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第34話

「ナギサ様!」

「あ、セインくん。……と、ランスロットくん」

「ついでみたいに言うなよ」


 わざとだよ。ランスロットくんって揶揄からかいがいがあると思わない? こういうタイプ、俺は意外と好きなんだよねー。だって見ていて面白いでしょ?


「どうしたの?」

「試験が終わりましたよ。残りの試験は楽器のみです」


 楽器? へぇ……そっちはちゃんと試験受けよっか。あー、でも俺がやると目立ちそうだよね。やっぱりやめておこう。


「午後からもさぼるよ。それより今から昼食だよね、何食べよっかなー」


 この学園は食堂があるからそこでメニューから好きなものを注文して食べるって感じ。庶民的だと思われるかもしれないけど、王城で働けるレベルの料理人が揃ってるから学食とは思えないくらいすごい。実は俺もこの時間は楽しみにしていたりする。

 精霊だから毎日食事を取っているわけではないということがバレないよう、昼休み中は人気のないところに隠れていたりするけど、数日に一度くらいは俺も食堂に行く。

 前世で俺が通ってた学院も学食だったんだけど、ちょっと事情があって俺は学食が食べられなくて……毎日母さんが弁当作ってくれてたんだよね。もちろん美味しく頂いてたけど友人と同じ食事を取るということに少しだけ憧れがあった。


「試験は不参加だったくせに食事はしっかり取るのか」

「それは別に関係ないでしょ」


 まあ事情っていうのは毒や異物の混入事件でね。何度も言うけど裕福な家庭だったから。有名なほどそれに比例して知らぬ間に恨みを買っていたり嫉妬されたりするもの。あの学院はセキュリティ面も国で一番なくらいだったんだけどね……その道のプロに狙われるとどうにもならなかったりする。素性は一応隠してたけど、それでもどこからか俺のことを聞きつけたんだろうねぇ。


 最初はガラス片の混入。気付かず口にしたら出血するのは当然。それからどんどん酷くなっていって、最後には毒を盛られた。遅効性のものだったから症状が出たのはちょうど帰宅して仕事に行こうと準備してたときだったよ。急に胸が苦しくなってそのまま吐血して気を失った。気付いた時には病院。約一ヶ月間昏睡状態で生死を彷徨ってたらしい。ちなみに家族にも護衛にも異物混入されてたことを言ってなかったんだよ。忙しいのを知ってたから迷惑をかけたくなかったんだけど、逆に大事にしてしまったことは反省した。


 そんな感じで、それ以来身内が作ったもの以外怖くて食べられなくなったんだよ。大丈夫かな思っていてもいざ食べてみようと思うと発作のように拒否反応が出る。直人くんを助けて死んだのは大切な人を守ってのことだったし、別に死を恐れているわけじゃない。それでもトラウマは死への恐怖と関係ないから。だから憧れてはいたけど無理だったんだよ。俺に危害を与えた人間はいつの間にか父さんによって消されてたけど。


 でも今は転生して俺の立場は変わった。精霊王ってことは知ってる人ほとんどいないし、毒を盛られても異物混入されてもすぐに魔法で治せる。転生して最初に身内以外か受け取ったものを口にした時は自分でもびっくりするくらい手が震えたけど、今は割と大丈夫。どうしても一瞬躊躇いは生じるけどねー。


「ナギサ様、そちらの方は?」

「俺はエリオットと言います。三年生一組、平民出身です。彼とはさっき初めて会いました」

「ああ、そうでしたか。僕は二年一組のセイン・シュリーです。公爵家ですが跡継ぎでもありませんし、気軽に接してくださいね」

「同じく二年一組のランスロット・リーメント。俺も気軽に接してほしい。先輩なのだからな」

「はい」


 えーちょっとランスロットくん? 君、俺と全然態度が違うんだけど! ねえ酷くないー? 馬鹿にしたような目で見てくるしさぁ。

 ちゃんとしてる人には俺も普通に接するんだよ、ってこと? まあいいよ。今更態度を変えられてもゾッとする……じゃなくて気持ち悪い………でもなくて、えっとー……びっくりするからねぇ。


「おい! いま絶対失礼なこと考えてただろう! 表情に出過ぎだ!」

「わざと、だよ?」


 一番綺麗に見えるように計算した表情で微笑んで見せると、諦めたように深い深いため息を吐かれた。君さ、ほんと酷くない? 俺が悪いみたいなんですけどー。しかもなんかセインくんとエリオットくんまで微妙な顔してない?


「何でも良いけど……そろそろ行かないと昼休み終わるよ。じゃーね、エリオットくん。君とは長い付き合いになりそうだから仲良くしてねぇ」

「はいはい」

「行きましょうか」

「そうだな」


 ◇


「ただいまぁ」

「お帰りなさいナギサ様! 今日もたくさんお話を聞かせてくれますか?」

「いーよ。ちょっと待っててね」


 最近は学園から帰ったらアルフォンスくんにその日の出来事を教えてほしいってお願いされるんだよね。呪いの浄化が順調で大分回復してきてるからか意外と活発な性格のようでびっくりしちゃった。この前学園から帰ったら宮の中を走り回ってるんだよ?

