」

ですねぇ。さぁ、帰ってくださぁい。これ以上私に逆らうなら、覚悟をもって逆らって貰えますかぁ? 具体的には……今回不合格なら二度と冒険者になれない覚悟を、ね」

「……」


 21番さんはそう言われて、何も言い返せなくなったのか悔しそうな顔をして会場から出て行ってしまった。最高峰の冒険者に詰め寄られて、冒険者生命を秤にかけろと言われてしまったのだから無理もない。

 ふぅ、という露骨なため息と共にディダルは残った受験生を眺めた。


「後ですねぇ。131番。挙手」

「え、えっ……は、はい?」


 そう呼ばれて手を挙げたのは、隣に座る剣士さん。驚きを隠せない様子だった。

 俺も、まさか隣の人が当てられるなんて……ちょっと驚いた。


「魔力測定において後にも先にも魔力0を叩きだしたのは貴方しかいないでしょーう。筆記試験は問題なかったようですが、総合成績もワースト。冒険者には必要ありませぇん。退出しなさい」

「え……」


 きっぱりとディダルはそう言った。彼の容赦ない一言に、会場が騒がしくなるがそれも一瞬。不当な理由だろうとも、アカデミアに属していない、いや属せなかった落ちこぼれなど誰も気にしていないのだ。


 しょんぼり。そんな言葉では言い表せないほどおちこんだ 剣士さんはゆっくりと立ち上がり、出て行こうとするが……。


「ディダル試験官。それはおかしいのでは?」

「ンン?」


 俺が口を挟んだ。

 ディダルは片腕を組み、片方の眉をつり上げて人差し指を俺に突き刺す。


「君、番号は?」

「109番。メイムだ」

「109番、109番……確認する必要もありませぇんが? ほうほう、131番と同じくアカデミア外。筆記試験はパーフェクト、魔力測定……凡! まぁお勉強してきたのは褒めて差し上げますが? 実力が伴っていなければ意味がありませぇん!」


 他の試験官から受け取った書類を投げ捨ててディダルは俺を嘲笑う。それも正論だが……。


「だからといって、21番さんみたいに何か失敗をしたわけでもない。アカデミア外から来ているということは一度の不合格がどれほどの重荷になるかも分かっているということだろう。ただ成績がギリギリというだけで、機会を奪うっていうのか?」

「はぁ? 魔力0の落ちこぼれが、冒険者になってどう生計を立てるとぉ? 早々に現実を教えて差し上げた方がよほど優しいでしょう? 落ちこぼれ同士、かばう気持ちは分かりますがぁ……これ以上の反論は21番と同じく命を賭ける覚悟でお願いしますねぇ?」


「あ、あの……私のためにそんな……」


 剣士さんは目に涙を浮かべて帰り支度を進めているが……。そんなの、俺が認められなかった。

 何より、この光景が4日前の自分と被る。


「ま、他の誰かのために命を賭けるなんて――」

「――分かりました。冒険者生命を賭けます」

「はぁん!?」

「え!?」


 ディダルを見据えて、俺は彼の言葉を飲んだ。

 ディダル、剣士さん、そして野次馬たちも揃って驚きの声を出す。普通なら、自分でもこんなことはしないと思う。

 目の前で起きる理不尽が見過ごせなかったということが1つ。そもそもとして俺の命はこの試験にかかっている。なら、冒険者生命くらい秤に賭けることも訳がないということだ。


「……いいでしょう。舞台に来なさい。落ちこぼれ君。夢見がちなガキに、現実というものを教えて差し上げまぁす」


 コートをなびかせて、会場の中央にある大きな舞台にディダルはあがった。その言葉に従って俺も席から立ち上がり、中央を目指す。


「だ、ダメです! メイムさんが私のためにそんなリスクを取るなんて……! その気持ちだけで十分ですから、私のことは無視してください」


 俺の腕を掴み制止する剣士さん。

 でも、俺は優しく彼女の手を振り払った。もう既に、これは剣士さんだけの問題じゃない。


「いえ、これは俺の戦いでもあります」


 俺は中央の舞台を目指す。

 他の受験生たちから、俺をバカにする声が聞こえ始めた。アカデミアにも通えないような落ちこぼれに何ができるんだ。雑魚が。身の程を知れ。


 それが嫌だった。

 剣士さんに向けられた嘲笑も。

 俺に向けられた野次も。

 大嫌いだ。


 能力がないから。

 数値で分かる実力が低いから。

 多分、お前は弱いんだろう。弱者なんだろう。だから、吐いて捨ててもいい。一切気にかけなくてもいい。


 そんな決めつけと偏見が俺と剣士さんに降り掛かっている。そんなのは、理不尽だ。


 4日前の追放劇。

 それと同じことが、今目の前で起きようとしている。なら、俺くらいは彼女の味方でいたい。いるべきなんだ。


 舞台にあがって。

 目の前に立つディダルを見据える。Aランクの冒険者で、まだ冒険者にすらなれていない俺とは比べものにならない程の強者。

 でも、腹をくくるしかない。


 Aランク冒険者に負けるようじゃ、アルファルド家の人間と相対するなんて夢物語なんだから。


「では、始めましょーう」


 腰から引き抜かれた剣が、鈍い光を放つ。

 ふぅ、と息を吐いて俺はディダルを見据えた。やるしかない。そして、冒険者になるんだ。


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