 ルーやリーたち精霊と追い掛けっこして遊んでた。かわいすぎない? この世界に携帯がないことに絶望したよ。それでみんなにバレないように気配消してじーっと見てたら気付いたルーにすっごい引かれた。何やってるんですか、覗きですか? ……だってさ。


 まあ確かに覗いてたよ? だけどそれはみんなが可愛いのがいけないんだよー。だからそう言ったんだけど余計にヤバいものを見る目で見られた。ルーって言葉遣い丁寧なくせに行動はすごく失礼なんだよね。俺はこれでも主人なんだよー? そこのところ絶対忘れてるよね?

 だからね、みんなと一緒にはしゃいで珍しく満面の笑みなルーはすごーく可愛かったよって言ったら真っ赤になって逃げて行った。なんでかな、こういう反応は素直だよねぇ。


 まあそれは置いといて。とにかくアルフォンスくんが少しずつでも元気になってきて良かったって言うのと、やっぱり俺の精霊たちはかわいいよねーって話。


 学園に持って行ってた鞄とかを置くために自分の私室まで歩いて行き、荷物を片付けたら学園指定の制服からいつもの服装に着替えて急いでアルフォンスくんの待つ部屋に戻る。

 部屋に戻ったらお茶とお菓子が用意されていた。ウンディーネから貰った珊瑚の紅茶とスコーン。ジャムとか生クリームが多すぎなぐらい準備されてるあたり、俺の好みがよく分かってるなーと思う。


「お待たせ。俺の話をする前にまずは君の話を聞かせてよ」

「はい。今日はナギサ様が学園に行かれてすぐに起きたので精霊様たちと朝食を作って一緒に食べました。そのあと書庫をお借りしてルー様に教えて頂きながら昼まで勉強、お昼は精霊様たちが作ってくださった食事を食べ、午後からは父上に渡されていた書類を片付け、運動も兼ねて皆様と遊び、休憩している時にナギサ様がお帰りになられたと言う感じです」

「体の調子は?」

「問題ありません」

「良かった。今日も一日楽しく過ごせた?」

「はい」


 毎日俺が学園から帰ったあとでアルフォンスくんには一日何をしたか聞いてる。普通に心配だからね。だいたい今日みたいなスケジュールが多いんだけど、仕事がない日とかは勉強した後で精霊たちと泳ぎに行ったり街に出たりしてるみたいだねー。

 まだ肌寒い時期だけど、魔法で濡れないように魔法をかけて水中散歩をしているような感じだから風邪をひいたりはしないはず。適度に体を動かすにはちょうど良いよね。


 十歳、もうすぐ十一歳になるけどまだまだ子供。もっとゆっくり療養してもらいたいところだけど彼は未来の国王。自分のためだからと無理はしない程度に将来のために勉強とか仕事とかしたいみたいだよ。

 俺がアルフォンスくんくらいの頃はもうすでに色々習い事してたけど、俺は好きでやってたから良い。でもこの歳の子はもっと遊びたいものなんじゃない? だから精霊たちに適度に息抜きさせてあげてね、ってお願いしてる。

 自分を殺そうとして呪いまで掛けられたんだからね。精神的に不安なことも多いでしょ。自分は大丈夫って思い込んでいても本当は限界で突然倒れてしまうってこともある。


 精神的に弱ってると知らぬ間にどんどん崩れていってるからね。みんなさ、俺が一命を取り留めて良かったと言ってくれてたよ。でも俺からしたら全然良くない。俺はその一ヶ月で本当にたくさんのものを失った。

 精神不安定だった時、なにも食べられなくて飲むことも出来なくて栄養失調になるわ、睡眠不足になるわ、免疫力も下がってるから熱ばっかり出してたし。


 県大会や全国大会も控えていたのに強制的に欠席。叶えたかった夢も目標もすぐ手の届くところまで来ていたのに、この一件で失った。そのことがショックすぎて精神的に病んだ。その間にもどんどん夢や目標は遠ざかっていく。学校にも行けない。仕事出来ない。自分の体なのに思うように動かない。常にベッドの中。絶望してたよー。ずっとベッドにいることしか出来ない自分が本気で嫌になった。頂点に近かったものがすべて崩れていって結局振り出しに戻って。それでもっと自分が嫌になっての悪循環。完全に復活するまで目覚めて一年くらいはかかったかな。


 だからね、つまり何が言いたいのかって言うと、精神的に不安定な時は完全に休むんじゃなくて、些細なことで良いから絶対にで何かをし続ける。それが負担になるのは駄目だよ? でも一回すべてを止めたらもう簡単には元に戻れなくなっちゃう。精神が崩壊する前に少しずつでいいから元に戻して行こうねってこと。もう一生治らないかもしれないというレベルで病んでいた俺が完全に回復したのは奇跡だって言われたよ。ほんとにそれくらい弱ってた時期があったからね、俺には。アルフォンスくんには俺のようにならないでほしいな。死にたくなるもんね、あの辛さは。

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